太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

スパ・デイ

2018-01-30 07:55:59 | 日記
エネルギッシュなメキシコ人、ミレナ主催の『スパ・デイ』。

自宅でエステをやっているミレナが、顧客やうちの職場の同僚達を自宅に招いて(ミレナは週に2日同じ職場で働いている)

ミニ・フェイシャルや抽選で化粧品があたるクジ、飲み物や食べ物をつまみながら

ヨガの講師も来てヨガのポーズをしたり、というイベントだ。




ガレージにピクニックテーブルを置いて、歓談。



SKIN SCRIPTというメーカーの化粧品を使っているのだが、これがナチュラルでとてもいい。

値段もそんなに高くないのもすてき。



階段をあがると、



2階のリビングダイニング。



目の前はすぐ海。道を渡れば海で泳ぐことができる。



キッチン



3ベッドルーム、3バスルーム。



ミレナの夫ケリー(右)、息子ケリーJr.。






肝心のミレナの写真を撮り忘れたので、ハロウィンのときのやつ。



私は裏方として早めに行き、ミレナの家族と一緒に準備に奔走した。

病み上がりだというのに(食中毒になった話はコッチ)、いなりずしとキッシュも作って持って行った。

ぽつぽつと人が集まってくる。

近所の人達、職場の同僚達、20人ぐらいはきた。

私が受付をして、ミニ・フェイシャル希望の人をどんどん施術室に送り込んでゆく。

10分から15分のミニ・フェイシャルが受けられて、ヨガやって、食事ができて飲めてクジもあるのはお得かもしれない。



私もフェイシャルをやってもらう予定が、ばたばたしすぎて帰る時間になってしまった。

でも明日、レイナにマッサージとフェイシャルを受ける予定になっているのでOK。














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瀬戸わんたん日暮れ天丼

2018-01-29 07:55:21 | 日記
小柳ルミ子さんの昭和のヒット曲『瀬戸の花嫁』(若い人は知らないでしょうなぁ)

小学校の頃、男子がよく替え歌で歌っていた。



♪ 瀬戸わんたん 日暮れ天丼 ゆうなみこなミンチカツ~ ♪


本来の歌詞は 瀬戸は日暮れて 夕波小波 であるが、

私はわんたん天丼ミンチカツのほうがしっくりくる。

若い娘が瀬戸内海の島に嫁いでゆくという設定で、『若いと誰もが心配するけれど』

『愛があるから大丈夫なの』と言うのである。

『幼い弟が行くなと泣いた』というから、娘は18か19歳ぐらいであろうか。



歌謡曲全盛時代だった。

歌の歌詞が、なにを言っているのかはなんとなく理解しても、

それがどんなことなのかはさっぱりわかっていなかったあの頃。



尾崎紀代彦さんの『また逢う日まで』も流行った。

同棲していた二人が別れるという歌だというのがわかったのは、ずーっとあとになってからだ。

♪ 二人でドアを閉めて~ 二人で名前消して~ ♪

学校の帰りに歌ってはいたが、なぜドアを閉めて何の名前を消すのか、誰も知らなかった。

山口百恵さんの

♪ あなたに 女の子の1番大切なものをあげるわ~ ♪

にしても、それが本当のところ、いったいどういうことなのかは曖昧だった。




歌詞の意味がわかってみると、

『また逢う日まで 逢える時まで 別れのそのわけは 話したくない』

とはなんと無責任なことであろうか。

『ただむなしいだけ たださみしいだけ』

なにを甘っちょろけたことを言っとる男か!むなしいだ、さみしいだと自分のことばっかりか!

そんな男とはうっかり結婚などしなくてよかったけどね。

当時、意味がわかっていた大人はどんな気持ちで歌を聴いていたんだろうか。


・・とまあ、昔の歌謡曲はツッコミどころ満載である。

柏原芳恵さんの『ハローグッバイ』だって、紅茶のおいしい喫茶店で白いお皿に「バイバイ」と言う女の子。

それで、もし生まれ変われるなら、こんなかわいい紅茶のカップになりたいというのだ。

いとしい人が銀のスプーンで紅茶をくるくるまわす、そんなカップに・・・・



なりたいか?ほんとに?



