前世のはなし 1
前世のはなし 2
やはりこれも相当古い。
人々の服装も町並みも、映画でみるローマ帝国時代に似ている。
私は男性で、子供たちに道徳のような何かを教える仕事をしている。
私は生涯独身で、仕事を終えて誰もいない家に帰り、一人で過ごす。
子供たちはかわいかったし、仕事も好きだった。
寂しかったかどうかはわからないが、穏やかで幸せな人生だったと思う。
また、ある時は、夢の中に過去世の自分が出てきて説教されたこともあった。
何かを決めかねているときだった。
私は魔女で、寝ているところを窓から入ってきた仲間の魔女に殺される。
白いシーツに、おびただしい血液が広がっていき、おぞましい限りだ。
そこに過去世の私が登場。(殺されたのも、夢を見ているのも私なんだけど)
「ね?こーんなひどいことがあったって、だーいじょうぶなんだよ。
最悪の状況をシュミレーションしている時間がもったいないと思わない?」
私たちが、ほんとうにいくつもの人生を生きているのかどうか、証拠はない。
でも私は、そうだったらいいなと思うことを信じることにしているから、
それは私にとっては真実である。
それぞれの人生の中で、私は悩み、おびえ、心配し、喜び、落胆し
怒り、楽しみ、泣き、終末を迎えてきた。
としたら、私は本来なら人生の達人であるはずである。
たいていのことは体験済みで、すべての答えを私は自分の中に持っている。
それなのに、私はまたそれを忘れて、
最悪の状況のシュミレーションに時間を費やして、右往左往するのだ。
ビル マーリー主演の映画に、毎朝同じ日の同じ時間に目が覚めて、延々と同じ日を繰り返す
という話がある。
死んでも、また同じ朝に目が覚め、同じ日が始まる。
記憶はすべて残っているので、もう死ぬことが怖くなくなる。
もしも私が、孤独だった人生のことや、魔女まがいのものだったときのことや
酋長の妻だったときのことをすべて覚えていたら、
記憶に振り回されて、この人生は楽しくなかったかもしれない。
わたしたちの人生は、記憶をリセットして、はじめから「思い出しっこ」をするようなもの。
エンジェルリーディングのセッションを受けていたとき、
過去世や未来の自分に手紙を書くという宿題があった。
今になってそれは、単なる心の作業ではなく、ほんとうにそのときの自分に届いているのだとわかった。
なぜなら、魔女まがいの自分も、孤独な男性の自分も、酋長の妻である自分も、
まさに今、別の次元でそれぞれの人生を生きている最中で、
たくさんの「わたしチーム」が互いに励ましあっていると実感するからである。
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前世のはなし 2
やはりこれも相当古い。
人々の服装も町並みも、映画でみるローマ帝国時代に似ている。
私は男性で、子供たちに道徳のような何かを教える仕事をしている。
私は生涯独身で、仕事を終えて誰もいない家に帰り、一人で過ごす。
子供たちはかわいかったし、仕事も好きだった。
寂しかったかどうかはわからないが、穏やかで幸せな人生だったと思う。
また、ある時は、夢の中に過去世の自分が出てきて説教されたこともあった。
何かを決めかねているときだった。
私は魔女で、寝ているところを窓から入ってきた仲間の魔女に殺される。
白いシーツに、おびただしい血液が広がっていき、おぞましい限りだ。
そこに過去世の私が登場。(殺されたのも、夢を見ているのも私なんだけど)
「ね?こーんなひどいことがあったって、だーいじょうぶなんだよ。
最悪の状況をシュミレーションしている時間がもったいないと思わない?」
私たちが、ほんとうにいくつもの人生を生きているのかどうか、証拠はない。
でも私は、そうだったらいいなと思うことを信じることにしているから、
それは私にとっては真実である。
それぞれの人生の中で、私は悩み、おびえ、心配し、喜び、落胆し
怒り、楽しみ、泣き、終末を迎えてきた。
としたら、私は本来なら人生の達人であるはずである。
たいていのことは体験済みで、すべての答えを私は自分の中に持っている。
それなのに、私はまたそれを忘れて、
最悪の状況のシュミレーションに時間を費やして、右往左往するのだ。
ビル マーリー主演の映画に、毎朝同じ日の同じ時間に目が覚めて、延々と同じ日を繰り返す
という話がある。
死んでも、また同じ朝に目が覚め、同じ日が始まる。
記憶はすべて残っているので、もう死ぬことが怖くなくなる。
もしも私が、孤独だった人生のことや、魔女まがいのものだったときのことや
酋長の妻だったときのことをすべて覚えていたら、
記憶に振り回されて、この人生は楽しくなかったかもしれない。
わたしたちの人生は、記憶をリセットして、はじめから「思い出しっこ」をするようなもの。
エンジェルリーディングのセッションを受けていたとき、
過去世や未来の自分に手紙を書くという宿題があった。
今になってそれは、単なる心の作業ではなく、ほんとうにそのときの自分に届いているのだとわかった。
なぜなら、魔女まがいの自分も、孤独な男性の自分も、酋長の妻である自分も、
まさに今、別の次元でそれぞれの人生を生きている最中で、
たくさんの「わたしチーム」が互いに励ましあっていると実感するからである。
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すごくこころにしみる言葉だよ
ありがとうね
そして、縁あって時間を共にする友人や家族もチームなんだよね
しろちゃんと同じチームにいられることにも感謝
家族も友達も、みんなチームだ。
自分にとって都合が悪い相手だって、チームなんだよね。
タコたん、ありがとう。