なぜアメリカは新型コロナの犠牲者が世界最多となったのか
蔭山克秀 2020/06/17 06:00
世界で猛威をふるった新型コロナウイルスだが、特にアメリカでは多数の死者が出た。そこには、国に根付いている宗教的背景や伝統的な価値観が大きく絡んでいる。各国の根幹にあるのは“国民性”であり、政治や経済にもそれぞれの国民性が反映されるからだ。そこで今回は、代々木ゼミナールで人気No.1の公民科講師・蔭山克秀氏の『世界の政治と経済は宗教と思想でぜんぶ解ける!』(青春出版社)から、アメリカで新型コロナの犠牲者が多数出た背景について、「倫理的」視点から解説する。
トランプ大統領が白人貧困層に人気がある理由
アメリカの政治は「自由」を求める。これは共和党も民主党も同じだが、そのためのアプローチは両党の間で全然違う。共和党は自由を求める「保守層」で、彼らはフェアな自由競争を好む。自由な活動の場としての市場を重視し、自助努力以外のアンフェアな要素(つまり政府の介入)を嫌う。そのため、弱者には冷淡だ。弱者は「フェアな競争に敗れた結果」であり、それを救済することは、かえってアンフェアになるという理屈だ。だからアメリカは最低限の生活保護以外の社会保障が非常に薄い「小さな政府」の国で、先進国としては非常に珍しいが、公的医療保険制度がない。
ちなみに共和党の支持層といえば「裕福で保守的な白人層」というイメージだったが、トランプ大統領はなぜか「プアホワイト(白人貧困層)」に人気がある。共和党で貧困層に人気なんて非常に珍しいが、これはおそらく彼の求めるフェアが、自国民に対するものではなく「グローバル経済に対するもの」だったからというのがあるだろう。
つまりトランプがめざした「メキシコとの国境に壁をつくる」や「TPPからの離脱」などは、プアホワイトの目には「不法移民によるズルや、途上国によるズルを許さない」フェアさと映り、それらが結果的には、プアホワイトをはじめとする米の弱者を守る政策につながったという考えだ。
これに対して民主党は、自由を求める「革新層」だ。彼らは俗に「リベラル」と呼ばれる人々で、共和党とは違い、万人が自由をめざせるようになるためには、まず「スタートラインの整備(=不平等の是正)」こそが重要だと考える。そのため、政府は教育・福祉・不況対策などに積極的に介入する「大きな政府」を基本とする。
オバマ大統領時代につくられた「オバマケア」も、全国民を民間の医療保険のいずれかに加入させるとする、民主党らしい成果だ。ちなみに支持層は、都市部の高学歴なリベラル層や人種的マイノリティーの貧困層などだ。
さて、このような政治的特徴を持つアメリカで、宗教や思想はどのような国作りにつながっていったのだろうか。アメリカ人というと、フレンドリーで親しみやすくておおらかで、初対面でもニコニコ握手して自己紹介し、「よろしく!」などと言う。
さらに彼らは、非常にオープンだ。思っていることや気づいたことをすぐ口に出して言うし、自分の長所や業績も、臆面もなく人にアピールする。考え方も基本的にポジティブ・シンキングだ。
しかし、このように無邪気で子供っぽいアメリカ人だが、一方で暗い側面もある。アメリカは世界でも珍しい「銃の所持OK」の国だ。我々はハリウッド映画の観すぎで、ついつい「西洋風の顔立ちの人=全員ガンマン」と思い込んでしまっているが、実は世界の主要国で銃を所持できる国は、かなり少ない。欧米でいうなら、アメリカ・スイスでは銃は持てるが、イギリス・フランス・ドイツ・カナダでは基本、持てない。
銃を持ちたがる人というのは、過去に危険な目に遭ってきたか、自分の身は自分で守るという自助意識の強い人だ。アメリカは、この両方にあてはまる。なぜアメリカ人は、こんなにもピュアで無邪気になったのか?また過去に、どんな危険な目に遭い、何がきっかけで自助意識が高くなったのか?
