城と歴史歩きを楽しむ

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近江・倉治城 土塁で囲まれた五つの屋敷が集落のほとんどを占める意外に遺構の残りが良い館城

2019-07-28 | 歴史
倉治城は滋賀県甲賀市甲南町の倉池集落にあります。
 現地案内板によると、倉治氏が「甲賀五十三家」の一員として当地を支配した城館で室町から戦国期にかけての貴重な城館遺構だとされます。   ※ 今回も甲賀市史第7巻「甲賀の城」を片手に出かけました。
 「甲賀の城」によると、地籍図などからの検討で、少なくとも図1の①~⑤の城館跡が確認できるとされます。
 
図1 GoogleMapの航空写真に加筆

倉治城 集落内に立つ案内板    南には重要文化財の新宮神社表門が見える
案内板によると付近には望月氏の新宮城などの7城が確認されていると記されていました。集落南には新宮神社があり、神社の表門は室町期の建立で国の重要文化財に指定されています。最近修復工事が完了し美しい姿を見ることができますので、付近の城を訪れた際にはぜひ立ち寄ってご覧ください。 思わぬ場所で、驚くような立派な門に出会えます。※表門は「ひょうもん」というようです。 
 
倉治城 城館跡① 図1 Fの土塁と堀
土塁アとウは①の北側と東側を囲む土塁の一部とされます。宅地化や道路工事などで削り取られたようですが「よくぞ残ってくれました」状態でした。イは浅い堀地形で、資料によっては堀跡としているようですが「甲賀の城」では土塁の内部にあって浅いので堀ではないとしています。
 
倉治城 城館跡② 図1 Cの堀と土塁   東側の堀遺構は残存、南側も一部残存。南側土塁も部分的に残る
②の南東部には土塁と堀が残ります。堀はある程度埋まっているようですが東辺は全部残っていました。土塁はかなり削られたようですが、遺構の痕跡を確認できます。
 
倉治城 城館跡② 図1D 土塁と櫓台? 旧形状が比較的よく残る
②の東から北東隅にかけては放置された場所で旧地形が比較的よく残っていました。放置されたがゆえに荒れていて、立ち入りが難しい状態でもありました。北東隅に櫓台と思しき高い残欠土塁がありましたが、往時には②の城館周囲の土塁がすべてこの高さだったとしたらスゴイな、と思いました。
 
倉治城 城館跡② 図1E 水堀が部分的に残っています
集落のアチコチに堀または水堀がみられました。水堀はほとんど埋められているので、現存は3か所程度でした。
 Eの水堀も一面水草(菖蒲?)で覆われていましたが、写真右手付近に虎口があったとされ、地形に高低差がありました。
 

倉治城 城館跡③ 図1B 土塁と堀良好に遺構が残る
城館③の南辺には土塁と堀がシッカリと残っていました。③の東辺は集落の東を流れる磯尾川の旧流路に削られて失われていましたが、南辺は風化があるものの健在でした。
 
倉治城 城館④ 南側は道路工事で少し削られたかもしれないが、図1Aの土塁遺構が残る
Aは④の西辺の土塁で写真の奥へ延びています。写真にはありませんが、④の東辺にも残欠土塁がみられました。
 城館④の面積はは①~③に比べて狭いものでした。
 
城館⑤は④と同等の面積でしたが目立った遺構が残されていませんでした。
「甲賀の城」によると⑤の南側下に水堀が描かれていますが、今は堀地形が残るのみでした。水堀は水の事故につながるので埋められたのかなと想像しました。
 
倉治城は集落の中に遺構の痕跡が残るだけの城館跡と想像して訪れましたが、意外にも残りが良い多数の遺構で大満足の見学が出来ました。 併せて訪れた新宮神社の表門も素晴らしかったです。
 
夏の山城は高温多湿で、見学するのに「覚悟」が要りますが、倉治城は夏でも楽しめる城館でした。