太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

突撃!隣の晩ごはん

2018-09-25 19:38:01 | 日記
さすがに今はもう放映していないと思うが、なにかの番組で「突撃!隣の晩ごはん」という

人気コーナーがあった。

桂ヨネスケさんが大きなしゃもじを持って、夕飯時にいきなり誰かの家を訪問するのだ。

テレビ界では、突然訪問するかに見せて、実は打ち合わせがしてあることは普通にあるが、

訪問された家の人の、驚きつつも迷惑そうな顔や、

打ち合わせがあったとは思えない食卓の様子からして、この番組は、本当にアポナシだったのではなかろうか。

とっちらかった家の中、シチューとカレーが並んでいたり、見ているコチラがどきどきしてくる。

よその人が、何を食べているのか、どんな家に住んでいるのかという興味は、きっと誰にでもあって

そこをうまくついた、おもしろい企画だった。





豪華な夕食を囲むとき、

「こんな日にヨネスケさんが来ればいいのにねー」

と家族で言い、

ちょっとアレな夕食のとき、

「もし今日ヨネスケさんに来られたら困るねー」

と言い合ったものだ。



ずっとその番組のことは忘れていたが、今夜突然思い出した。

というのも、今夜の夕食は、まさにその「ちょっとアレ」な食卓だったからだ。

今日は蒸し暑かった。

ハワイで23年ぶりの湿度だったらしい。

日本の真夏の暑さに比べたら暑いなんていえないんだけれど、慣れていないぶんこたえた。

私の職場はエアコンがないし、夫は1日中外で植物の世話をしているから、仕事が終わればクタクタだ。

夫の両親は二人で出かけて留守。

暑くて食欲もない私達二人の食卓に並んだもの。


・アロハ豆腐の冷奴

・かぼちゃ


以上。

ハウスの豆腐じゃなくて、アロハ豆腐というところが、少しだけ高級感あり。

かぼちゃは、スライスしたのをレンジにかけて柔らかくして、

ニンニクの香りを移したオリーブオイルで両面を焼いただけ。

「いやぁー、今日来られたら困るワー」

「誰が?」

そこで夫に、「突撃!隣の晩ごはん」の話をした。

「そんな恐ろしい番組があったのか」

「そうなんだよ、突然ヨネスケさんとテレビカメラと照明が押しかけるんだよ」

「困るねー」

「うん、困るよ」


ふたりで困る困ると言いながら食べ終えた。

あの番組、また放送しないかなァ。












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「天然生活」

2018-09-24 18:00:20 | 日記
本棚を整理していたら、数年前に本屋で働いていたときに買った、生活雑誌が出てきた。

人々の生活をとりあげていたり、レシピが載っていたりする「天然生活」という雑誌だ。

私はファッション雑誌は一切読まないが、こういう生活雑誌は好きだった。

2010年の古雑誌だが、思わず懐かしくなって買ったのだった。



特集は主婦の朝時間。

特集の最初に、雑貨屋を営む女性の暮らしが紹介されている。

家族が寝たあとの夜の12時に、その人は明日着る服をイラストに描き、

服をハンガーに吊るしておく。

コーディネートのイラストの横には、お弁当のおかずも書き出されている。

「これを毎日やらないとダメなんです」。

朝すぐにご飯を詰められるように、弁当箱はキッチンのカウンターに出す。

5時半に起きて、洗濯機をまわしながらお弁当のおかずを作る。

塩鮭とひじきの煮物、ふっくら焼いた卵焼き、ブロッコリーなどが色どりよく詰まったおいしそうなお弁当。

子供と夫の朝食を用意し、お弁当を持たせて送り出す。

洗濯機を3回まわすあいだに、掃除をし、自分の朝食を食べる。

いかにも雑貨屋をやっている人らしく、食器も何もかもがあたたかみのあるシンプルなものばかりだ。





なぜ、この古雑誌を買ったのか覚えている。

そこに、かつての自分の姿を見たからだ。

今の私ときたら、朝食は毎日用意するものの、来る日も来る日も、フルーツと卵とソーセージ、チアシード入りのマカダミアナッツミルク。

夕飯を作るのは週に数回。

献立は二人で考えるが、買い物も掃除機をかけるのも夫。

お弁当は100%夕飯の残りで、夜のうちに弁当箱に詰めて冷蔵庫に入れておく。

こんないいからげんな生活をしている私にも、ていねいに暮らしていた時代があったのだ。

今の私を知る人は絶対に信じないと思うけど。




