太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

高校卒業式

2018-05-30 07:27:22 | 日記
友人の娘さんが高校を卒業した。

アメリカでは、高校卒業は重要な意味があり、派手にお祝いをする。

最近は、たいていの生徒が大学に進学をするようになったけれど(それでもハワイは本土よりは少ないかも)

昔は高校を卒業すると社会人になる人が多かったから、成人式のような意味もあったのだろうと思う。

3年前、シアトルに住む甥の卒業式には行った事があったが、ハワイの卒業式は初めてだ。




夕方5時に、式が始まる。会場は外。



家族がすわる椅子が並び、それを囲むようにその他の人たちがいる。



卒業生がぞくぞくと入場。



スピーチや歌があり、1時間ほどで式は終了。

頭にかぶっている帽子についているタッセルの位置を、右から左に変えると卒業したという意味になる。

全員が一斉に、タッセルを左にまわす。

卒業証書は、甥のときは一人ずつ校長から手渡されたが(夫のときもそうだったという)、

卒業証書を入れるケースだけ事前に配られて、中身はあとから取りに来い、と書かれていた。

友人の娘さんが通う高校の卒業生は300人で、学校によっては600人もいるところがあるらしい。

ひとりひとり渡していると時間ばかりかかるからなのかもね。



式のあとは、校庭(といっても芝生で公園みたいだ)にある、苗字のアルファベットの場所に行くと家族に会える。



はずなのだけれど、とにかくものすごい人、人、人。

渋谷のスクランブル交差点の真ん中に突っ立っているような気分だ。



私と夫は、待てど暮らせど友人にも本人にも会えない。

10分以上探して、ようやく会えた。





卒業生はみんな、前が見えないぐらいのレイを首に下げている。

友人の娘さん・Rちゃんは、まだまだこの後、この倍ぐらいのレイやプレゼントをもらっていた。



私の夫が通っていた空手教室で、父親と来ていたRはまだ4歳だった。

夫と彼らは、それから家族のようにしてつきあってきた。

後に夫は私と出会って、その家族を紹介してもらい、私も加わった。

私と、Rの母親である友人は同じ年で、一目会った時からすぐに意気投合した。



海ではしゃいでいる5歳ぐらいのときの写真や、

おめかしをした写真などをたくさん貼って、彼女の歴史をまとめた大きなポスターを作った。

プロに写真を撮ってもらって、選挙写真のように立派なものを作る生徒も多い。

小さかったあの子が・・・・・・

親でもない私が胸が一杯になるのだから、母親である友人の気持ちはどんなだったろう。

ましてや、離婚してからは一人で育ててきた。

いい母親じゃない、と言って泣いたこともあった。

この日、日本から友人の友人達が何人も駆けつけてくれて、みんなで食事をした。

10年間、毎週土曜日に日本語学校に通っていたRは、日本語で読み書きもちゃんとできる、

完璧なバイリンガルだ。

この夏から、ハワイ大学の学生になる。

完璧なバイリンガルであるということが、どれだけ将来の選択肢を増やすことか。



友人はおおいに笑い、しゃべりまくり、お酒をがんがん飲んで、ものすごいハイテンションだったが、

「今夜は眠られへんわ・・・・」

ぽつりとそう言ったその横顔が、なんだかとてもさみしそうで、

なぜだか私が泣きそうになった。









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カエナポイントでアホウドリ

2018-05-29 07:44:33 | ハワイの自然
シアトルに住む、夫の兄が一人で遊びに来ている。

仕事を変えるので、次の仕事が始まるまでのんびりしようということらしい。



左後ろが義兄。

あとの二人は叔父叔母。

よく仕事を変える、という点ではこの兄弟は似ているかも。

義兄はバリバリのビジネスマンで、妻が医者で、生活レベルはウチとはぜーんぜん似てない。




休日、義兄とカエナポイントにハイキングに行った。




矢印のところがカエナポイントだ。

矢印から右側がノースショアで、矢印から下がオアフ島のウェストコーストになるが、道が繋がっていない。

だからカエナポイントに行くには、ノースショア側か、ウェストコースト側から行って車を停め、ポイントまでは徒歩で行く。

以前に行ったときはノースショア側からだったが、今日はウェストコーストから行った。




8時過ぎに車を置いて、歩き始める。





このトレイルは、昔、さとうきびを運んでいた列車の線路の跡だ。





線路の名残、枕木がこんなふうに突き出ていたり、地面に埋まっていたりする。




地元の人が、何かの漁をしている。



潮の流れを見て、しばらく待って、そうれ!!と網を投げたあと、一人が水の中に飛び込んだ。




しばらく歩くと、フェンスが見えてくる。

ここは鳥の保護区になっていて、マングースが入れないようにフェンスで囲まれているのだ。

このフェンスのドアをあけて、中に入る。




アルバトロス(アホウドリ)が保護されている。






そこいらじゅうに、アホウドリがいる。

傷つける人がいないので、まったく人を警戒しない。




これが、カエナポイント。

一応、ここは知られた場所のはずだけど、まったくそっけないのがハワイっぽい。

ハワイには海亀が見られるポイントだとか、いろいろ見所はあるのに、看板もなければみやげ物屋もない。

カエナポイントは、言ってみれば北海道の納沙布岬みたいなもん。

納沙布岬には立派なモ二ュメントがあって、ここが最北端だとか書かれた立派な看板があり、みやげ物屋もあった。

そういう景色を見慣れている日本人には、ハワイの名所はあまりにも殺風景だ。



ポイントの塔の横にある、何のためかよくわからないコンクリートのものの裏側に、アルバトロスの絵が描いてある。

なかなか上手にできてる。


アザラシが昼寝をしているかもしれないと期待したけど、今日はみんな出払っていて見られなかった。





持ってきたスナックを食べ、来た道を戻る。

往復でだいたい2時間半。

ハイキングするときの景色でいうなら、ノースショアよりもウェストコーストから行くほうがお勧め。








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ネコ地蔵?

