月のたび

日々の日記

coming the year 2017

2016-12-30 22:15:31 | しみじみ(滋)
今思う中で、今年のうちでかなり大きなことは、当ブログでも書いたが、チャット中に相手の女の子から「何がしたいの?」って聞かれたことだ。

それが、私の一番の弱点だと思ったからだ。

何がしたいのか、自分でも、わからない私。

だから、『つまらない人、よくわからない人』って意味だ。

こんなことでは、いつまでたってもマンネリ人間。マンネリのループから抜け出せない人間になってしまう。

何でこんなことになったのか。

一つの理由は「休まない」からだ。心休める時がない。仕事しすぎはよくないのだ。息抜きが必要。

いや、本当に足りないのは、「視野が狭い」ことかも。

どんな些細なことでもいい。いや、逆に、ほんの些細なところにさえ、面白味を見出し、楽しめる人間は、多くの人を引き付ける魅力といっていいだろう。

だから、これも常日頃の意識の持ち方で少しづつ変えていくことができると思う。根気さえあれば。



そういう意味では、今の私は面白いことや、強い印象を受けたり、感動したりが割合少ない、つまらなくて貧しい人間だ。そういうものは、何もお金持ちでなければ味わえない楽しさではないから。

楽しさをみつける、発見するのも、能力の一つであると思う。それは意識すれば、伸ばせるだろう。

普段メモ帳携帯で、『これって面白いかも』と気が付いた発見をメモして、家に帰ってから、日記に転写し、その時にどういう風にそう思ったのか理由を考えたり、他にも『面白い』と言えるケースを想定してみたりすれば、そのうち他の人にも伝えたくなるだろう。

明るく、前向きな着眼点を持つためのトレーニングととらえればいいだろう。

いままでは、いいことの裏には必ず悪いことが潜んでいるので、そのリスク(苦しみ)を冒さないために、危険回避のための護身行動として、無感動、無関心を方針としていて、それは誰も幸せにしないことにやっと気がついた。

私は器用ではないので、誰にでもできるような方法で、少しづつ努力を積み重ねれば上達するようなやり方でないとダメだ。

だから来年は、明るく前向きで、どんな些細なことの中にも面白いことや感動を発見する能力を向上させたい。

そうすりゃ、コミュニケーション能力アップ間違いなしじゃ!

だからといって、今年がダメだったわけじゃないよ。

今年は今年で、たっぷり辛抱することを学んだ。冷静に落ち着くべき時に、落ち着く、ちゃんとすることをしたために、無駄に腹を立てるようなことは無かったよ。これはウレシイことだよ。山岡鉄舟先生みたいに、根気さえあれば、座禅は誰でもできる、ってことを信じて、やり通した一年(こりゃ言い過ぎたか。)でも自分で満足だもの。事が有った時に、一先ず冷静になることでトラブルを回避し、なおかつ、次回同様の事態発生時にも対応できるような、トラブルのとらえ方と、それを自らに納得させるための解釈法とか考えだして、これはこれで、私の心は落ち着くことだできたのである。うれしいことだ。将来は明るいぜ!

観光立国政策のせいで国内の仏像破壊や盗難が増えてしまった

2016-12-27 23:38:38 | 政治(・・・?)
また仏像が盗難された。

全ての原因は外国人観光客であり、外国人観光客を誘致しているのは政府の政策で、そのために観光庁まで2008年にできているそうだ。

観光庁なんて組織、本当に必要なのだろうか。

国内の仏像が破壊され、盗難されるのは、そもそも簡単に外国人が入国できるせいだ。

その原因を作っているのが、現在の観光政策であるのに、それに関わる人達が誰も責任を問われないのは、これから将来を思うと、不安を感じる。

こういう形で外国人が国内に住み着いて治安を脅かすリスクを思うと、将来は不安でいっぱい。

「何がしたいの・・・?」って聞かれて、本当に何がしたいのか、よくわからない自分

2016-12-25 22:02:26 | しみじみ(滋)

この前、チャットをしたとき、女子から言われた言葉が、ちょっと忘れられなかった。

女の子「何がしたいの?」

そのとき私、チャット中なのに、瞬時に、深刻に悩んだ。『本当、何がしたいんだろう?』

全体的には楽しい時間が過ごせた。けれど、それ以後、その女の子の言葉が頭を離れなくなってしまった。

チャットする前は、自分でああだ、こうだと妄想たくましく、自信さえあった。けれど、いざやってみると、急に弱気になる自分。

なんでだろう?思うに、私は『何を考えてるか、よくわからない人』であって、そういう煮え切らない、中途半端の生き方の人ってことになりそうである。

どうしてこんなことになるんだろう?

