潮目が変わった株式相場 過度な楽観は修正へ
編集委員 川崎健
川崎 健 編集委員
2020/6/22 2:00日本経済新聞 電子版
3月下旬に大底を入れた後、歴史上まれにみる急激な上昇をみせた世界の株式相場は、どうやら潮目が変わったようだ。新型コロナウイルス感染症の流行が収束した後の景気回復を期待して動いてきた投資家が、冷静に現実を見始めたからだ。さすがに3月下旬の安値を再び試す「二番底」は来ないだろうが、市場を覆っていた過度な楽観ムードが修正されるのは必至だろう。長期金利の動向次第では、夏場にかけて波乱の展開も予想される。
米オークツリーのマークス氏は楽観論に警鐘を鳴らす
「相場はポジティブな期待だけを織り込む一方、潜在的なネガティブ材料を見落としている。ここからの投資は、投資家にとって不利なオッズになるだろう」。米運用会社、オークツリー・キャピタル・マネジメントのハワード・マークス共同会長は先週18日、顧客向けのメモでこう警鐘を鳴らした。
周囲には流されず、悲観と楽観を行き来する市場のサイクルを的確にとらえた投資で長年成功してきたマークス氏。ウォーレン・バフェット氏も信頼を寄せる74歳のベテラン投資家の意見は、よくあるポジション・トークとは違って市場に強い影響力を持つ。
■「強気相場の最終段階」
3月下旬以降、世界の株式相場は過去に例のない急激かつ大幅なリバウンドを演じた。けん引した米国株相場では、S&P500種株価指数が3月23日の安値から6月8日の高値まで44%上昇し、コロナショック前の2月19日につけた史上最高値まであと5%に迫った。
マークス氏によると、過去の強気相場は常に3つの段階を踏んできたという。
最初は、尋常ならざる知覚力を持ったごく少数の投資家だけが投資環境の改善を察知する段階だ。次の2段階目では、ほとんどの投資家が改善が実際に進んでいることを認識。そして最後の3段階目ですべてが永遠に改善し続けるとすべての投資家が結論づけるという。
今回の相場にこのパターンを当てはめると、どうなるのか。最初の段階は3月中旬に始まり、相場が安値をつけた3月23日に終わったという。「その後、我々は短い2段階目を経て、3段階目へと直行した」。マークス氏は指摘する。つまり、今回の強気相場は安値をつけてから3カ月もたたないうちに最終段階に到達したというのだ。
2月に景気後退局面に突入した米国経済は、早くも4~6月期に底を入れるというのが多くの投資家の共通認識になりつつある。
その後の回復ペースに対する見方はまちまちだが、経済活動の再開やワクチンの開発・普及に伴い、2022年のどこかでコロナ前の経済規模と企業収益を回復するというのが今の市場のコンセンサスになっている。
不況になっても通常は政府や中央銀行が対策を小出しにしがちで、対策が出そろうまで株価は長期間下げつづける。今回のコロナ不況はいきなり「景気の底」がみえたことに加え、各国政府や中銀が出し惜しみせずに大規模な対策に動いたのが大きな特徴だ。いわゆる「催促相場」を経ずに、株価が一気に反発したゆえんだ。
■期待から現実をみる局面
それでも各国の主要株価指数がコロナ前の高値をこのまま回復し、まるでパンデミック(世界的な大流行)をなかったことにできるかというと、話は別だろう。
「景気の底がみえたことで大きく下がった相場が先行きへの期待で反発するのは当然だが、期待だけでコロナ前の高値を更新するのは難しい。相場のリバウンド局面は終了し、現実を確かめる『リアリティー・チェック』の段階に入った」
市場がまだ弱気論に包まれていた4月下旬の段階で早々と「二番底は来ない」と強気論をぶち、その後の相場展開をほぼ正確に予想していたJPモルガン証券の阪上亮太チーフ株式ストラテジストはいう。
となれば、これから迎える夏場は株式相場はこれまでのような一本調子の上昇は見込みづらい。相場は現状の水準でもみ合うボックス相場になる可能性が高く、何かきっかけがあれば、上よりも一時的に下に振れやすい波乱の展開も予想される。
