白雲去来

蜷川正大の日々是口実

同志の方と九年ぶりに再会。

2015-04-03 18:23:20 | 日記
四月一日(水)曇り。

古い同志で国憂会を主宰していた小西運さんがタイへ渡ったのはもう九年も前のこと。風の噂では牧場を経営していると聞いていた。その小西さんと再会したのはフェイスブックだった。お互いにメールを交換し、所用で一時帰国した小西さんと赤羽の居酒屋でお会いすることとなった。

五時に赤羽の東口で待ち合わせをした。私の方は三十分も前に着いたので、近くのコーヒーショップでしばしの読書。上京しているもう一人の方も一緒に五時に待ち合わせをして三人で運動談義でもしようと思ったが、道が不案内なのか二十分近くも待っていたが連絡がない。寒くなってきたので近くの商店街の居酒屋に入った。途中、なにやにら「うなぎ」を売るような古風な様相のお店があって気になったが、ここは地元ではないので、小西さんに任せて焼き鳥屋に入った。(機会があれば行ってみたいと思うような雰囲気のお店だった)

小西さんとこうしてお会いするのは九年ぶり。最後にお会いしたのは神楽坂の料亭で戦線復帰のお祝いの席だったと記憶している。まず久闊を叙して乾杯。積もる話は尽きないが、明日バンコクに帰ると言う小西さんのフライト便は朝が早いとのこと。私も、蒲田で大熊雄次氏や野村勇介さんと約束をしていたので一時間半ほどで再会を約して別れた。蒲田へは京浜東北線で向かおうと思ったら、上野東京ラインと言うものがあって、赤羽から東海道線につながっていた。これは便利だった。あっという間に川崎まで行き乗り換えて二駅。野村先生が愛した「八幸」へ顔を出した時には、あまり早く着いたので皆さんが驚いていた。

「八幸」のオヤジさんは多少体調が悪いとのことだが、ご夫婦もお元気そうなので安心した。このお店のことは野村先生の遺著となった『さらば群青』に詳しい。先生の書も店内に飾ってある。つい甘えて閉店時間を過ぎてまで飲んでしまった。飲み足らず、駅前の料理屋に転戦してから帰宅。
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