太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

中国語

2016-11-30 20:41:12 | 日記
職場で、中国人の男性が二人、ココナツシロップのビンを持って私のところにやってきて

「ファオ ミー、ファオ ミー」

と言う。

まったくわからないので困っていると、

二人が一斉にスマートフォンに向かって

「ファオ ミー マ」

と繰り返し、スマートフォンを私の耳に近づけた。


「Is this honey?(これは蜂蜜ですか)」


私は蜂蜜を持ってきて

「ファオ ミー」と言って蜂蜜を指した。

蜂蜜のことを ファオ ミー というのか。

英語のハニーに似ていなくもない。


そのあとは、発音の練習になる。

カタカナの ファー よりも、英語のFの ファー に R を足した音に近いようだ。

私の発音を、二人が笑顔で直してくれる。



こうやって、中国語をひとつ、二つと覚えた。

税金のことは スーィ 。(たぶん)

商品の価格が外税であることを知らない人が多く、レジで揉めることがある。

「税」と漢字で書いて見せても通じない。

あるとき、どうやら スーィ という言葉を繰り返していることから

それが税金のことだとわかった。

そしてそのあとは発音の練習になる。
                                                        


中国語は、日本語のように、同じ音でもどこにアクセントをおくかで違う意味になる言葉があるようだ。

たとえば日本語で 箸・橋・端 では微妙に違うように。

だから、本で勉強するのは難しいかもしれない。

生きた中国語が覚えられるのはいいけれど、

この調子でいくと、文章にして会話をするまでに寿命が尽きそうである。

尽きるな、間違いなく。





宇宙全体を創ったのが 神 というものだとすると、

なぜひとつの言語にしなかったんだろう、と思うことは一度や二度ではない。

たまたま、生まれた国で使われていたのが英語だったというだけで、

初対面の外国人とすぐに話せてしまう人達(アメリカ人とかイギリス人とかカナダ人とか)が妬ましい。

たまたま、生まれた国の言葉が公用語でなかったために苦労している人達(私とか)は

こんなの不公平だ、と思う。



でも、

わからないはずのものが、わかりあえたときの喜びは、けっこう悪くないと思う。


あ。


だから今地球にいる人間は、地球を選んで生まれてきたってわけか。


5次元とか、あの世といった世界では絶対に体験できないもの。

わかりあえない、から、わかりあえたときの感動はきっと地球ならではのもの。

「違う」ということに苦しみ、悩み、怒ることさえ、おもしろいこと。





言葉といえば。




昨日、ワイキキのギャラリーで、9時になったので店じまいをしていたら、

白人の男性が、ある絵を指して英語で「これはいつまでこの値段なの?」と聞いた。

とっさのことで、何と言おうか考えていると、男性はあきれたような顔で

「英語わかんないんだ」と言った。

「わかるよ!」と言うと、再び同じ質問をした。

それに対して答えようとすると、

「やっぱり英語わかんないんじゃん」と言って去ろうとする。

頭に来た私は、


「明日もあさっても来週も来年もずーーーーっとだよ!!わかった?ずーっとッ!」



と、英語でまくしたてた。

男性は小さく「わかった」と言って帰っていった。

サービス業としては失格の対応だけれど、そんなのどうだっていいもんね。


ふん、英語しか話せないくせに何言ってンだか


男性の後姿に、心の中でそう毒づいた。

数年前の私だったら、落ち込んでいただろうと思うと、ずいぶん図太くなったものである。






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韓国発のヒミツ『美肌』パック

2016-11-29 10:33:01 | 日記
韓国人の同僚がいる。

彼女は50代だが、10歳は若くみえる。

「私の顔、つるつるしてない?」

彼女にそう言われて、ここのところ感じていた「何かが違う」理由がわかった。

肌のトーンが明るくなって、全体に透明感がある。

「そうそう、何か違うと思ってたけど、肌がすごくきれいになってる!」

「でしょー?とっておきの秘密があるんだよ。教えてあげる」



彼女が言うには、韓国でひそかなブームを巻き起こしているパックがあるらしい。

在米40年の彼女が言うことだから、本当にブームになっているのかはわからない。

しかし、


これは効く!数々の実証済み!