今のアメリカ人のルーツはイギリス人だった
アメリカに「本当のアメリカ人」と言える人は少ない。よく知られているように、本当の意味でのアメリカ人とはインディアン、つまりネイティブ・アメリカン(アメリカ先住民)のことである。
では今我々がアメリカ人として認識している西洋系の人々は誰なのか?それは、かつてヨーロッパから移住してきた入植者たちだ。アメリカはかつて、イギリス・フランス・スペイン・オランダの植民地だったのだ。
この中で、今のアメリカをつくったのはイギリスだ。アメリカ内で13箇所の植民地を築いたイギリス系の入植者たちは、イギリス本国からの圧政に反発して、1775年より独立戦争を行った。そしてそれに勝利して、1783年アメリカ合衆国を建国した。その後アメリカは、フランス・スペイン・オランダから、彼らが植民地としていた土地を買い取り、ついに今日のアメリカ合衆国を形づくったのだ。
イギリスから初めてアメリカに入植者がやってきたのは1600年代(17世紀)のことであり、その中にはピューリタン(清教徒)も多く含まれていた。ピューリタンとは、イギリスの「カルヴァン主義者(厳格で禁欲的で勤勉な倫理観)」のことであり、結果的には彼らが入植してきたことが、アメリカの「開拓精神(フロンティア・スピリット)」の原動力となっていくのである。
宗教改革後の16世紀、イギリスでは新教と旧教を折衷した「英国国教会」が誕生したが、これはピューリタンにとっては不満だった。なぜならそこには旧態依然とした教会の腐敗が残っており、厳格で禁欲的なカルヴァンの教えをよしとするピューリタンから見れば、不十分な改革にしか見えなかったからだ。
ピューリタンは、国教会を批判し続けた。そしてそのせいで国王から弾圧・迫害されてしまい、アメリカへの移住を余儀なくされてしまったのだ。1620年、ピューリタンを含む102名(内、約3分の1がピューリタン)が、メイフラワー号という船で、アメリカに渡った。
楽天的なアメリカ人の精神はどこからきたのか
新天地に到着したピューリタンたちは、希望に燃えていた。ここには自分たちを理不尽に追い出したような英国国教会はない(正確には「いるけど、イギリス本国ほどピューリタンを抑圧する力はない」)。彼らは本国イギリスとは独立した政府をつくり、イギリスでは築けなかった「信仰の自由の実現した理想の地」の建設に向けて、とにかく勤勉に、使命感をもって努力した。
しかし彼らの生活には、常に困難がつきまとった。自然環境にはなじめない、見たこともない生物がいる、先住民とのトラブルは絶えない、他国からの入植者ともひと悶着ある……。しかし彼らはくじけなかった。それどころか、むしろ困難へのチャレンジを楽しむある種の楽天性まで見せて、これらの危機を乗り切っていった。
この楽天性とは「困難の先には明るい未来があるはず」という楽天性だ。彼らは、自分たちの勤勉な努力が明るい未来をもたらすことを、信じて疑わなかった。それはまさに、ピューリタンの宗教的信念に裏打ちされた確信といえるものだった。
「アメリカンドリーム」の代償は福祉水準の低下だった
このようなピューリタンの倫理観がアメリカン・スピリッツに与えた影響は非常に大きい。彼らが「自由の国」を標榜するのも、自由を求めて頑張り続けたピューリタンの働きがあったからだし、自分の身は自分で守るといった自助の精神も、ピューリタンらしい厳格さからきた「自由に伴う責任」の考え方だといえるだろう。
そして、そのピューリタニズムが起源となった「自由」が競争社会を肯定し、いわゆる「アメリカンドリーム」というものを生み出した。つまりアメリカでは、どんな人にも自由な機会は与えられる。それを活かせば、夢はかなうという希望だ。
しかしその半面、過度な自由は福祉水準の低下につながってしまった。つまり自由に動き回った結果は常に自己責任になるわけだから、競争社会に敗れた人間は、自分で自分の人生の尻ぬぐいをしろという理屈だ。
そのせいで今日のアメリカは、先進国なのに公的な医療保険制度もない国になり、2020年の新型コロナウイルス騒動では高額な医療費がネックとなって、多くの犠牲者を出してしまった。
確かに初診料が1万~3万円、救急車を呼ぶのに3万~5万円、親知らずを抜くのに10万円、盲腸の手術をするのに100万円も取られるシステムでは、たとえ新型コロナウイルス感染が疑われても、よほど重症化しない限り医者に行こうとは思わないだろう。
