白雲去来

蜷川正大の日々是口実

モスクワはグレイの雨が降っていた。

2018-06-15 11:38:43 | 日記
六月八日(金)晴れ。

朝食は、上の子供と二人で、白菜と竹輪のあんかけ炒め、熱海産のアジの干物、ワカメのスープ。昼は、横浜駅で「カボチャのスープ」一杯。夜は、下の子供と新宿で待ち合わせて、「広州ワンタンメン」で、黒豚ワンタンと餃子にビール一本。

私の好きなミュージック・ビデオに小林麻美さんの「クリプトグラフ」がある。その中の「哀しみのスパイ」がとてもいい。その画像を見ると、いつも思い出すのが、平成四年九月、野村先生のお共をして、初秋のイタリア、パリを約半月ほど旅をした時のこと。ローマまでモスクワ経由で十五時間のフライトであった。途中給油のためにモスクワに降りた。わずか二時間ほどのトランジットではあったが、民族派としてモスクワの地を踏んでいることに対する緊張と感慨で私たちはしばらく無口になった。ふと、マルクスの「共産党宣言」の有名な一節、「これまでの全ての社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という言葉が、脳裏に浮かび、「反共」一辺倒で運動していた若い頃を思い出した。ペロストロイカ以前のモスクワは、単に距離ばかりではなく、すべてにおいて遠い国であった。 空港内は照明が少ないせいもあってか全体にグレイな感じがした。トイレの便器には蓋どころか、尻あてさえもなく、床はびしょ濡れだった。(『師・野村秋介』「ローマ・旅の灯火に」より)

夕方、新宿にて、上海・寧波の旅に同行した諸先輩と、反省会を。阿形会長から大判の写真を入れたカバーブックを頂き感激する。途中、大学から帰る途中の子供と新宿のアルタにて待ち合わせて、「広州ワンタン麺」へ。このお店が好きだ。食後、ラッシュにもみくちゃになり帰宅。

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商店街が消えた。

2018-06-15 09:49:56 | 日記
六月七日(木)晴れ。

良い天気の日の朝食は、プレスハムと目玉焼き、鶏のから揚げ、大根の味噌汁。昼は抜いた。夜は、友人と、近所の寿司屋「浜一」にて一献。「黒霧島」から「三岳」へ。愚妻が合流して八時過ぎまで。

事務所に行く途中に商店街が三つある。京急の南太田駅近くの「ドンドン商店街」。お客さんが「どんどん来るように」と名づけられたと聞いたことがある。私が、小学生の頃には、年の瀬になると、正月用の買い物をする母のお供をして、良く行った。その頃は、買い物客で賑わっていた。Y高を過ぎると「蒔田商店街」がある。ここでは買い物をした記憶が余り無い。

私が通っていた中学のすぐ裏にあるのが「中村橋商店街」。中学の同級生の実家がお店をやっていたこともあった。その三ヵ所の商店街も、現在では昔日の面影が全くない。商店街とは名ばかりで、お店がほとんどないのだ。大型のスーパーが商店街の周りに出来て、商店街は消えゆく運命にある。これは何も横浜だけではないだろう。商店街の雑踏が好きな私としては、横浜橋商店街、松原商店街の賑わいが続いてくれることを祈るばかりだ。

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