なのだそうだ。



■韓国美肌パックの作り方

<材料>

生のアロエ

オートミール

ベーキングソーダ(重曹)


アロエの中身(ゼリー状)と、オートミールをミキサーにかける。

水分が足りないようなら、ほんの少しだけ水を足す。

肌に塗れるぐらいの状態になったら、重曹を混ぜる





ここで疑問。

それぞれ、どのぐらいの分量を入れたらいいのか。

すると彼女は

「みんなだいたい同じぐらいの量でいいのよ。アロエは多くてもいいよ」

と言う。

これを顔に塗って10分。夜だけでもいいが、朝晩やってもいい。

彼女自身、妊娠していた時に一気にできた頬のシミが、これでほぼ消えつつある。

肌がふっくらして、目じりの皺も確実に減った。

彼女の母親(80歳)は、肌の厚みが減って、キメが細かくなってきた。



これを目のあたりにして、やらないわけにいかない。

その日の帰り、早速オートミールを買い、庭のアロエの葉を2枚摘んだ。

アロエを縦に裂いて、中身をスプーンでかき出し、小さめのタッパーに入れる。

そこにオートミールを・・・・・・・・



アロエと同量のオートミールというと、ものすごく少ない気がする。

アロエはたかだか大匙1程度で、そこに同じぐらいのオートミールだとかなりゆるいし、

こんな少ししかできなかったら、1日で使い終わってしまう。

これでは庭のアロエがいくつあっても足りなくなるではないか。

そこで、オートミールをガバッと入れた。

どうみても、大匙3か4ぐらいは入れた。

ハンドミキサーを容器の中に入れて、がーっと混ぜる。

オートミールが細かくなって、全体に顔に塗れそうな状態になり、重曹を・・・・・





重曹って、そもそも顔に塗って大丈夫なんだっけ?




昔、ホウ酸団子を作った時、大量に重曹を入れたんじゃなかったか。

虫が死ぬほどのものが肌にいいのか?