このように、アメリカが今回の新型コロナウイルスで多数の犠牲者を出した背景を深く掘り下げてると、ピューリタンの倫理的観念が土台となっていたことがわかる。
思想は国民の生き方を方向づけ、宗教がそれを決定づける。こうしてその国の国民は「その国らしさ」を、より色濃く形成している。そして、各国の政治や経済を動かしているのは、紛れもなくそこに住む住民であり、そうやって醸成されてきた“らしさ”が政治や経済にも反映されるのは当然のことなのかもしれない。
蔭山克秀 2020/06/17 06:00
世界で猛威をふるった新型コロナウイルスだが、特にアメリカでは多数の死者が出た。そこには、国に根付いている宗教的背景や伝統的な価値観が大きく絡んでいる。各国の根幹にあるのは“国民性”であり、政治や経済にもそれぞれの国民性が反映されるからだ。そこで今回は、代々木ゼミナールで人気No.1の公民科講師・蔭山克秀氏の『世界の政治と経済は宗教と思想でぜんぶ解ける!』(青春出版社)から、アメリカで新型コロナの犠牲者が多数出た背景について、「倫理的」視点から解説する。
トランプ大統領が白人貧困層に人気がある理由
アメリカの政治は「自由」を求める。これは共和党も民主党も同じだが、そのためのアプローチは両党の間で全然違う。共和党は自由を求める「保守層」で、彼らはフェアな自由競争を好む。自由な活動の場としての市場を重視し、自助努力以外のアンフェアな要素(つまり政府の介入)を嫌う。そのため、弱者には冷淡だ。弱者は「フェアな競争に敗れた結果」であり、それを救済することは、かえってアンフェアになるという理屈だ。だからアメリカは最低限の生活保護以外の社会保障が非常に薄い「小さな政府」の国で、先進国としては非常に珍しいが、公的医療保険制度がない。
ちなみに共和党の支持層といえば「裕福で保守的な白人層」というイメージだったが、トランプ大統領はなぜか「プアホワイト(白人貧困層)」に人気がある。共和党で貧困層に人気なんて非常に珍しいが、これはおそらく彼の求めるフェアが、自国民に対するものではなく「グローバル経済に対するもの」だったからというのがあるだろう。
つまりトランプがめざした「メキシコとの国境に壁をつくる」や「TPPからの離脱」などは、プアホワイトの目には「不法移民によるズルや、途上国によるズルを許さない」フェアさと映り、それらが結果的には、プアホワイトをはじめとする米の弱者を守る政策につながったという考えだ。
これに対して民主党は、自由を求める「革新層」だ。彼らは俗に「リベラル」と呼ばれる人々で、共和党とは違い、万人が自由をめざせるようになるためには、まず「スタートラインの整備(=不平等の是正)」こそが重要だと考える。そのため、政府は教育・福祉・不況対策などに積極的に介入する「大きな政府」を基本とする。
オバマ大統領時代につくられた「オバマケア」も、全国民を民間の医療保険のいずれかに加入させるとする、民主党らしい成果だ。ちなみに支持層は、都市部の高学歴なリベラル層や人種的マイノリティーの貧困層などだ。
さて、このような政治的特徴を持つアメリカで、宗教や思想はどのような国作りにつながっていったのだろうか。アメリカ人というと、フレンドリーで親しみやすくておおらかで、初対面でもニコニコ握手して自己紹介し、「よろしく!」などと言う。
さらに彼らは、非常にオープンだ。思っていることや気づいたことをすぐ口に出して言うし、自分の長所や業績も、臆面もなく人にアピールする。考え方も基本的にポジティブ・シンキングだ。
しかし、このように無邪気で子供っぽいアメリカ人だが、一方で暗い側面もある。アメリカは世界でも珍しい「銃の所持OK」の国だ。我々はハリウッド映画の観すぎで、ついつい「西洋風の顔立ちの人=全員ガンマン」と思い込んでしまっているが、実は世界の主要国で銃を所持できる国は、かなり少ない。欧米でいうなら、アメリカ・スイスでは銃は持てるが、イギリス・フランス・ドイツ・カナダでは基本、持てない。
銃を持ちたがる人というのは、過去に危険な目に遭ってきたか、自分の身は自分で守るという自助意識の強い人だ。アメリカは、この両方にあてはまる。なぜアメリカ人は、こんなにもピュアで無邪気になったのか?また過去に、どんな危険な目に遭い、何がきっかけで自助意識が高くなったのか?