私は本当はどんなことをしたいのか?自分が何をしたいのか?何を好きで、どんなことを楽しいとおもうのか、わからないのだ。

ただ、成り行きで行き当たりばったりの人生。

だから、何をするにも、情熱がない。だから、中途半端。

そういうことを乗り越えるために、毎日日記にその日の良かったことを3つ書いて、詳しく説明してみている。けれど、マンネリ化するものだ。天気がよかったこと。景色がきれいだったこと。その程度。

これではダメだ。

おそらく、自分は、楽しいことを発見する能力が足りないのだと思う。つまり、視野が狭すぎて、面白いことを見逃している。

誰かが言ってた。楽しいことを見つけ出すトレーニング法みたいのがあると。思うに、深呼吸して、心を落ち着ければ、なんとなく発見できるものがある。

そういえば、そのチャットがあって、沈んだ気持ちで思い出したのは、クリスマスが近づいたため、鶏のもも肉がお皿の上に乗せられてるのを見たときね、正直、私に食べられるそのお肉が、勿体無く思えた。クリスマスに無縁の私のために殺された鳥がこうして料理になっていることが。命にたいする感謝がなくなっている。感謝しなくても、何も問題なくなっていることは怖いと思う。

冬になれば、インフルエンザが流行する。それで高齢者がなくなる。それは鶏だって同じことだ。人間と同じ摂理で生きている生き物だから。

それを、鶏相手なら単にインフルエンザにかかったという理由だけで、無残に皆殺しにすることは本当に正しいのか?もしかしたら、正しいのは、自然の摂理のほうかもしれないのに。今の日本のように、何もかも恵まれてて、電通の過労自殺とか、保育園落ちた人とか、長岡市の火事とか、その程度のことで大騒ぎしてるほうが間違いではないのか。何か大きい間違いをしている気がする。

とても勿体ないことしている感覚だけはちょっと感じる。『ビルマの竪琴』のストーリーみたいに、もともとの日本人らしさが私の中で、呼びかけている感じが聞こえるような、気のせいのような。