という思いに取りつかれた私は、友人に電話した。

「ねえねえ、重曹って顔に塗ってもいいと思う?」

「なんで重曹を顔に塗るのよ?」

「ホウ酸団子って作ったことある?」

「昔作ったよ。はやったじゃん」

「あれって玉ねぎと重曹を混ぜるでしょ。顔に塗っていいわけないよね」


「・・・なに言ってんの?」


「だからさ、ホウ酸団子を顔に塗るようなも・・」


「あのさぁ、ホウ酸団子、って言ってみ?」


「ホウ酸団子」


「そのどこに 重曹 があるのよ?ホウ酸重曹はまったく違うってば」



「あ・・・・・・!!」







私の友人をやっていると、こんなことは慣れっこだから、恥にもならんがね。

友人にはこのヒミツを教えてあげてお詫びのしるしとしよう。









さて、寄り道をしたが、安心して重曹を足す。

これはなんとなく控え目に、大匙1ぐらい。

それを混ぜて、顔に塗って10分。

洗い流す時、アロエがぬるぬるとして、肌によさそうな気がしてくる。

流したあとは、とってもすっきり爽やか。

そこで思い立って、冷たいミネラルウォーターを化粧水のようにして肌に馴染ませてみた。

吸い込む吸い込む。

水で潤う感じが、これまた肌によさそうな気がしてくる。

最後に、日本で買ってきたオルビスの化粧水をつけた。



調子にのった私は、朝晩これをやって、3日ぐらいで肌が明るくなってきたのがわかる。

まだ10日ほどだが、朝晩やったのは三日坊主で、今は夜だけやっている。

夜だけだって、続いているのはすごいと思う(自分に甘いタイプ)。

それはひとえに結果が見えるから。



同僚の彼女は、1週間分まとめて作って冷蔵庫に入れているといった。

私は作っても、せいぜい3日分ぐらい。

職場に訪れる人達の中で、日本人、韓国人、中国人の肌のきれいさは群を抜いている。

黒人はちょっとわかりづらいのだが、白人の肌がきれいなのは十代で、

中年にさしかかってくると、ちりめん皺のよった皮が肌に張り付いている感じになってくる。

日本人に生まれたことに感謝。



「お?肌が変わってきたねえ!!」

彼女が褒めてくれる。

「韓国のヒミツのおかげ。でもまだ分量がよくわかんなくてさ」

「いいのいいの、適当で。あっはは!」




適当に作れる韓国美肌のヒミツ。






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気玉

2016-11-28 20:16:52 | 不思議なはなし
父の会社で事務をしていた頃、父に言われて地域の女性異業種交流会に所属していたことがある。

二十代の私から見れば、みんなやたらとエネルギッシュな やり手おばさん だったが

知り合ってゆけばそれぞれに、深い人生のストーリーを持つ、興味深い人達だった。

その中の一人に、Sさんがいた。

Sさんは30歳で独身、愛らしい顔をした人だ。

不思議な話が好きな私とSさんはウマがあい、個人的にも時々会った。

当時は、スピリチュアルという言葉さえ浸透してはおらず、それらしいことはすべて

オカルトか宗教に分類されてしまうような時代だったが、

今思えば、私達が興味があったのはスピリチュアルなことだったと思う。



ある時、Sさんが気の玉の作り方を教えてくれた。

合掌をするように手のひらを合わせて、1センチぐらい間隔をあける。

両手のひらに意識を集中していると、その1センチの隙間に見えないボールができる。

手のひら同士ををほんの少しだけ近づけると、まるでそこにボールがあるかのような弾力を感じる。

その感覚は、磁石の同極同士を近づけた時にとてもよく似ている。

弾力を確かめながら、手のひらの間隔を広げていって、そのボールを大きくしてゆく。


やってみると、本当に見えないボールができたので嬉しくなった。



「これは何?」

「さあ、なんだろう」

「自分の体から出てるもの?」

「違うと思う。これは私の考えだけど、そこらへんにあるエネルギーを集めてるだけじゃないかな。

手はそれをとおすパイプっていうかさ」



その時はわからなかったが、Sさんの意見は正しかったのではないだろうか。

たとえばレイキは、まさにそういうことなのだ。



Sさんが、友達の家で友達と気玉を作って遊んでいると、玉がどんどん大きくなって、

腰が痛くて腹ばいになっていた友達の旦那さんの腰に、遊び半分にその玉を投げてみたら

腰の痛みが消えたという。

「信じなくてもいいよ、私も信じられないもん。でも本当なんだよ」



それ以来、私は気玉を活用している。

私はレイキも使えるけれど、私の中ではレイキと気玉は別のものだ。

土曜から、夫が風邪をひいたらしく、日曜はほとんど寝ていた。

日曜の夜は、熱っぽく、節々が痛んで、翌日仕事に行けるかどうかわからなかった。

私は眠れなかったので、何個も特大の気玉を作り、夫の背中に投げた。

まだ眠れなかったので、レイキも流した。

果たして月曜の朝、夫はしゃっきりと目をさまし、元気に仕事に出かけた。

気玉効果か、レイキか、ただ単に治るときだったのかは不明だが。




ここで余談になるが、その異業種交流会で、気功と漢方薬で病気を治す医師の講演会を催したことがある。

まだ若いその医師の話は興味深く、クリニックもはやっていた。

すぐに感化される私は、前夫が具合が悪くなったときに、強くそこを勧めて行かせたりした。

ところが後に、そのクリニックで働く人が殺されるという事件が起きた。

犯人はいきなり入ってきた暴漢で、すぐに逮捕されたけれど、クリニックは廃業した。


「隙をねらわれたんだと思う」

事件のあと、Sさんが真面目な顔でそう言った。

「何に?」

「闇に、だよ」

私達が住む世界は二元性で、光があれば闇がある。

「私達を助けてくれる存在もいれば、そうじゃないのがいたっておかしくないじゃん」

私はとたんに怖くなった。

「ひぇーー!もう気の玉なんか作れないよぅ」

「ぶはは!あたしたちが作る玉なんか、あちらさんもどーだっていいでしょうよー」


闇の云々はあくまでもSさんの意見だけれど、

自分の波動を高く保って、低い周波数に合わないようにすることは大事なことだろう。







それにしても、気玉の正体は本当はなんなのだろう。

手のひらから、何かが出ているという人もいる。

だから、悪いところを治すときに無意識に手をあてて『手当て』というのだ、とも。

まあ、なんだっていいか。

一人で作って楽しんでるだけだし。(夫に投げたけども)





