太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

獅子文六

2018-02-12 08:32:33 | 本とか
ハワイで日本の本が買えるのは、博文堂という日本のステーショナリーストアかブックオフだ。

博文堂は新しい本だから値段も高く、種類もとても限られていて、読みたい本を探すのは難しい。

それでブックオフに行くのだけれど、日本のブックオフを想像してはいけない。

日本の店の10分の1ぐらいのスペースに、英語の本と日本語の本やDVD、CDなどがあるのだから

推して知るべし。

しかし、アメリカの本屋ですらことごとく倒産して、唯一残ったバーンズノーブルも次々に縮小し、

いまやアラモアナショッピングセンター内でただ1店舗が青息吐息、という状態を鑑みれば

本なしではいられない私にとって、日本の本が買える場所があるだけでもありがたいのであり

それも文庫本が1ドルから5ドルなのだから、これ以上の贅沢はいえまい。



限られたスペースに並ぶ本はそれほど変わり映えがせず、あまりジャンルにこだわらずに本を読む私でも、

食指が動く本がだんだんなくなってくる。

そうなると、未開拓の作家に挑戦するようになり、がっかりすることもあれば

思いがけず楽しめることもある。

その思いがけず楽しかった作家の一人が、獅子文六である。

名前だけは知っていたが、NHKのテレビ小説の1作目『娘と私』(自伝小説)の作者だとは知らなかった。

今、読んでいるのは「てんやわんや」で、

「臆病で気は小さいが憎めない主人公は、太平洋戦争直後、戦犯を恐れた社長の密命により四国へ身を隠す任務を与えられる。

そこは荒廃した東京にはない豊かな自然があり、地元の名士に厚遇を受けながら夢のような生活が待っていた」

という物語で、この四国でいろんなドタバタが起こる。

文体も軽快で、どんどん愉快になってくる。

その調子は、こんな具合である。

四国まで追いかけてきた女に遭遇するが、すっかり洋装になっていて驚く。



しかるに、この女は単に正規の洋装をしているのみならず、衣紋竹を背負っているように肩の張ったスプリングコートでも、

ドラ焼きを叩きつけたような、小さな帽子でも、皮の大黒頭巾のような大きなハンドバッグでも悉くが新調であり・・・




さらに、その女が主人公を襲う。



「ちょいとウ・・暫く会わないうちに日本語忘れちまったの、なぜ黙ってんのよ」

二ッと笑ったその顔が、ちゃぶ台の上に伸びてきた。顔が拡大されて畳一畳敷きほどあるような迫力を、私に感じさせた。

焦げ茶色の噴水のような描き眉、三色版の夕焼けの空のような頬化粧、鶏のゾウモツの心臓のような口紅、それは毒々しいというような、

生優しいものではなかった。




本を読みながら笑ったのは、久しぶりだ。

どれを買おうか迷うほど大量の本が並んでいる、日本の本屋が心から懐かしく思うけれど、

日本にいたら読まなかったであろう本を読むことができるのは、案外楽しいものである。




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絵本

2016-07-28 18:44:08 | 本とか
昨夜、眠りかけたときに、ふと思い出した絵本がある。

筆箱の中にいる、粘土でできたネズミの話だ。

その本の題名も、ネズミの名前もどうしても思い出せない。

時折、この本のことは思い出すのだが、いつも名前を忘れたままにしていた。

しかし昨夜は、どうしても思い出したくて、起き出してネットで調べた。


「ネンディのぼうけん」



ネンディが、動いて話して、冒険をする。

私はその本を繰り返し読み、

「ヒミツのアッコちゃん」の魔法のコンパクトを信じてワクワクした気持ちで、

粘土でネンディもどきを作った。

私はほんとうにそれが動くように、本気で祈った。

子供の頃に読んだ本の中で、これは1番好きな本だ。



「あたまをつかった小さなおばあさん」



一人暮らしのおばあさんが、日々ぶつかる問題を、頭をつかって解決してゆく。

頭を使うときは椅子にすわり、目を閉じる。

エプロンの丈が短くなってきたという問題は、エプロンの裾をちょっと切って、

それでフリルを作り、くっつけたらいいという考えが浮かび、いそいそと作る。

できあがってみたら、何となく前より短いような気がするが、まあいいや、というほのぼのとした話。


この本も、好きな絵本の3本の指に入る。


両方とも、 山脇百合子さん という人がイラストを描いている。

「ぐりとぐら」や「いやいやえん」など、多数の本を手がけている人で、

確か ぐりとぐら は なかがわえりこさん と姉妹で作っている。

私はこの山脇さんの絵が好きだ。