最初の結婚時代、私は毎日食べたものを細かくノートにつけていた。

何品目の食材を食べたかも数えて書くという念のいれよう。

食器も家具もタオルもすべて、気に入ったものばかりで、家を建ててからは庭にも

ラベンダーなど好きな花を植えた。

結婚した相手は食にうるさい人で、朝にご飯が続くのもパンが続くのも嫌で、

夕食は4品から5品のおかずが並ばないと不機嫌になった。

私は1本のキュウリを半分酢の物にして、残りは翌日のサラダに入れたり、

ひじきを煮たら、半分は翌日にコロッケに混ぜるなど工夫をして品数を増やしていた。

フルタイムで仕事をしながら、発酵器まで買って自分でパンを焼いた。



あの気力は、いったいどこからきていたのだろう。

なんのために、なにを守ろうとして私はあんなに必死だっただろう。

或る日突然ブチ切れて家を出て、身の回りのものだけをまとめて実家に行き、数回着替えを取りにいっただけで

私がその家に戻ることはなかった。

毎日書き続けた11年分の献立ノートも、1枚ずつ集めた食器もタオルも何もかも置き去りで。

計画的に家を出たわけではなかったが、そのときリビングから見た庭は見事に荒れ果てていた。

それらは結婚そのものと同じに無意味だったのか、と少しだけ思って、考えるのをやめた。



誰に褒められることもなかったけど、今、私がかつての私を褒めてあげよう。

雑誌の中の、好きなものに囲まれて丁寧に暮らす人たちが、8年たった今も同じように幸せに暮らしているといいなと思う。

その号のレシピは、『洋食屋さんのスパゲティ』で、カルボナーラやたらこスパゲティの

食欲をそそる写真がこれでもかと並んでいる。

あー、おいしそうだなーと思うが、思うだけ。

似たようなパスタを夫かシュートメに作ってもらおうと思っている、この私が、たぶん私の本質ではないかと思っている。












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それは失礼だろう

2018-09-19 07:52:37 | 日記
職場のオフィスに物を取りに行ったら、デイビスとカラニがしゃべっていた。

デイビスは五十代の、年季の入ったゲイ。

カラニも五十代だが、ゲイかどうかははっきりしない(私は違うと思う)。

デイビスは彼氏と、カラニは母親と同居している。

私が部屋に入った時、どんな話からそうなったか、カラニが彼のルーティンを説明しているところだった。


「仕事のあと、家に帰って着替えて、食事をしてからシャワー浴びて、テレビを観て寝る。

朝起きたらシャワー浴びて、食事してランチを詰めて仕事に行く、終わったら家に帰って・・」


そこで誰かがカラニを呼び、カラニは部屋から出て行った。

部屋に残されたデイビスが、私を見てボソリと言った。



「カラニの話聞いたら、自分の人生、文句なんか言えないよな」



いやいや、それは失礼というものだ。



「んじゃ、デイビスの人生はもっと楽しげなわけ?」

「ま、そういうわけでもないけどさ。日曜は仕事のかわりに教会に行って、あとは同じだっていうんだもん」



そりゃデイビスには彼氏がいて、カラニは一人かもしれないけど、

そりゃ、ちょっとは孤独にみえるかもしれないけど。

それに私のルーティンだって、近いものがある。

そもそも、ルーティンっていうのはそういうものじゃないか。


「カラニを見て自分の幸せを感じるなんて、私はカラニが気の毒になるけどね」


カラニのことはべつに好きでも嫌いでもないけど、

おせっかいオバハンは言わずにおれない。














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別の世界のわたし

2018-09-18 20:22:33 | 日記
朝、ウォーキングするときにたまに会う、年配の日本人女性がいる。

ムームー(死語?)を着て、ラブラドール犬を連れて、ふくぶくしくいつもにこにことしている。

日本語を話せる機会でもあり、いつも私から挨拶をするようにしている。

おはようございます、と言い、軽く会釈をする。

そうすると、その方もゆっくりと おはようございます と言う。

ただそれだけだが、日常生活において会釈をするなどということは皆無であり、

この貴重な日本式挨拶の時間を、実は私は楽しみにしている。

お辞儀をすると、からだの中心にスーっと1本線が通り、すがすがしい気持ちになることに

お辞儀をしなくなってから気づいた。