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カワグチくん ヨコタくん

2016-11-27 19:48:50 | 人生で出会った人々
私が子供の頃、祖父と父でやっていた会社で働く、カワグチくんとヨコタくんという青年がいた。

会社の2階が、ささやかな寮になっており、二人はそこで寝起きしていた。

彼らは毎日夕食を食べに我が家にやってきたから、うちは毎晩総勢9人で食卓を囲んでいた。

二人の青年は、私と姉をとても可愛がってくれた。

カワグチくんは、坊主頭に近い短髪で、目がくりくりしていて、

ヨコタくんは、無造作に七三に髪をわけて、切れ長の優しい目をしていた。

夕食の用意ができるまで、私は二人にまとわりついて離れなかった。

彼らはいつもおもしろい話をしては、私達を笑わせた。



ある時ヨコタくんが、幽霊を見た、と言った。

我が家から会社までは700mぐらいの1方通行の1本道で、今でこそ舗装され

両側には家やマンションがぎっしりと建っているが

当時は砂利道で、見渡す限り田んぼといった風景だった。

ヨコタくんが、軽トラを運転して我が家から寮に戻る時、前方の十字路に

白い着物を着た女の人が立っていたのだそうだ。

その十字路を過ぎてすぐ、カワグチくんが振り向いたら、そこには誰もいなかったという。

隠れる建物などない、田んぼの中の十字路である。

怖がりのくせに、人一倍不思議な話が好きな私は、何度もその話をせがんだ。



どのぐらいの間、彼らが我が家に来ていたのかはわからない。

私の記憶は途中で途切れて、気がつくと、寮のあった社屋は倉庫になり、

少し離れた場所に新社屋ができた。

新社屋ができたとき、カワグチくんもヨコタくんもいなくなっていた。



私がもうすぐ30になろうかという年の暮れに、祖父が他界した。

通夜の席に、ヨコタくんがいた。

私はその時初めて、ヨコタくんは事務員だった人と結婚して、奥さんの姓になったこと、

独立して自分の会社を持ったのだと知った。

体調を崩して、その会社を閉めたことも。

母が教えてくれなかったら、それがヨコタくんだとはわからなかった。

5歳の記憶は曖昧で、目や髪型を覚えていても、顔全体となるとぼやけて形にならない。

だから顔を見てもピンとくるものはなく、この人がヨコタさん?という感慨だけがあった。

葬儀にも、ヨコタくんは来た。

長身の、黒い背広の肩をとがらせ、杖を持って立つヨコタくんの後姿に

私は声をかけることができなかった。

『幽霊の話をしてくれたこと覚えてますか?今でもそこを通ると思い出したりするんですよ。

もうすっかり変わっちゃったけど』

こう話そう、というシミュレーションだけが頭の中をぐるぐるとまわるばかりで、

それが声になることはなかった。

帰り際、母に挨拶に来たヨコタくんと、形ばかりの挨拶をした。

すっかり変わってしまったのは風景だけじゃなく、私も、ヨコタさんも同じだった。



カワグチくんの消息は、知れないのだと母が言った。



二人の顔かたちは霞がかかってゆくばかりなのに、

今ここに、ハタチそこそこの二人が現れたら、なぜか私はすぐにそれとわかるだろうと思っている。

蛍も普通にたくさん飛んでいた、砂利道を三輪のトラックが砂ぼこりをあげて走っていた、そんな時代の話である。







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45歳のむすこ

