太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ハイテク難民

2017-03-31 07:31:09 | 日記
最近、スマートフォンにクレジットカードが表示されて

それをクレジットカード読み取りに ピッ とやると支払いができ、サインもいらない

という機能を使う人たちがいる。

カードがあれば現金は持ち歩かなくてもいい時代は過ぎ、

いまやカードすら持ち歩かなくてもよくなった。



日本に行った時、東京の駅に行くとあちらからもこちらからも、スイカとかいうカードの


ピッ ピッ ピッ


という音の合唱で、ピッとするものを持たない私は紙の切符を持って

紙も使える機械を探してうろうろする。

友人に、日本に来たときに使えるから買っておくと便利だよ、と言われる。

それはそうかもしれない。

券売機の前で、人々の邪魔になりながら切符の値段表を睨まなくても済む。

でも、残りがなくなったらチャージし直すとか、残高を気にしながら使うのもアレだなあと思う。

買い物などもできるような話を聞いたことがあるけれど、いったいどこで何に使えるのか。


調べればすむことを、調べるのも億劫。

また、ようよう調べても、すぐに忘れるのは目に見えていて、

こういう好奇心の欠如が、ハイテク難民におちぶれてゆく最も大きな原因であろうと思う。



職場でも、アップルウォッチだとか、好きな人は既に使いこなしているけれど

私はまったく興味がない。

車を買ったときに、車内で外からの電話が受けられる機能があったのだが、

「あ、めんどくさそう」というだけで使っていない。



夫の両親が、あれはなんというのだろう、スピーカーのような形をしていて、

聴きたい曲を言葉に出して言うだけで、勝手にどこかから選んできて聴かせてくれるというものを買ってきた。

「アレクサ」という名前を言うと、音楽が途中で止まり、次の指示を待つ。

これがあればCDも必要ない、と私も一瞬心が動いたことを認めよう。




しかーーーし!




このアレクサ、私の英語の発音を聞き取れないことが多々ある。



「もうしわけありません、あなたのおっしゃっていることがわかりません」



取り澄ましたような女性の声が、そう言う。

これを慇懃無礼といわずして何と言う!

機械にまで ポカン顔 されたかないワ。

アレクサなんかなくったってCDがあるもんね。




機械オンチの私が、こうしてコンピューターを使っていることも不思議なぐらいなのだが

必要最小限のハイテクと知識でで身の回りを固め、それが時代遅れになろうが、それが実在する限り

古いままでいければよし。

ハイテクなんかこれ以上なくたって困らないもんね。

携帯電話もパソコンもなかった昭和を、それなりに楽しく生きてきたんだから。



という開き直りも、ハイテク難民の大きな特徴である。










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ウーバー

2017-03-30 06:50:09 | 日記
しばらく前にハワイでウーバーが解禁になった。

UBERとは、2009年にアメリカで始まった配車サービスなのだが、

タクシーと違うのは、一般人が自分の車でタクシーの代わりをするところである。

日本でも東京や福岡の一部でウーバーが使えるらしいけれど、たぶんプロのハイヤーか何かだろうと思う。

日本だと、一般人が自分の車で送迎するとなると、白タク扱いになってしまうと聞いたことがある。


スマートフォンのアプリから登録して、その際にクレジットカードも登録しておく。

サービスを使うときにはカード決済で、現金で支払う必要がない。

誰かが呼んだら、その近くにいる一般人で暇な人が駆けつけて、目的地まで送ってくれる。

これってほんとうに便利なの?

呼ぶ人はタクシーよる速く誰かが来てくれるし、行くほうは小遣い稼ぎになってメデタシ。


いやー、信じられないワ。

使う人達、こわくないの?