・・とまあ、真剣になってはいけないのである。

フォークソングと違って、当時の歌謡曲にメッセージ性などなくてもよかった。

そう言う意味では、最近の歌のほうがよほど歌詞にグッとくる。








テレビと歌謡曲で育った私たち。

「レッツゴー、ヤング!」(ヤング、ってところがもう昭和)や、「スター誕生」は欠かさず見ていた。

スター誕生から生まれた花の中3トリオ(山口百恵、桜田淳子、森昌子)が

年齢制限で紅白歌合戦に出場できるかどうかと話題になったという時代。

そのあと、もっと若い、子供のような人たちがどんどん出てくるようになった。




瀬戸わんたん、と声を張り上げて歌っていた男子たちも、もう50過ぎのいいオッサン。

彼らも私のように、昔を思い出して歌うことがあるのだろうか。










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たまごやきとお弁当

2018-01-28 09:33:22 | 食べ物とか
毎日お弁当を持ってゆく。

作りたいわけではなく、あいにく職場の近くには何の店もないのだ。

山と緑と海だけで、1番近いコンビニですら車で10分以上かかる。

実家の母や姉が作るお弁当は、それはちゃんとした『日本のお弁当』だ。

母や姉がお弁当用におかずを作るのに比べて、ほぼ夕食の残りを詰めるだけの私のは

お弁当とはいえないシロモノであろう。


そんなお弁当ではあるが、たったひとつ、お弁当のためだけに朝作るものがある。

たまごやきだ。

母は、卵焼き専用の四角いフライパンを使っていたけれど、そんなものはないので

18センチぐらいの小さいフライパンで作る。

卵1個に少々の塩と、砂糖を少し。

フライパンに半分流してくるくると巻いたら、残りの半分を流して重ねて巻いてできあがり。

幼稚園の時のお弁当に入っていた、ちょっと焦げ目がつくぐらいに焼いたたまごやきの味は

何十年たっても忘れるものではない。


娘達がみんな嫁いでしまったあと、母がふと言ったことがある。

「あんたたちはいったいどんなおかずを作っているんだろうねぇ」

「そりゃ、お母さんが作ってくれたようなものだよ」

と私が言うと、母はちょっと困ったような顔をして笑ったものだ。

教えてもらったわけでもないが、実際、母が作っていたものを、母の味付けで私も作っていて、

姉や妹もそうなのだと思う。

いつだったか、妹の家に行ったとき、妹が夕食を作っていた。

揚げ物をしていた妹は、揚がった食材を、鍋の蓋を逆さまにして紙を敷いた上に乗せていたのだ。

鍋の蓋だから、安定が悪く、ぐらぐらしながらも乗せている。

それはまさに母がやっていたことだ。

雑多なものが並んでいる料理中は、バットを出す場所もないし、洗いものが増えるという理由だとは思うが

なにもそこまで真似しなくても、と指摘すると、妹は無意識にやっていたようで、二人して大笑いした。



母は多忙だったけれど、50年以上もお弁当を作り続けた。

にんじんのポタージュだとか、当時としてはハイカラなものも作ってくれたけれど

私の記憶に深く深く残っているのは、たまごやきであったり、

薄味で煮たタケノコに衣をつけててんぷらにしたものだったり、

甘辛に煮たじゃがいもに、カレー粉を入れたものといった、お弁当のおかずである。

今はもうなくなってしまったが、静岡市に小饅頭の老舗があって、

祖父の好物だったことから、出かけると誰かが買ってきた。

その一口サイズの饅頭が、薄い衣をつけて揚げたのがお弁当に入っていることがあって

姉と私は学校から帰ると「今日、小饅頭だったね」と言い合い、母はそんな茶目ッ気もあった。






記憶は数珠つなぎ。

昔、実家が大家族だった頃、洗い終わった全員分のお箸を拭くときに、

全部を布巾に包んでジャラジャラと両手でこすりあわせていた。

父の会社の若い人達も入れたら10人以上いたから、1本ずつ拭いていられなかったのだろう。

占い師みたいだなァ、と子供心に思っていた。

私が実家を出てからはずっと一人か二人だったから、そんなふうにお箸を拭くことは1度もなかったけれど。



折に触れ、何度も何度も繰り返される記憶のフィルム。

今日もちょっと強めの火加減でたまごやきを作る。