頑張り過ぎない、肩の力がほどよく抜けた感じや、のびのびした線。




「おおきな木がほしい」



唯一、この本だけはハワイに持ってきた。

絵は、村上勉。

男の子が、「もし大きな木があったら・・」と想像する。

ツリーハウスを作って、そこで春夏秋冬、何をするかを思い描く。

絵本を縦に使って、高い高い木をどんどん上にのぼってゆくのだ。

夏は蝉が遊びに来る。窓辺の台所でホットケーキを焼く。

秋はリスが遊びに来る。冬は・・・

村上勉の絵がすばらしいの一言。

ツリーハウスの、季節で違うマグカップの模様、クッションの柄、カレンダーの絵、

どんな小さなものも逃さす、穴があくほど眺めた。

今、手元にあるこの本を広げれば、昔と変わらない感動をもって、

絵の隅々までじっくりと眺めて過ごす。

お父さんと一緒に、大きくなる木の苗を植えるというラストもいい。



絵本の寿命の長さには驚く。

本屋で働いていたとき、私が読んで育った本が、まだ今も現役で読まれていることを知った。

子供がいないので、そういうことを知らないのだ。

「ももいろのきりん」も好きな本で、これも今も売っている。

「だるまちゃんとかみなりちゃん」の かこさとし も大好きだ。




これらの本の思い出は、40年以上たった今でも、私の心のどこかに大切にしまわれていて、

私という人間を形成する材料のひとつになっている。

たとえタイトルを忘れても、その本から得た感動は残っていて、今もリアルに思い出す。




今度日本に行った時に、必ず「ネンディのぼうけん」を買おうと思っている。





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「東京タラレバ娘」

2015-12-28 20:19:49 | 本とか
本の感想に、漫画が出てくるとは思わなかった。

文章を読むほうがずっとおもしろいし、絵で出てくると想像力を働かせる楽しみがなくなると

勝手な理由をつけて、大人になってからはほとんど漫画を読んでいない。



これは日本で会った友人が教えてくれた。

日本ではほぼ毎日書店に通っていたのだが、

ふと友人の話を思い出し、ハワイでは買えないと思って4巻すべてを買った。




これが、おもしろかった。

寝る間も惜しんで2日で4巻を読み終えた。


33歳の独身女性が3人。

それぞれに仕事を持ち、つまらない男と結婚してゆく仲間を笑いながら、

いつか自分はもっとでっかい幸せをつかむのだと信じていた。

そして、それはいつでも可能なのだと思っていた。

ところが気づけば、すべては遅すぎた。

容色も、仕事の能力も、年齢も、すべてが「およびでない」ことに気づく。

東京オリンピックまでには幸せになると息巻き、

3人は何かといっては女子会と称して居酒屋で呑んだくれる。

あの時ああして「たら」幸せになったのに、好きになってくれ「れば」うまくいくのに、

と、タラとレバを繰り返す。



漫画だから、漫画チックな設定もおおいにあるんだけれど、

3人の心模様がリアルで、そのリアルさが胸に痛い。

ただ、33歳というのは、まだまだ若いと私は思うけど。



恋愛の先には結婚があり、結婚の先には出産がある。

いくつになっても勢いで恋愛はできるが、結婚はそうもいかなくなってくる。

出産となれば尚更だ。

それに年を重ねたぶん、許せることよりも許せないことの方が増えていくようで、

幸せになりたいだけなのに、カラまわりすることが多くなってゆく。

10年前の自分にタイムマシンで会いに行き、「ここで妥協しとけ!」

と説得したい、という場面がある。

それでも尚、この後に及んで妥協できない自分が嫌になる。

切ない。




私が世間に放り出されたのは42歳だったから、この3人よりも遥かに最悪だったと思うが、

私がラッキーだったのは、いきなりスピリチュアルに飛び込み、一般世間を見ることなく

ひたすら自分とだけ向き合ってきたことだろう。

そうでなければ、私も悶えながらタラレバしていたに違いない。


恋愛も結婚も出産も、してもしなくてもいいと思う。

すれば、したなりの、しなければしないなりの学ぶことや幸せがあるからだ。

出産に関しては、子供がいない私には何とも言えないが、

結婚は、結婚という契約をしない生き方だってある。

したら幸せになれるのに、してないから幸せではない、と思うこと自体が不幸なことで、

もちろん私も、さんざんそこを通ってきたわけだけれど、

その真っ只中の嵐の中で途方に暮れる、気なげな女子たちの、

ハチャメチャでしんみりとくる物語。




「東京タラレバ娘」 東村アキコ



出ている分だけ買ったはいいが、続きが気になってしまい、

少々後悔している。




