これも昨年の話で申し訳ありません。九州の担当から外れて、もう出張は無いだろうと思っておりましたが、12月に1泊2日のいつものスケジュールで福岡、長崎に行ってきました。いつもながらの強行軍で9時過ぎには博多駅に着いておりまして駅前でレンタカーを借りて一路長崎へ・・・。そこで2件廻って5時前には島原についてお仕事。そこから行橋までノンストップでホテルに着いたのは11時を過ぎておりました。
その為に翌日はゆとりのスケジュールで昼過ぎに行橋を出て、いつもの平尾台を抜けるルートで小倉南のインターから博多へ・・・。
当然ながら「牧のうどん」を食べて久々に吉田苑に行ってきました。
久々なので何か聴きたい気分でしたのでリクエストをしまして、憧れのスペクトラルを聴かせて頂く事になりました。スペクトラルがどうして?と言うことを話すと其れで終わってしまいますので此処では割愛させて頂きます。
トラポは当然ながらソウルノートのCT1.0,DACは同じくsd2.0 スペクトラルのプリ・パワー スピーカーはディナのConfidence C1Signatuerと言う布陣で聴かせて頂きました。
とてもスムースで空間の広がりも十分で現代的なハイエンドの音がしておりますが何かもの足りません。いつもの吉田苑さんにきれがありません。お聞きするとスペクトラルといえども現代のハイスピードアンプに比べると遅く感じられると言うことのようです。
過去に於いてハイスピード・アンプの代名詞であったスペクトラルのことを思うと信じられません。そこでアンプをFANDAMENTALの超弩級プリLA10にNmodeのプリメインX-PM10を繋いで聴かせて頂きました。
スペクトラルに比べても明らかにハイスピードで切れがあります。これでも充分すぎる感じなのですが、以前のディナSP-SS25のイメージが強すぎるのかこのC1Signatuerはどうしても低域がゆるく感じられます。最近のディナの傾向だそうですが私にはピンと来ませんでした。
こんなものかと思いながら最後に気になっていたTIDALのことを伺うと「聴かれた事はありますか?聴かれたことがなければ聴いてみますか?」と言ってセッティングを始めてくれましたが、聴きたい半面に申し訳ないと言う気持ちもあり複雑でしたが、嫌な顔ひとつしないでわざわざセッティングをやり直してくださいました。
トラポとDACは同じソウルノートCT1.0とsd2.0 アンプはさすがにNmode X-PM10ではドライブしきれないとのことで再びスペクトラルのプリとパワーに戻しました。
あまり大きな期待もしないで聴くことになりましたが、1発目の音が出た瞬間にぶっ飛んでしまいました。此処近年これ程までのスピーカーを聴いた事がありません。いつも聴いている音とは正反対の音でしたので、心の準備が出来ないままに不意打ちにカウンターパンチをくらってノックアウト状態になってしまいました。
確かいつものフェイキーから始まったと思いますが興奮状態で何が何だかハッキリ覚えていない状態です。兎に角、何のストレスもなくスピーカーから出た音が瞬間的に空間に吸い込まれるように広がっていきます。このサイズのスピーカーが完全に空間と同化してスピーカーの存在が完全に消えています。
ブックシェルフ型なら解からなくもありませんが、決して小さくないこのサイズのスピーカーが目前から消え去り、音楽だけが部屋中を埋め尽くすように鳴っています。思わず立ち上がって部屋の隅々に移動して聴いておりましたが、どこの位置で聴いても同じようにスピーカーの存在が完全に消えており、そこにあるのは只スピーカーから放たれた音が音楽を奏でておりました。
あまりの興奮で「凄い!、凄い!」を連発していたように思います。久々に「欲しい!」と真剣に思いました。しかしながら一番安価な機種でも手が出ません。しかし、[出来るものならば所有したい!]衝動に駆られました。
ただ最後にロドガブのジャパン・ライブ「激情セッション」はあまりに普段聴いている音とはかけ離れて、スピーカーの後方いっぱいに見事に音場が広がりステージが見渡せるようです。しかしながら、ライブ会場に居て熱気に包まれる感じは全くしないで飽くまで冷静沈着にステージを後方から観察しているような錯覚を覚えます。この音場の鳴り方が正確にライブ会場を再現しているのかも知れませんが隙か嫌いかで言うと好きではありません。もう少し音楽がこちらに寄り添ってきて欲しいです。
そんな思いをしながら久々に興奮した時間が過ごせました。何時行っても丁寧な応対をして頂いて吉田苑さんのは本当に恐縮してします。尾崎さんの所とは全く違った雰囲気で出てくる音も正反対かも知れませんがオーディオに対する真摯な姿勢は共通しています。博多在住の方が羨ましく思えてきます。
その為に翌日はゆとりのスケジュールで昼過ぎに行橋を出て、いつもの平尾台を抜けるルートで小倉南のインターから博多へ・・・。