実際、領収書を出してくれないとか、法外な料金を請求されたとかいう問題は起きていて

私はそれ以外にも、どんな人が来るのかわからない、というところが怖いと思う。

タクシーだっていろんな運転手がいるけれど、タクシー会社の責任下にある。

でもウーバーの場合、運転手として登録するときにどのような審査があるのかわからないが、

呼んだ時に、ちょうどクスリでラリっちゃってる人が来るかもしれないではないか。



それにクレジットカードの登録をしておくのも恐ろしい。

私のクレジットカードが、ニューヨークでバーベキュー用品を買うのに使われたことも

イタリアで使われたこともあった。

カード会社が確認の電話をくれて、情報を盗まれたことがわかれば請求はされないのだが

そのたびにカードを新しくせねばならないし、気持ちも悪い。

同僚たちに聞くと、みんな一様にそういう経験がある。

生活の便利上、カードを登録することもあるけれど、これ以上増やしたくない。






ウーバーは、私的にはヒッチハイクとおんなじ。

クワバラクワバラ。






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大河原さんの夢をみた

2017-03-29 07:24:44 | 日記
休日の朝、ウォーキングしたあとでうたたねをしたら

大河原さんの夢をみた。

過去に大河原さんについて書いた短い記事がある。








シアトルに住む甥は空手を習っていて、「イチ、二、サン、シ・・」と日本語で数を数えられるのが自慢だ。

年末に会った時には「カイチョウ(会長)」とか「センパイ(先輩)」という単語も使ってるんだよ、と教えてくれた。







「私が先輩になるわけだね、よろしくね」

そう言って、大河原さんはにっこり笑った。

小学校では、1年から6年まで縦割りにしてグループを作って活動する時間があって、3年生になったばかりのグループ分けの自己紹介のときだった。

大河原さんは5年生で、首の半分あたりで切りそろえた髪は少し茶色で柔らかそうで、くるっとよく動くまあるい目の、ハキハキした明るい人だった。

先輩、なんていう言葉は漫画の中でしか知らなかったから、漫画の登場人物になったような気がして嬉しかったのを覚えている。


何回か活動を重ねる間に、私達はポツポツといろんな話をした。

好きなテレビ番組とか、歌手とか、そんな程度の話だ。

たった2学年上なのに、大河原さんは落ち着いていて、すごく年上に見えた。




或る時、何の話からそうなったのか忘れたが、大河原さんが、


「あのね、私の家、火事で焼けちゃったんだよ」


と言った。

私は何と言っていいかわからず、彼女の顔を見ていたと思う。



「それでね、その時お父さんが死んじゃったんだぁ」




それはまるで、「昨日デパートに行ったんだぁ」というようなサラッとした言い方で、それが余計にそのことの重大さを引き立てているようで、私はショックで何も言えなくなってしまった。