なにより、株価水準の妥当性を判断するためのバリュエーションが伸び切っている。
米国株は1株利益予想が切り下がる中で株価だけが上昇してきた結果、S&P500ベースの12カ月先予想PER(株価収益率)は一時23倍を超え、2000年のIT(情報技術)バブル期以来の水準に達した。機関投資家の多くは、企業収益からみてこの株価水準は正当化できないとみている。
米バンク・オブ・アメリカが16日に発表した6月の世界ファンドマネジャー調査(調査期間は5~11日)によると、今の株価水準が割高だと答えた機関投資家の回答比率は1998年以降で最高となった。
これまでの相場反発局面では機関投資家の多くは一貫して弱気を維持してきており、意図せざる相場上昇をうけて弱気ポジションの買い戻しを強いられてきたのが実情だ。
■個人がリバウンドを後押し
そんな弱気の機関投資家たちに買い向かった投資主体のひとつが、個人投資家だ。中でも米国のミレニアル世代を中心とした、初めて投資を経験する若者たちが3月下旬以降の相場のリバウンドを後押ししたとの指摘は多い。
だが、こうした個人マネーの株式市場への流入がこのままつづくかどうかは不透明だ。
米国で投資になじみがなかった個人が突然株式投資をはじめた背景には、ロックダウン(都市封鎖)がある。暇を持て余してゲーム感覚で株式投資を始めた人も多いとみられるが、ロックダウンが解除になってもいままでのように株式投資をつづけるのだろうか。
さらに、米メディアの報道では週600ドルという手厚い加算金が政府から与えられる失業保険を、株購入に充てる人も多かったようだ。だがこの失業給付金の積み増しも7月いっぱいで終わる。
そして、株価の先行きをみるうえで最も注意が必要なのは米長期金利の動向だ。米連邦準備理事会(FRB)の資産拡大と長期金利の低下の2つが、今の米国株の高いPERを支えてきたからだ。
3月下旬から一気に拡大したFRBのバランスシートは、日々の米国債の買入額の減少に伴って足元では伸びが鈍化している。6月17日時点では前週比742億ドル減の7兆946億ドルと3月以降で初めて減少した。
FRBは15日に個別社債の買い入れ開始を発表しており、バランスシートの拡大は再び加速するとみられるが、米国株の高いPERを支えてきたもうひとつの要因である長期金利の低位安定がいつまで続くかは分からない。
■金利上昇が招いた急落
11日、米ダウ工業株30種平均は前日比1861ドル(6.9%)安と突如急落した。当日の相場解説では、南部州や西部州で広がるコロナ感染の「第2波」が警戒されたとの説明が出ていたが、第2波への警戒はその前から出ており、理由としては「後付け」の印象も強かった。
11日の株価急落の引き金を引いたのは、直前の長期金利の上昇だった可能性が高い。5日発表の米雇用統計の大幅な改善を受け、米10年債利回りが一時0.9%と0.2%余り上昇していたからだ。
「18年以降は長期金利の上昇が行きすぎた株価上昇を抑制する株価の自動調整メカニズムが作動することが多い。長期金利が0.2%上がると株価は6~7%の幅で下げるのが経験則で、11日もその通りの動きをした」。SMBC日興証券の森田長太郎チーフ金利ストラテジストは分析する。
5月の雇用統計のように景気指標が上振れれば、今後も景気回復を受けて長期金利が一時的に跳ね上がる局面が想定される。景気指標の上振れは通常なら株価にはプラスに効くはずだが、バリュエーションが伸び切っているだけに11日のように金利上昇を通じて逆に株価下落の引き金を引く可能性がある。
■「5月に売れ」が当たるか
そう考えると、欧米の株式市場に古くから伝わるあの相場格言が、今年は当たるような気もしてくる。日本でも広く知られている「セル・イン・メイ(株は5月に売り逃げろ)」の格言だ。
というのも、この格言は「5月に株は下がる」と警告する言葉ではないからだ。その後には「セントレジャー・デー(9月の第2土曜日)まで戻ってくるな」と続く。高値をつけることが多い5月に保有株を売った後、相場がさえない夏場にはいったん手を引くことを投資家に勧めるのがこの格言の真意だ。