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B型女性、陥落

2018-01-27 11:51:59 | 日記
集団食中毒でも、B型女性はピンピンしているといわれておもしろくないという記事を書いた(コチラ

そのB型女性がダウンした。

金曜日の朝、私はとても元気だった。

仕事が始まる前に、職場にテナントで入っている店の人がドーナツをくれた。

ツイストした形の柔らかいドーナツで、最近オープンしたフードトラックで買ったという。

私は1つの半分以下をちぎって食べた。

その30分後ぐらいから、胃がもたれるような感じがしてきて、お昼になっても食欲はなく、

午後になると腰と脚に力が入らなくて、立っているのが辛くなってきた。

その日はレジ担当で、スツールに座らせてもらってなんとかこなしていたが、トイレに立てば下痢気味(お食事中の方、スミマセン)

午後のラッシュが来る2時半までは働いて、3時前に早退した。



帰宅し、熱いシャワーを浴びてすぐに寝た。

どこが痛いというのでもない、吐き気もない、ただ体全体に力が入らない。

夕食も食べず、ひたすら寝る。

腰がだるいので、夫が買ってきたマッサージャーを腰にあてた。


具合が悪いときは何を食べるとかいった、民間の言い伝えは日本とアメリカでは当然違う。

職場で「下痢でさー」と同僚に言ったら、

「グアバジュースが下痢に効くんだよ」と言う。

職場で売っていたので、それを飲んだ。

両親と一緒に夕食を食べた夫が、ベイクドポテトを作って持ってきた。

「なんの味もついてないポテトを食べるといいよ」

食欲はなかったけれど、せっかくなので一口食べた。

もともと丈夫な私は、あまり病気をしたことがないので、日本の民間療法に疎い。

風邪ならおじやを食べるとか、下痢なら正露丸を飲むとか、その程度だ。



あけて土曜日、気分はだいぶよくなっていたが、まだ完全じゃない。

その日は職場で1番忙しいレジの日で、座ってなどいられないので仕事を休んだ。

ここで働き始めて2年、具合が悪くて休んだのは初めてだ。

下痢など、15年ぶりぐらいだろう。

当時、私は最初の結婚時代で、風呂上りに飲んだカルピスが古かった。

夜中からお腹が下り始めたが、前の夫にも言わず、無理して仕事に行った。

昼までもたずに早退し、だるい腰をかがめながらスーパーで夕食の材料を買い

夕食をあらかた作ってから寝た。

前の夫が帰宅して、ふたりで何事もなかったように食事をした。

具合が悪いことを、どうして相手に言えなかったのか。

「矢が降っても仕事に行く」と決めていたのはなぜなのか。

相手も相手で、あるときテーブルに薬の袋があったので聞いたら

先週から膀胱炎なのだという。

7年つきあって、11年結婚していたのに、あれはまったく特殊な関係だったとしかいえない。



そんなことをベッドの中でつらつらと思う。

夫に、具合が悪いことを普通に言えるしあわせ。

B型女性陥落の話である。






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スパイシー豆腐

2018-01-26 07:48:42 | 食べ物とか
友人のヴィッキーが教えてくれた、スパイシー豆腐 が美味しい。

ハワイでは、スパイシーアヒ(アヒは鮪)が人気だ。

アヒポケという、サイコロ状の鮪を醤油やわさび、ごま油で和えたもののアレンジで、

マヨネーズとチリソースを加えて作るのだが、その豆腐バージョン。



木綿豆腐の水を切り、サイコロ状に切ったものをボウルに入れる。

そこにネギ、マヨネーズとシラッチャソース、ごま油を加えてよく混ぜる。

以上。


シラッチャソースはタイのチリソース。



チリソースならなんでもいいと思う。





ものすごく簡単で、見た目もサーモンピンクできれい。

で、美味しい。

これを夫のランチに入れたら好評で、毎日のように入れている。

混ぜる時に、適度に豆腐がこなれてソースの一部になるのがまた良い。

あるとき、夫がこれに、細かく刻んだピーマンやセロリ、トマトを加えて、

シラッチャソースを多めに入れて作ったら、これまた美味。










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