2018-05-28 16:50:20 | 絵とか、いろいろ
ネコの置物を2個買ってきて、



これ。


うちのネコ、チーズケーキを作った。






アップ。







さて、どちらが本物でしょうか(わかるわッ!)




「うーん、これは何だ?」




「似てる?」





気に入っているもよう。






後ろから見たら、本物みたいにみえる。

しっかり絵の具が乾いたら、仕上げを塗って、玄関のドアの外に置こうかと思っている。
















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アイドル

2018-05-26 18:52:37 | 日記
今日、職場にみえた日本人のお客様から聞いた。

西条秀樹が亡くなったそうだ。

小学5年の頃、私はヒデキのファンで、下敷きにヒデキの切り抜き写真を入れていた。

雑誌 小学5年生 に、ヒデキの本名がキモトタツオだと書いてあり、ヒデキの秘密を知ったような気がした愚かな子供であった。

雑誌の付録の、赤いペラペラのソノシートレコード(確かそんな名前だったような)にヒデキの声が入っているのを

卓上レコーダーで何度も何度も聞いたものだ。

御三家の中で、ヒデキは光っていた。

郷 ひろみ はオトコオンナみたいだったし、野口五郎 はふりふりのブラウスがめめしい感じがした。

歌謡曲全盛時代で、フォーリーブスも人気があった。

妹は、まだ普通の男で売っていた 美川憲一 が、ステージの奥から歌いながら階段を下りてくるのを見て

「この人が好き」

と言った。後になってそのことを言うと、妹はあからさまに嫌がり、あれは三田 明だと言い張るのである。




思えば、ヒデキは私の最後のアイドルだった。

ヒデキの前は、フィンガー5のアキラだった。

ヒデキのあと、中学生になったら草刈正雄が好きになったが(草刈正雄の家まで行くといって家族を困らせた)

俳優は、アイドルというのとはちょっと違うと思う。



いつだって私より年上だったアイドルが、同年代になり、

気がつくとみんな年下になっていて、その頃にはもうすっかり誰かのファンになることもなくなった。

そしていつのまにか、子供といってもおかしくない年齢になっており、

それが、子供は子供でも末っ子ぐらいの年齢になって、

孫でもおかしくなくなるのも時間の問題である。



ヒデキが私の青春だったとは思わない。

コンサートに行ったことも、ファンクラブに入ろうと思ったこともなく、ファンレターを書いたこともない。

それでも、ヒデキが出る歌番組や、ドラマ「寺内貫太郎一家」は欠かさず観て

いいなぁー、と胸を躍らせたことは、懐かしすぎるほどの思い出である。

もうちょっと熱心なファンだったら、ヒデキの死はもっと別なものだっただろうか。

ぺ・ヨンジュンの追っかけをするようなオバサマたちが、羨ましいと思うことがある。

嵐を追っかけてコンサート行脚をするオバサマたちの情熱が、まぶしいと思う。

それほど夢中になれるものがあるのは、それが何にしても人生を楽しくするに違いない。









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羽織りものマジック

2018-05-25 08:17:41 | 日記
タンクトップを着た我が身を鏡で見て、私は思う。


いつからだろう?タンクトップが似合わなくなったのは。


35を過ぎたあたりから、同年代の友人達が二の腕を気にするようになった。

その頃、私の二の腕はそれほど進化しておらず、

このままずっといけるのではないかとタカをくくっていた。

しかし、それは来た。

40代の後半でハワイに来たから、実はもうそのあたりで始まっていたのかもしれない。

日本にいると、自分の容姿に厳しすぎるほど厳しくなる。

ハワイにいると、もうちょっと気にしたほうがいいぐらい、まったく気にならなくなる。

その真ん中をとったらちょうどいいと思うのだけれど。




タンクトップを着て鏡に映っている自分は、2割増し太ってみえるのだ。

うら若き20代の頃、異業種交流会で知り合った人の家に招かれたことがあった。

たぶん40代真ん中あたりだった彼女は、いつも趣味のいいスーツを着こなす素敵な人だった。

夏の、まだ昼間の暑さがじっとりと肌に張り付いているような夕暮れ時、

玄関のドアを開けた彼女はタンクトップを着ていたのだが、あのスーツ姿の人とは別人に見えた。

やけに太っている。

いや、けして太ってはいない。むしろスリムなほうだったろう。

でもなんだか太ってみえて、老けていた。



今、それと同じことが私に起きている。

鏡の中の、不恰好なオバサンを受け入れるのに、しばし時間がかかった。

ムチムチではないが、贅肉のつきかたがだらしがない。

我が身の脳内イメージと現実は、年々どころか、日々離れてゆくようである。

気を取り直し、タンクトップの上に半袖のカーディガンを羽織ると、少しだけ脳内イメージの自分に近づく。

カーディガンの代わりに、首にレースのスカーフを巻いてみる。

ないよりかなりマシだが、カーディガンのほうが良策。

暑がりの私は、羽織りものをあまり持っていない。

しかし、暑いなどと言っていられないところまできている。

今後は、あまり暑くない薄手の羽織りものの数を増やさねばならない。

隠して、隠しきれるうちは隠そう。

二の腕を引き締めようとかではなく、そういう発想じたいがもうイカンのだろう。













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