今のアメリカ人のルーツはイギリス人だった
アメリカに「本当のアメリカ人」と言える人は少ない。よく知られているように、本当の意味でのアメリカ人とはインディアン、つまりネイティブ・アメリカン(アメリカ先住民)のことである。
では今我々がアメリカ人として認識している西洋系の人々は誰なのか?それは、かつてヨーロッパから移住してきた入植者たちだ。アメリカはかつて、イギリス・フランス・スペイン・オランダの植民地だったのだ。
この中で、今のアメリカをつくったのはイギリスだ。アメリカ内で13箇所の植民地を築いたイギリス系の入植者たちは、イギリス本国からの圧政に反発して、1775年より独立戦争を行った。そしてそれに勝利して、1783年アメリカ合衆国を建国した。その後アメリカは、フランス・スペイン・オランダから、彼らが植民地としていた土地を買い取り、ついに今日のアメリカ合衆国を形づくったのだ。
イギリスから初めてアメリカに入植者がやってきたのは1600年代(17世紀)のことであり、その中にはピューリタン(清教徒)も多く含まれていた。ピューリタンとは、イギリスの「カルヴァン主義者(厳格で禁欲的で勤勉な倫理観)」のことであり、結果的には彼らが入植してきたことが、アメリカの「開拓精神(フロンティア・スピリット)」の原動力となっていくのである。
宗教改革後の16世紀、イギリスでは新教と旧教を折衷した「英国国教会」が誕生したが、これはピューリタンにとっては不満だった。なぜならそこには旧態依然とした教会の腐敗が残っており、厳格で禁欲的なカルヴァンの教えをよしとするピューリタンから見れば、不十分な改革にしか見えなかったからだ。
ピューリタンは、国教会を批判し続けた。そしてそのせいで国王から弾圧・迫害されてしまい、アメリカへの移住を余儀なくされてしまったのだ。1620年、ピューリタンを含む102名(内、約3分の1がピューリタン)が、メイフラワー号という船で、アメリカに渡った。
楽天的なアメリカ人の精神はどこからきたのか
新天地に到着したピューリタンたちは、希望に燃えていた。ここには自分たちを理不尽に追い出したような英国国教会はない(正確には「いるけど、イギリス本国ほどピューリタンを抑圧する力はない」)。彼らは本国イギリスとは独立した政府をつくり、イギリスでは築けなかった「信仰の自由の実現した理想の地」の建設に向けて、とにかく勤勉に、使命感をもって努力した。
しかし彼らの生活には、常に困難がつきまとった。自然環境にはなじめない、見たこともない生物がいる、先住民とのトラブルは絶えない、他国からの入植者ともひと悶着ある……。しかし彼らはくじけなかった。それどころか、むしろ困難へのチャレンジを楽しむある種の楽天性まで見せて、これらの危機を乗り切っていった。
この楽天性とは「困難の先には明るい未来があるはず」という楽天性だ。彼らは、自分たちの勤勉な努力が明るい未来をもたらすことを、信じて疑わなかった。それはまさに、ピューリタンの宗教的信念に裏打ちされた確信といえるものだった。
「アメリカンドリーム」の代償は福祉水準の低下だった
このようなピューリタンの倫理観がアメリカン・スピリッツに与えた影響は非常に大きい。彼らが「自由の国」を標榜するのも、自由を求めて頑張り続けたピューリタンの働きがあったからだし、自分の身は自分で守るといった自助の精神も、ピューリタンらしい厳格さからきた「自由に伴う責任」の考え方だといえるだろう。
そして、そのピューリタニズムが起源となった「自由」が競争社会を肯定し、いわゆる「アメリカンドリーム」というものを生み出した。つまりアメリカでは、どんな人にも自由な機会は与えられる。それを活かせば、夢はかなうという希望だ。
しかしその半面、過度な自由は福祉水準の低下につながってしまった。つまり自由に動き回った結果は常に自己責任になるわけだから、競争社会に敗れた人間は、自分で自分の人生の尻ぬぐいをしろという理屈だ。
そのせいで今日のアメリカは、先進国なのに公的な医療保険制度もない国になり、2020年の新型コロナウイルス騒動では高額な医療費がネックとなって、多くの犠牲者を出してしまった。
確かに初診料が1万~3万円、救急車を呼ぶのに3万~5万円、親知らずを抜くのに10万円、盲腸の手術をするのに100万円も取られるシステムでは、たとえ新型コロナウイルス感染が疑われても、よほど重症化しない限り医者に行こうとは思わないだろう。
このように、アメリカが今回の新型コロナウイルスで多数の犠牲者を出した背景を深く掘り下げてると、ピューリタンの倫理的観念が土台となっていたことがわかる。
思想は国民の生き方を方向づけ、宗教がそれを決定づける。こうしてその国の国民は「その国らしさ」を、より色濃く形成している。そして、各国の政治や経済を動かしているのは、紛れもなくそこに住む住民であり、そうやって醸成されてきた“らしさ”が政治や経済にも反映されるのは当然のことなのかもしれない。