編集委員 川崎健
川崎 健 編集委員
2020/6/22 2:00日本経済新聞 電子版
3月下旬に大底を入れた後、歴史上まれにみる急激な上昇をみせた世界の株式相場は、どうやら潮目が変わったようだ。新型コロナウイルス感染症の流行が収束した後の景気回復を期待して動いてきた投資家が、冷静に現実を見始めたからだ。さすがに3月下旬の安値を再び試す「二番底」は来ないだろうが、市場を覆っていた過度な楽観ムードが修正されるのは必至だろう。長期金利の動向次第では、夏場にかけて波乱の展開も予想される。
米オークツリーのマークス氏は楽観論に警鐘を鳴らす
「相場はポジティブな期待だけを織り込む一方、潜在的なネガティブ材料を見落としている。ここからの投資は、投資家にとって不利なオッズになるだろう」。米運用会社、オークツリー・キャピタル・マネジメントのハワード・マークス共同会長は先週18日、顧客向けのメモでこう警鐘を鳴らした。
周囲には流されず、悲観と楽観を行き来する市場のサイクルを的確にとらえた投資で長年成功してきたマークス氏。ウォーレン・バフェット氏も信頼を寄せる74歳のベテラン投資家の意見は、よくあるポジション・トークとは違って市場に強い影響力を持つ。
■「強気相場の最終段階」
3月下旬以降、世界の株式相場は過去に例のない急激かつ大幅なリバウンドを演じた。けん引した米国株相場では、S&P500種株価指数が3月23日の安値から6月8日の高値まで44%上昇し、コロナショック前の2月19日につけた史上最高値まであと5%に迫った。
マークス氏によると、過去の強気相場は常に3つの段階を踏んできたという。
最初は、尋常ならざる知覚力を持ったごく少数の投資家だけが投資環境の改善を察知する段階だ。次の2段階目では、ほとんどの投資家が改善が実際に進んでいることを認識。そして最後の3段階目ですべてが永遠に改善し続けるとすべての投資家が結論づけるという。
今回の相場にこのパターンを当てはめると、どうなるのか。最初の段階は3月中旬に始まり、相場が安値をつけた3月23日に終わったという。「その後、我々は短い2段階目を経て、3段階目へと直行した」。マークス氏は指摘する。つまり、今回の強気相場は安値をつけてから3カ月もたたないうちに最終段階に到達したというのだ。
2月に景気後退局面に突入した米国経済は、早くも4~6月期に底を入れるというのが多くの投資家の共通認識になりつつある。
その後の回復ペースに対する見方はまちまちだが、経済活動の再開やワクチンの開発・普及に伴い、2022年のどこかでコロナ前の経済規模と企業収益を回復するというのが今の市場のコンセンサスになっている。
不況になっても通常は政府や中央銀行が対策を小出しにしがちで、対策が出そろうまで株価は長期間下げつづける。今回のコロナ不況はいきなり「景気の底」がみえたことに加え、各国政府や中銀が出し惜しみせずに大規模な対策に動いたのが大きな特徴だ。いわゆる「催促相場」を経ずに、株価が一気に反発したゆえんだ。
■期待から現実をみる局面
それでも各国の主要株価指数がコロナ前の高値をこのまま回復し、まるでパンデミック(世界的な大流行)をなかったことにできるかというと、話は別だろう。
「景気の底がみえたことで大きく下がった相場が先行きへの期待で反発するのは当然だが、期待だけでコロナ前の高値を更新するのは難しい。相場のリバウンド局面は終了し、現実を確かめる『リアリティー・チェック』の段階に入った」
市場がまだ弱気論に包まれていた4月下旬の段階で早々と「二番底は来ない」と強気論をぶち、その後の相場展開をほぼ正確に予想していたJPモルガン証券の阪上亮太チーフ株式ストラテジストはいう。
となれば、これから迎える夏場は株式相場はこれまでのような一本調子の上昇は見込みづらい。相場は現状の水準でもみ合うボックス相場になる可能性が高く、何かきっかけがあれば、上よりも一時的に下に振れやすい波乱の展開も予想される。
なにより、株価水準の妥当性を判断するためのバリュエーションが伸び切っている。