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「嫌われる勇気」

2015-11-24 14:33:38 | 本とか
友人に勧められた。

以前から、この本の存在は知っていて、気にはなっていた。

フロイト、ユング、と並ぶ心理学者であるアドフレッド・アドラーの思想を

青年と哲学者の対話形式にまとめた本である。



フロイトやユングは、過去におきた出来事によって、そのあとの生き方が影響される

という原因説であるのに対して、アドラーはまったく逆のことを言う。

今の状態でいたいがために、その理由を自分で作り上げるのだ。


たとえば、引きこもっている青年がいる。

原因説では、そうなるに至った何かの原因があって、彼は不安を感じたりして外に出られない。

しかしアドラー心理学では、「外に出ない」という目的が先にあって、それを達成する手段として

不安や恐怖という感情を作り出している。

それは、親の注目(心配や罵倒であったとしても)を得たいからかもしれないし、

外に出たら自分は特別ではなくなってしまうという恐れからかもしれない。

なににしても、自分がいま置かれている状況は、自分がそれを望んでいるからだ。



厳しいなあ、と思う。

私にとって、目新しい考え方というわけではない。

10年前、私のセラピストが言った。

「不幸な人は、不幸が好きだから不幸なんですよぉ」

そんなばかな、と思った。誰が好んで不幸になんかなるものか。



その後、40過ぎて恋人にふられ、途方にくれた私に

「これでもう老後に突入だと思えば老後。元彼とやり直すと決めればそうなる。

いい男はみんな結婚してると決めればそうだし、自分はもうトシだと思えばそのとおりの自分になるだけ」


「そんなこと言ったって、いい男なんかもう残ってないって普通思うじゃない?」


「あらそうお?でももしそれが真っ赤な嘘だったら?」



けれども、この10年で、私はうっすらとわかり始めている。

無責任な言い草にみえた、さまざまなことが、ほんとうは真実なのかもしれない。

現実に私はあのまま老後にもならず、元彼は捨てて、第一希望の相手を2ヶ月足らずの間にみつけた。

あのとき、トラウマだとか過去だとか、私には一切関係なかった。

どういう自分でありたいか、そのためにどうするか、私にあるのは「今、今、今」だった。


だから、それがどうであれ、今の状況は自分が望んでいるのだと言われたら、

そうかもしれない、と思うのだ。




この本には、承認欲求も出てくる。

認められたい、評価されたい、いい人でありたい。

上記の目的説とあわせて、ここも私には痛くてたまらない場所である。

ただ、最近は、いい人でありたい自分にがっかりすることはなくなった。

これは私の中にあるやさしさだと思うことにしている。



対話形式は、ときに読みづらいことがあるが、これは対話にして成功していると思う。

哲学者と討論する青年の気持ちが、これを読んでいる私の気持ちとそのまま同じ。

すいすいと読めるけれど、

すいすいと読んだあとで、もう一度読み返さずにいられない。






『嫌われる勇気』  岸見 一郎  古賀史健  ダイヤモンド社






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「嫌な女」

2015-09-25 22:01:37 | 本とか
毎日欠かさず本を読んでいるけれど、

本の記事は久しぶりだ。



この頃ずいぶん若いアイドルやタレントか出てくるなあと思っていたら、

ただ自分が年をとっただけだと気づいた時はショックだった。

そのアイドルの親の年齢を知ったときのショックよりは、いくらかマシだったけど。

同じことが、作家にも言える。

私より同年代か若いような作家が、次々といい小説を書いている。

目に付くのは女性が多くて、辻村深月や柴田よしきも気になるが、

桂望実もその一人。

故 山崎豊子のような社会派バリバリの骨太さはないけれど

下地の良さに加え、読者を引き込んでゆく文章力があると思う。



小谷夏子という天才詐欺師と、その遠縁にあたる弁護士の石田徹子。

夏子はトラブルにあうたびに、徹子に頼り、それが何十年にも及ぶ。

これは終始、徹子の目線で語られていく。

二人は主人公でありながら、小谷夏子が表に出てこない構成も新鮮だ。

不器用な徹子の生き方と、調子のいい夏子の生き方と、二人は対照的だけれど

二人は同じぐらい深い孤独を握りしめている。

470ページの長編だが、ペースを落とすことなく読み終えてしまう。





「嫌な女」 桂望実 光文社文庫



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