本当の自分

2016-12-21 22:22:16 | 今日の出来事(重要性低)
今日の仕事は近所の方の紹介でもらった。

最初なので値段は安めで、仕事をよくやって、納得してもらう。

けれど、儲けは少ない。

では、私にとって、儲け以外で、どんな得があるのか、仕事中考えた。

その紹介してくれた方は、時々仕事を見に来ては話しかけてくれる。

その時、会話がなかなか上手に、できてる自分に気が付いた。今までだったら、自分の話をしがちなのに、今日は、相手に対する思いやりの言葉遣いができてる。

そのとき気づいた。『仕事を一生懸命やればやるほど、人と話すのが楽しくなる。』

なぜかわからんが、そういうことだ。思えば、仕事に専念すればするほど、過去の過ちや悔しい失敗が消えて、心がはればれするものだ。

そういう風にとらえる人のほうが必ず幸せは多い。

情熱をもつということ

2016-12-18 20:08:33 | しみじみ(滋)
私のような、もともと無気力で覇気がない人間が、情熱をもつにはどうしたらいいだろう。


忙しい日々の中、今日午後はしっかり休みをとることにした。風邪も治ってきたことだし、久しぶりに一人ドライブで遠出をした。

景色はもう冬。葉が落ちきって裸になった木々や青い空が寒々しいが、眺めているとすっかり冬になってしまったと気がつく。

そうして、いつものコースをドライブしてるうちに、新しい発見がないか頭はフル回転。

近頃始めた新しい習慣は、日記の時に「今日一日を振り返ってよかったことを3つ挙げよ」と自分に問う。

どんなことでもよい。よかったことを3個書き出して、それが自分にとってどういう風によかったか、説明する形式で文章にする。

これを続ければ、プラス思考ができて、なおかつ、コミュニケーション能力を高めるいいトレーニングになると思う。

今の仕事をもっと大きく成長させるには、どうしてもコミュニケーション能力が必要である。

なのに、他人と話すの得意じゃないからな。

だから、普段から、雑談レベルでもいいので、なるべく多く話すようにしている。

けれど、何を話していいのか、わからなくなってしまう。

もう一度言う。何を話せばいいのか、わからなくなる。

これは大きい問題だよ。「無理してまで無駄話をしなくていい」という意見もわかる。けれど、私の周りに人の輪ができるようにするには、まず、自分から前向きに、プラス思考で明るいコミュニケーションができるかどうか、が大事だろ。

これができなければ、これから先の成長は無い。つまり、自分から情熱を放てるかどうか。

だから、プラス思考で明るいコミュニケーションをできるようになるには、何が必要なのか?

私たちの生活している毎日は、冷静にとらえると、確かにつまらないものかもしれない。けれど、であるにもかかわらず、「おもしろいな」「たのしかった」「よかった」と思い込むことが、第一歩として必要なことだと思う。口に出して、言ってみることだ。物足りなければ、何度でも繰り返してみるのがいい。そうすれば、自然に脳内に刷り込まれてくるだろう。そうやって、少しづつでもいいから、繰り返して、繰り返しを積み重ねて、それを続けていくことが、おそらく「情熱をもつ」とか、「情熱が内から自然に湧き上がってくる」ために必要なことだと思われる。

やっぱり北方領土は役所の予算確保の口実

2016-12-17 22:17:55 | 政治(・・・?)
本当にガッカリだった安倍プーチン会談。

日本側の経済援助を、『共同開発』って表現で誤魔化しても本質は一方的なバラマキ外交。

「民間企業の経済活動」って言ったところで、そのカネどこから出るんだよ。ロシア政府が出してくれるとでも思っているのだろうか?こんな茶番に騙される国民も情けないことだ。

先の見通しさえハッキリしないうちに援助の約束してしまうとは、こういうやり方では、日本が舐められるのも仕方ないと思う。本当に素人以下の外交でガッカリだ。

こうなってしまったのも、ほとんど全ては、無能な外務省とマスコミと野党の責任だ。

その中でちょっとびっくりなことが一つ。あの自民党二階さん発言は国民心理を鋭く見抜いており、刮目せざるを得なかった。IR法案の審議のテレビニュースでの発言時も、彼の目付きは今までとは違い、本質を見透したような鋭さをやや感じた。半分は気のせいだろうと思っていたが、今度は「国民の大半はガッカリ」みたいなこと、マスコミの前で言えちゃう...。自民党はすごいぞ。怖いぞ。

安倍さんのバラマキ外交で本当に許せないのは外務省とテレビと野党だ

2016-12-16 23:40:03 | メディア(憤)
今日のロシアとの会談は予想通りの一方的なバラマキ外交だった。

がっかりだ。

ただ悲しいのは、安倍さん以外の有能な政治家がいない。

外務省もテレビも野党も、今の自分の都合だけで動いているようだ。

そういう我が身を振り返れば、自分だって、他人を非難できない。

けれど、あの福島県の連続仏像破壊事件は、本当に許せないと思ったよ。そして犯人の国籍がわかった途端に報道が止まる不条理も、目の前で見て嫌な気がした。テレビって本当にいけないことをしている。情報正しく伝える立場のものが、意図的に矮小化して伝えたくない情報を隠す、そういうことが積み重ねられたら、この社会はどうなるだろうか。自由であるはずの報道が、報道機関の都合で操作されるというのは、一つの私たち日本人の独立精神の負けのような、ちょっと暗い出来事である。

北方領土は外務省の予算確保の口実

2016-12-13 23:33:22 | ひとこと言わせて!
北方領土は外務省の予算確保の口実で、実際は返ってくるかにみせかけて、話をマスコミに撒き散らし、盛り上げ、共同開発の約束までで終わり、で結局ロシアに散財させる、のが日本の外務省。

誰が考えても返ってくるわけないじゃん。向こうはそのつもりで、値段つり上げて待ってるんだぜ。無能すぎる。

今からもう見え透いた展開。このレベルじゃ話にならん。