当然ながら「牧のうどん」を食べて久々に吉田苑に行ってきました。
久々なので何か聴きたい気分でしたのでリクエストをしまして、憧れのスペクトラルを聴かせて頂く事になりました。スペクトラルがどうして?と言うことを話すと其れで終わってしまいますので此処では割愛させて頂きます。
トラポは当然ながらソウルノートのCT1.0,DACは同じくsd2.0 スペクトラルのプリ・パワー スピーカーはディナのConfidence C1Signatuerと言う布陣で聴かせて頂きました。
とてもスムースで空間の広がりも十分で現代的なハイエンドの音がしておりますが何かもの足りません。いつもの吉田苑さんにきれがありません。お聞きするとスペクトラルといえども現代のハイスピードアンプに比べると遅く感じられると言うことのようです。
過去に於いてハイスピード・アンプの代名詞であったスペクトラルのことを思うと信じられません。そこでアンプをFANDAMENTALの超弩級プリLA10にNmodeのプリメインX-PM10を繋いで聴かせて頂きました。
スペクトラルに比べても明らかにハイスピードで切れがあります。これでも充分すぎる感じなのですが、以前のディナSP-SS25のイメージが強すぎるのかこのC1Signatuerはどうしても低域がゆるく感じられます。最近のディナの傾向だそうですが私にはピンと来ませんでした。
こんなものかと思いながら最後に気になっていたTIDALのことを伺うと「聴かれた事はありますか?聴かれたことがなければ聴いてみますか?」と言ってセッティングを始めてくれましたが、聴きたい半面に申し訳ないと言う気持ちもあり複雑でしたが、嫌な顔ひとつしないでわざわざセッティングをやり直してくださいました。
トラポとDACは同じソウルノートCT1.0とsd2.0 アンプはさすがにNmode X-PM10ではドライブしきれないとのことで再びスペクトラルのプリとパワーに戻しました。
あまり大きな期待もしないで聴くことになりましたが、1発目の音が出た瞬間にぶっ飛んでしまいました。此処近年これ程までのスピーカーを聴いた事がありません。いつも聴いている音とは正反対の音でしたので、心の準備が出来ないままに不意打ちにカウンターパンチをくらってノックアウト状態になってしまいました。
確かいつものフェイキーから始まったと思いますが興奮状態で何が何だかハッキリ覚えていない状態です。兎に角、何のストレスもなくスピーカーから出た音が瞬間的に空間に吸い込まれるように広がっていきます。このサイズのスピーカーが完全に空間と同化してスピーカーの存在が完全に消えています。
ブックシェルフ型なら解からなくもありませんが、決して小さくないこのサイズのスピーカーが目前から消え去り、音楽だけが部屋中を埋め尽くすように鳴っています。思わず立ち上がって部屋の隅々に移動して聴いておりましたが、どこの位置で聴いても同じようにスピーカーの存在が完全に消えており、そこにあるのは只スピーカーから放たれた音が音楽を奏でておりました。
あまりの興奮で「凄い!、凄い!」を連発していたように思います。久々に「欲しい!」と真剣に思いました。しかしながら一番安価な機種でも手が出ません。しかし、[出来るものならば所有したい!]衝動に駆られました。
ただ最後にロドガブのジャパン・ライブ「激情セッション」はあまりに普段聴いている音とはかけ離れて、スピーカーの後方いっぱいに見事に音場が広がりステージが見渡せるようです。しかしながら、ライブ会場に居て熱気に包まれる感じは全くしないで飽くまで冷静沈着にステージを後方から観察しているような錯覚を覚えます。この音場の鳴り方が正確にライブ会場を再現しているのかも知れませんが隙か嫌いかで言うと好きではありません。もう少し音楽がこちらに寄り添ってきて欲しいです。
そんな思いをしながら久々に興奮した時間が過ごせました。何時行っても丁寧な応対をして頂いて吉田苑さんのは本当に恐縮してします。尾崎さんの所とは全く違った雰囲気で出てくる音も正反対かも知れませんがオーディオに対する真摯な姿勢は共通しています。博多在住の方が羨ましく思えてきます。
TIDALはまったく知らないので機会があれば聴いてみたいかな
ROKSANがロドガブのジャパン・ライブを表現した内容からすると私の好みではないと思いますが、なんとなくVIVID AUDIO G1見たいな方向なのかなと想像しています。
オーディオ感で情報量を求める人には支持されるのでしょう。
TIDALは大佐の好みではないかも知れません。小生VIVID AUDIO G1 を聴いた事がありませんので何とも言えませんが、完璧なまでに位相整合せれた音で空間表現が素晴らしかったです。あまりにも拙宅の音ともかけはなれておりましたが、その分魅力的でした。