発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
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世界徒歩大旅行記3万4千キロ
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10、ニュージーランドを歩く-63
・日記 53
4月24日 (日曜日) 晴れ 53日目
昨日はガソリンスタンドの後ろにテントを張ったのであるが、夜中にセキュリティーサービスのガードマンがやって来た。
そのガードマンは懐中電灯を点けてやって来た。
寝入ったところにライトを当てられて、ボケていたから、あまり良い答えをできなかった。
しかし、そのガードマンは俺を悪いやつだとは思わなかったので、そのまま寝ても良いということであった。
警察には一応伝えるが悪いやつではないと伝えておくからということで済んだ。
アメリカで人に見つかったのは L.A.を過ぎる時、住宅地の中に張ったのと、後はアパラチア山脈から下りて来てから道路のすぐ横に張った2回ぐらいであった。
アメリカは人が怖いので、この様に人に見つけられたくなかった。
そう思っていたが、この2回はどうしてもテントを張るところがなかったからであった。
しかし、このニュージーランドでは人に見つかっても彼らが悪いことをしないという安心感から、どこでも張ってしまっていた。
それでも、朝は早く出て行こうと7時前に出発。このところ夜中にいろんなことがあるものだ。
朝9時ごろ、ニュージーランドの南の島のHeast Pass という休憩所で会って、オークランドに来たら連絡をしろと言っていたドイツ人夫婦に電話をする。
娘さんが出たが快く今日泊まってもいいと言ってくれた。
実は昨日の夜、Bombay というところで夜8時ごろ電話をしたが、そこのオペレーターがナマケモノなのか、家に人がいなかったのかで誰も出なくて連絡ができなかったのであった。
昼3時ごろオークランドの中心街の郵便局に着く。そこにドイツ人夫婦の旦那さんのJhon さんが車で迎えに来てくれた。
家に着き早速、食べ物をくれる。
前の休憩所でもそうであったが、食べる物は沢山くれて助かる。
寝るところはどこでも寝れれば良いが、食べる物はしっかり食べるというのがこの家の主義のようだ。
だから、初めて会ったときも休憩所で彼らはキャンピングをしていたのである。
彼らの自動車の中が寝れるようになっていたので、どこでも寝る旅行であったようだ。
夜、彼らの友達で日本人の女の人を紹介してくれる。
彼女はこちらのニュージーランドの人と結婚した人である。
彼女はだいぶ歳を取っていて、昔の女性のように奥ゆかしいところがある。
この国に来て16年も過ぎているのにその奥ゆかしさが消えていない。
その奥ゆかしさは日本の良いところではあるが、何だかこの様な西洋の国では無意味のようにも思えてしまう。
この間のミナコは自分が日本人で日本を忘れられず、他の国では住めないと言っていたが、ミナコの方がこの西洋にはあっている様にも見える。
このJhonさんの友人の女性は他人の家に来て、初めて会う俺だから気を使ってのことかもしれない。
逆に、俺を外国の人が見たら同じように杓子定規で、気を使っているように見えるかもしれない。
俺も杓子定規か。本当かな。?しかし、この様に俺が杓子定規であるとはミナコが言っていた。
「現代っ子」と言う言葉ができたのは俺の年代より少し後の世代からのせいもあるだろう。
俺はまだ古い日本人なのかもしれない。
Mr.(Jhon)+Mrs.(Margalet) SHOBINGER の家で泊まる。(娘さん Helen)
出費 N$3.38
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筆者は現在、韓国に住んでいて以下の様な韓国とのビジネスサポートをしています。よかったら見てください。
www.shozonkb.com
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