ある朝、その方に挨拶をして通り過ぎようとしたら、声をかけられた。

「おこさん、いくつぐらいになられました?」

ほんの一瞬、言葉の意味を考えてから、つとめてにこやかに言った。

「子供はいません」

「あぁ、生まれたと思っていたんだけれど・・・」



しばらく時間がたって、そのときのことを思い出した時、

今私が体験している、この現実以外に、「子供が生まれたわたしの世界」があるのだろうなと思った。

その世界でも、その人はいて、私と会っている。

そんなパラレルワールドを、私はなぜか信じている。

たった一人の私が、たったひとつの人生を生きていると思い込んでいるこの世界も、

ほかの世界のわたしからすれば、たくさんの可能性の現実のひとつでしかない。




もし私の子供が生まれていたら、12歳になる。

自分自身のことで手一杯の私が、別の世界でいったいどんなシッチャカメッチャカしながら子育てしているのだろう。

子供というのは、自分の嫌な部分を目の前に突きつけられているようであったり、

ほんとうに私が産んだのかと思うようであったりするのだろうか。

ハワイでは言われたことがないが、日本で「子供がいない」というと

「寂しいでしょう」

と言われることが、たびたびあった。

かつて1度も体験したことのないことに対して、寂しさを感じようがないではないか。

心のうちではそう思いつつ、でもそれを言うのも無粋だし、適当に苦笑いして済ましていた。

子供がいる人にとっては、子供がいない生活は寂しいに違いない。




子育てをしている友人達や姉妹がもつ幸せも辛さも私は知らないけれども、

それはそれで仕方がない。

子供を産むことと、産まないことを、ひとつの人生で体験することはできないのだから。






今朝、またニコニコの日本人女性に会った。

子育てをしているアッチの世界の私は、眉間にシワよせて髪の毛振り乱してたでしょね。

心の中でそう思ったら、なんだか笑けてきた。













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友、旅立つ

2018-09-17 08:55:18 | 日記
ミレナが夫ケリーの仕事の関係で、ボルチモアに行くことになった。

ケリーが昇進したから、喜ぶべきところなんだけれど、

何でも話せる友達が遠くに行くのは、寂しいことこのうえなし。

ミレナとヴィッキと私、いつも3人でつるんでいたのに。




ミレナの隣家に住む夫婦が、お別れパーティを開くというので夫と一緒に出かけた。


「今日こそは私特製のマルガリータを飲んでもらうわよぅ」

お酒が苦手な私は、一緒に食事に行っても水しか飲まない。

でも今日は、夫が運転してくれるし、飲んでみた。

氷と、テキーラと、なにかもうひとつ違うお酒と(透明のやつ)、たくさんのライムを搾って砕く。

「このテキーラは特別で、すんごく美味しいんだから」

ショットグラスにほんの数滴ほどのテキーラを垂らして、私に飲めという。

一気に喉に流しこむ。

アルコール度数40%だというから、喉が焼けるようかと思えばそうでもない(まあ、量が量だけど)。

私はウィスキーとかバーボンの、あの匂いが好きじゃないのだけれど、

飲んだテキーラは、その匂いがまったくしなかった。

「だってこれは良いテキーラだからよ」

ミレナ特製のマルガリータも、すいすいと喉を通って、うっかりすると飲みすぎてしまう。

「なんでもっと早くに教えてくれなかったのよ」

「だからずっと、飲め飲めって言ってたんじゃないのさ」





二人の子供達はもう独立しているので、ボルチモアには夫婦だけで行く。

私は行ったことがないが、ボルチモアはワシントンDCの近くで、冬はものすごーーーく寒いらしい。

メキシコ人のミレナには厳しい気候だけど、きっと彼女ならそれも楽しんでしまえるはず。




ミレナとケリー。

撮った写真を、ヴィッキがアプリケーションを使って加工した。

アートになってて、ちょっと素敵。




私(左)とミレナとヴィッキ



いつもミレナには、ハッピーでいることの楽しさを教えてもらってきた。

ミレナに会えば、体の余分な力が抜けた。

私達みんな50をとっくに過ぎて、これからもっと友達が大切になってくるのに。

離れていても、心を通じ合うことはできるけど、

それでもやはり友との別れは私の心を寂しくする。












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