米国株は1株利益予想が切り下がる中で株価だけが上昇してきた結果、S&P500ベースの12カ月先予想PER(株価収益率)は一時23倍を超え、2000年のIT(情報技術)バブル期以来の水準に達した。機関投資家の多くは、企業収益からみてこの株価水準は正当化できないとみている。
米バンク・オブ・アメリカが16日に発表した6月の世界ファンドマネジャー調査(調査期間は5~11日)によると、今の株価水準が割高だと答えた機関投資家の回答比率は1998年以降で最高となった。
これまでの相場反発局面では機関投資家の多くは一貫して弱気を維持してきており、意図せざる相場上昇をうけて弱気ポジションの買い戻しを強いられてきたのが実情だ。
■個人がリバウンドを後押し
そんな弱気の機関投資家たちに買い向かった投資主体のひとつが、個人投資家だ。中でも米国のミレニアル世代を中心とした、初めて投資を経験する若者たちが3月下旬以降の相場のリバウンドを後押ししたとの指摘は多い。
だが、こうした個人マネーの株式市場への流入がこのままつづくかどうかは不透明だ。
米国で投資になじみがなかった個人が突然株式投資をはじめた背景には、ロックダウン(都市封鎖)がある。暇を持て余してゲーム感覚で株式投資を始めた人も多いとみられるが、ロックダウンが解除になってもいままでのように株式投資をつづけるのだろうか。
さらに、米メディアの報道では週600ドルという手厚い加算金が政府から与えられる失業保険を、株購入に充てる人も多かったようだ。だがこの失業給付金の積み増しも7月いっぱいで終わる。
そして、株価の先行きをみるうえで最も注意が必要なのは米長期金利の動向だ。米連邦準備理事会(FRB)の資産拡大と長期金利の低下の2つが、今の米国株の高いPERを支えてきたからだ。
3月下旬から一気に拡大したFRBのバランスシートは、日々の米国債の買入額の減少に伴って足元では伸びが鈍化している。6月17日時点では前週比742億ドル減の7兆946億ドルと3月以降で初めて減少した。
FRBは15日に個別社債の買い入れ開始を発表しており、バランスシートの拡大は再び加速するとみられるが、米国株の高いPERを支えてきたもうひとつの要因である長期金利の低位安定がいつまで続くかは分からない。
■金利上昇が招いた急落
11日、米ダウ工業株30種平均は前日比1861ドル(6.9%)安と突如急落した。当日の相場解説では、南部州や西部州で広がるコロナ感染の「第2波」が警戒されたとの説明が出ていたが、第2波への警戒はその前から出ており、理由としては「後付け」の印象も強かった。
11日の株価急落の引き金を引いたのは、直前の長期金利の上昇だった可能性が高い。5日発表の米雇用統計の大幅な改善を受け、米10年債利回りが一時0.9%と0.2%余り上昇していたからだ。
「18年以降は長期金利の上昇が行きすぎた株価上昇を抑制する株価の自動調整メカニズムが作動することが多い。長期金利が0.2%上がると株価は6~7%の幅で下げるのが経験則で、11日もその通りの動きをした」。SMBC日興証券の森田長太郎チーフ金利ストラテジストは分析する。
5月の雇用統計のように景気指標が上振れれば、今後も景気回復を受けて長期金利が一時的に跳ね上がる局面が想定される。景気指標の上振れは通常なら株価にはプラスに効くはずだが、バリュエーションが伸び切っているだけに11日のように金利上昇を通じて逆に株価下落の引き金を引く可能性がある。
■「5月に売れ」が当たるか
そう考えると、欧米の株式市場に古くから伝わるあの相場格言が、今年は当たるような気もしてくる。日本でも広く知られている「セル・イン・メイ(株は5月に売り逃げろ)」の格言だ。
というのも、この格言は「5月に株は下がる」と警告する言葉ではないからだ。その後には「セントレジャー・デー(9月の第2土曜日)まで戻ってくるな」と続く。高値をつけることが多い5月に保有株を売った後、相場がさえない夏場にはいったん手を引くことを投資家に勧めるのがこの格言の真意だ。