伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

労働基準監督署の仕事を知れば社会保険労務士の業務の幅が広がります!

2017-10-22 18:45:52 | 実用書・ビジネス書
 元労働基準監督署長で、現在は退官してコンサルタントの著者が、社会保険労務士向けに労働基準監督署の業務の実情を解説する本。
 労働基準監督署は、労働基準法違反や労働安全衛生法違反をしている使用者に対して、違反を調査して指摘し、是正を指導・勧告するという権限と職責を持っています。私のような労働者側の弁護士の立場からすれば、労働者の権利を守るための重要な存在で、特に弁護士費用をかけたくない労働者、裁判を行いたくない労働者には、もちろん労働基準法違反があるケースについてですが(したがって、解雇等の相談は無理)、労基署に相談・違反申告することを勧めることもままあります。
 しかし、この本を読んでいると、労働者の権利を守るという姿勢からはずいぶんと遠い様子に驚きます。労基署から「長時間労働の抑制・過重労働による健康障害防止の自主点検結果報告書」の提出を求められた事業主に対する社会保険労務士の対応として、回答しないと立ち入り検査が入ることも多いから報告書は出した方がいいというのはいいですが、法違反があるときの回答内容については「あまりにも違反の程度がひどい場合には、多少粉飾するという考え方もあるね。」と、虚偽回答を勧めています(19ページ)。労働者が交通事故を起こして会社が損害を受け労働者が退職する場合にそのまま退職することを許す事業主はまれであり弁償するまで残りの賃金を支払わないからなとなることもある、「もちろんこれも労働基準法違反ですが、弁償の話を棚上げして労働基準法違反を説いても、事業主は納得しないでしょう」(62ページ)って・・・交通事故のような場合、そもそも労働者への損害賠償自体制限的に見る裁判例が多いですし、会社が損害賠償請求できる場合でも賃金から差し引くことは労働基準法24条違反です。使用者の明確な労働基準法違反を、使用者を責めずに労働者が悪いと言わんばかりの対応を容認する本を労働基準監督署長だった人物が書いているのは、それこそが到底納得できません。さらにこの著者は、経営者が賃金を支払わないときは経営不振でもない限り労働者に何らかの非難すべき事情があることが少なくない、このような事情を丹念に聞き出そうとしない職員は信用できません(62ページ)、「『どうしてクビになったのですか?』と聞くと、『わからない』と答える労働者がいます。こうした態度は、筆者の経験では『私が会社に対して悪いことをしでかしてしまいました』と同じ意味です」(65ページ)と、基本的に労働者は悪いやつだという先入観を持って労働基準監督行政を行ってきたことを露わにしています。こういう人が労働基準監督署長だったというのを知ると、労働基準監督署に期待をすることはできなくなります。また、労働者が資格を取ったり留学するための費用を会社が出したとき、労働者がすぐにやめたらその費用を返せと会社が言うことがありますが、それは違約金の定めまたは損害賠償額の予定として労働基準法16条違反となる可能性があります。現に裁判でそう判断された例があります。会社側はそれを回避するために、留学費用や資格取得費用を会社が負担するのではなく貸し付けたことにするという姑息なやり方をするようになってきていますが、労基署がそういうやり方をするように指導しているというのです(71ページ、117ページ)。労基署は労働者の権利を守って会社の労働基準法違反を指摘するのではなく、会社の利益を守るためにまるで会社の顧問弁護士のように労働基準法をすり抜ける道を指導しているということでしょうか。


村木宏吉 日本法令 2017年3月20日発行

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