埃っぽい校庭で、体育座りをしていた。

大河原さんは、台の上に立っている教頭先生のほうに顔を向けていたけれど、何か違うものを見ているようにみえた。


「お父さん、紺色の着物着てね、新聞広げて読んでるの。その後姿がね、私が見た最後だったんだよ」


こんな悲しい話を、私は身近で聞いたことがなかった。

胸の奥のほうから、どくどくと恐怖や、彼女の気持ちに寄り添おうとする時の、想像もつかない悲しみや喪失感が噴き出してきて痛くてたまらなかった。

その時私は何か言ったのか、言わなかったのか忘れてしまった。

ただ、風が校庭の砂を吹き上げて、砂が目に入らないように目を細めている大河原さんの、そのおとなびた横顔を、今でもはっきり覚えている。




先輩という言葉で、すぐに飛び出してくるのは彼女のことだ。

記憶の中の大河原さんは永遠に5年生だけれど、思い出す時はいつも、彼女は大人の私よりもずっと大人に思えるのだ。








大河原さんのことは時々思い出すのだけれど、

夢にみたのははじめてだった。

しかし、夢の中の大河原さんがどんな姿かたちだったのか、どうしても思い出せない。

5年生のままだったのか、大人になっていたのかも。

ただそれが大河原さんだということだけが、明らかにわかっている。

40年以上もずっと、私は大河原さんの思い出を追いかけているみたいだ。





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やつらのねぐら

2017-03-28 09:32:53 | 日記
せせらぎの話をする。

苦手な人は要注意。

注)せせらぎとは、ゴのつく虫のことで、あまりに気持ち悪すぎて名前を書くのも憚られるため、せせらぎと呼ぶ



夫が休みの日に、両親と庭仕事をした。

アガパンサスという、青いきれいな花を5mほどにわたって植えてある場所がある。

そこの土を入れ替えるという作業をするにあたり、アガパンサスを抜いて土を掘ったら・・



掘ったら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・































せせらぎが団子になって、眠っていた・・・・・






え、小さすぎて読めない?




せせらぎが団子になって、眠っていた んだってば・・・・・




















「50か100以上いたね」









50と100じゃ倍も違うが、どっちでも同じことだ。とにかくたくさんいたらしい。



私がその場にいなかったことに感謝。

「この辺はまだ新しい土地だから、こんなもんなんだろうな」

とは夫。

夫が昔住んでいた、ホノルルの古い住宅地では、仕事が終わって家に帰り

灯りをつけると一斉に  サササッ コソコソッ と部屋のあらゆる場所から動く気配がしたという。

それは不潔にしているからではなくて、どんなにきれいにしていても同じなのだという。




「いや、それはどうかな」



しかし私は、声には出さずとも、そう思っている。

あのひとたちは、台所のシンクの下に 蓋なしの生ゴミ入れ を設置し、せせらぎを餌付けしているようなもの。

それでいて、せせらぎが出る、出るといって騒ぐ。





さて、そのアガパンサスの根元のねぐらだが、そのあとどうしたのか私は聞かなかった。

聞きたくもなかったし、だいたい察しがつく。

そのまま土をかけておしまい。

仮に私がそこにいたとして、同じだっただろうけど。

どうして彼らはせせらぎを恐れないのか不思議でならない。

一度、夫に聞いてみたことがある。すると彼は言ったのだ。



「うーん、なぜって言われても。カブトムシみたいなもん??」



違うッ!!断じて、違う!!

カブトムシに申しわけがないから謝ってほしい。

それにしても、あんなところにねぐらがあったのか。

私のキッチンには、きっちりした蓋つきの生ゴミいれがあり、寝る前には蓋を確認し(夫は時々半開きにしているのだ)

シンクのディスポーザーの排水溝は、きっちりと蓋をする。

ねぐらと我が家との距離は3メートル。

いつでもふらリと訪問できる距離にいて、私の努力も意味があるのかどうか甚だ疑問ではある。





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トイレのレバー

2017-03-27 07:46:51 | 日記
職場には、世界中からいろんな人達がやってくる。

言葉も考え方も常識も、トイレの使い方もさまざまだ。



中国の人は、トイレの便座の上に 両足で乗って かがんで用をたす人が多い。

アメリカのトイレのドアは、床との間に30センチ以上隙間がある。

ドアの隙間を見て足が見えれば誰かが入っているのがわかるのだが

中国人の場合、足は便座に乗っているので足が見えない。

だから、誰もいないのにドアがロックされていると勘違いすることが多い。




水を流すレバーを、足を使ってまわす人もけっこういる。

あのレバーは、足で流そうと思うと、かなり足を高くあげる必要がある。

体の大きな人は、トイレのドアをあけて、外に体を出してから足で流している。

誰かが用を足して、洗っていない手で触ったレバーを触りたくない、という考えなのだろうけれど、



じゃあ、トイレのドアのロックは触ってもダイジョブなわけ?



という素朴な疑問を、彼女達にぶつけたくて仕方がない。

用を足して、洗っていない手でレバーを触り、その同じ手で外したドアのロックを、

あなたがたは平気で触っているのだよ。

ロックも足で外さなくちゃ、ぜーーーんぜん意味ないし。



ま、そこまで潔癖なはずの人達が、バッグや荷物をトイレの床に置くのだから

まったくもって私には理解不能。

理解不能はことは文化が違う、ということで納得できるので便利である。






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