2016-11-25 19:44:34 | 日記
夫の両親は、今年のクリスマスをシアトルで過ごす予定だ。

シアトルには夫の兄夫婦も孫達も、シュートメの妹夫婦もいるので、

サンクスギビングがハワイなら、クリスマスはシアトル、といったように行ったり来たりをする。



今年のクリスマスは日曜日で、シュートメはずいぶん前から

私達夫婦がクリスマス前後に仕事の休みをとって一緒にいけないものかと言っていたが、

私は日本に行くのに休みをとったばかりだし、夫も有休はないので無理だと言い続けてきた。

それが先週になって、夫がクリスマスの翌日の月曜日が代休で休みになることがわかり、

そうすると土・日・月と三連休になるので

俄然、シュートメは私達も行く方向で話を進めはじめた。



数日前の朝、仕事に出かける私にシュートメが

「○○(夫)が とっても シアトルに行きたいから、休みをとると言うの。

あなたもなんとか休めないものかしら」

と言う。

そんな話は初耳なので、休むかどうかは今夜本人に聞いてみてからにしようと思った。

夫に聞くと、


「行ったところで正味二日の滞在で、月曜に帰ってきて、火曜はまた3時半起きで仕事に行くなんて真っ平ごめん。

△△(義兄)には夏に会ったばかりだし。行きたいなんて言ってないぞー」



数日後、シュートメが再び我が家に訪れた。



「お休みとれた?もうチケットを取りたいんだけど?」


やはり無理だと言うと、シュートメの顔が固まった。



「でもそれだと○○(夫)が一人になってしまうわ」

「いや、私がいるし?」

「土曜日と月曜は一人よ。私は○○を一人にさせたくないのよ」

「クリスマスの日は私も休みだし、土曜も月曜も昼間は仕事だけど、夕方には帰ってくるよ??」

「でも○○を一人にしたくないのよ!」



どうしてもダメだとわかると、大きな音をたててドアを閉めて行ってしまった。




わかりあえない、と思うことはいろいろあるけれど、

これは中でもレベル4の難易度である。

一般的なアメリカ人が、サンクスギビングとクリスマスをどれだけ大事に思っているかは

私の理解を超えている。

夫だってアメリカ人には違いないが、彼はちょっと変わっているのだ。

夫の両親があれやこれやとパーティを企画するので乗っかっているだけで、

その日にべつに無理して家族が集まらなくたって・・・という感じである。

日本人にとって、そういう行事といったらお正月になるだろうか。

でもそれだって、結婚している息子が大晦日と1月2日の昼間を一人で過ごすとしても

それが一体どれほどのオオゴトなのか、と私は思う。

だからきっと、クリスマスはもっともっと彼らにとって特別なものに違いない。






ということにしよう。






そのクリスマスに、息子が一人で過ごすだなんてシュートメにはゆゆしきことなんだろう。

クリスマスには私も休みだし、その前後は昼間いないだけだというのは

シュートメ的には息子が一人で過ごすのと同じなんだろう。



たとえその息子が45歳でも。



その45歳の息子は、その後、

両親側の家でジグソーパズルをやったり、みんなで食事をしたり、

息子なりに母親の機嫌をとっているのがわかって、

いやー、大変だなァーと私は遠巻きに眺めているのである。









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