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【書評】「欧米に寝たきり老人はいない」誇張はあるが主張は分る本

2015年06月22日 | 投資

最近「欧米に寝たきり老人はいない」(宮本顕二・宮本礼子著 中央公論新社1,400円)を読んだ。

著者はともに内科医の夫妻で、顕二氏の専門は肺で、礼子氏の専門は認知症だ。2007年に礼子氏は認知症の勉強にスウェーデンに行き、同国の終末期医療の現場を見た。スウェーデンでは高齢者がものを食べなくなっても点滴や経管栄養を行わない。礼子氏を案内してくれたスウェーデンの医師は「ベッドの上で、点滴で生きている人生なんて、何の意味があるのですか?」という。

実はスウェーデンでも20年前は点滴や経管栄養を行っていたが、20年かけてなくしてきたという。

この本に誇張があると書いた理由は「欧米に寝たきり老人はいない」というタイトルだ。これは明らかに誇張だ。欧米にも寝たきり老人は沢山いる。日本のように病院のベッドで寝ている人が多いか、自宅で寝ている人は多いかの違いはあるが。そのことは各国の健康寿命を比較すると分る。健康寿命とは日常的な介護を受けずに、自立した生活を送ることができる期間をさす。平均寿命から平均健康寿命を引いたものが、平均的な介護期間だ。各国ともおおむね平均して10年程度の介護期間を持っている。介護期間の一部は「寝たきり」の期間になるから、どこの国でも「寝たきりの老人」はいるのであると私は思う。

そのことは著者も認めている。著者は「欧米豪6ヵ国の終末期医療の現場を見て」の中で「もちろん寝たきりの人はいましたが、日本のようにチューブから栄養を受け…一言も話せず、何年も寝たきりのままの老人はいなかったという意味です」と書いている。

これは「寝たきり老人」という俗語がカバーする範囲の問題に起因する。著者は「寝たきり老人≠寝たきりの老人」としている。寝たきりの老人には「体は動かないは話ができる」人が入るが、寝たきり老人は経管栄養を受けていて一言も話さない人を指すと使い分けているのだ。私は「寝たきり老人=寝たきりの老人」と考えていた(俗語なので定義ははっきりしない)ので、書名を見た時「外連味のある題だな」と感じたのである。

WHOの統計によると、男性の健康寿命は先進国ではほぼ同じレベルだ。日本の男性の平均健康寿命は72歳、スウェーデンは71歳、ドイツは69歳だ。しかし平均寿命には少し差がある。日本の男性は80歳なので要介護度介護期間は8年、スウェーデンは81歳なので10年、ドイツは79歳なので10年である。

一方女性の健康寿命にはかなりばらつきがある。日本の女性の平均健康寿命は78歳、スウェーデンは74歳、ドイツは73歳だ。日本の女性の平均健康寿命は世界トップだ。女性の要介護期間は日本が9年、スウェーデンは11年、ドイツは10年である。

要介護期間の長さの比較からは、「日本人は平均寿命も長いが、寝たきり(経管栄養など)老人が多い」というような推論は成り立たない。これはエピソード的には長期にわたる寝たきり老人が話題になるが、実際の経管栄養を受けている人の平均期間はそれほど長くないことを示唆しているかもしれない。

「欧米に寝たきり老人はいない」はエピソード仕立なので、仕方がないが、色々な統計データと組み合わせながら、日本の健康と医療が抱える問題を浮き彫りにしてくれれば著者の主張がより鮮明になったのではないだろうか?

さて著者の主張は何かというと、医者や家族が、一人一人が尊厳を持って人生を完結させる道を見つけることが大事ということだ。

礼子氏は巻末の「安らかな死を妨げるものは何か」の中で「『実は、安らかな死を妨げているのは医師ではないか』と考えるようになりました。(社会福祉法人の理事長がおっしゃった)「病院で安らかに亡くなることができるならば、施設の職員も安心して入所者を病院に送ることができます」という言葉が重く響き、医療者として非常に恥ずかしく思う」と書いている。

正直で良心的な人だと思う。確かに安らかな死を妨げている要因の一つは医師とその背後にある延命至上主義の医療教育にあることは間違いないだろう。だが多少お医者さんの味方をすれば、日本のお医者さんは忙しすぎることに問題があると私は考えている。

人口当たりの臨床医師数を各国と比較すると、日本の医師数は少ない。日本の人口千人当たりの医師の数は2.3名で、ドイツ4.0名やスウェーデン3.9名、イギリス2.8名より少ない。

だが終末期医療についてもっと大きな問題は病院のベット数に較べて臨床医の数が極めて少ないことだ。病床百床当たりの臨床医数を比較すると日本は17.1名だが、ドイツは47.6名、スウェーデンに至っては148.7名と非常に分厚いことがわかる。

国民一人当たりの医療費を比較すると日本は3,649ドルで、ドイツ4,811ドルやスウェーデン4,106ドルと低い。このことも問題の一つではあるが、私はWHOの統計から見て、日本の医療の問題は「ベッド数が多くて平均入院期間が長い」ことと「一人当たりの外来診察回数が多い」ことにあると私は考えている。

日本の人口千人当たりの病床数は13.4で、ドイツ8.3やスウェーデン2.6を大きく上回る。また平均入院日数は日本が31.2日、ドイツは9.2日、スウェーデンは5.8日だ。

病床の回転率を考えてみると、日本では人口10万人あたりの病床数は1,340床あるが、一つのベットは一人患者に1カ月以上占拠されるので、年間に入院できる人の数は42.9名になる。

スウェーデンは人口10万人あたりの病床数は260しかないが、入院日数が5.8日なので44.8名の患者が入院することができる。だから「入院の恩恵」を得ることができる患者数に日本との差はない。

つまり日本はベッド数というハード面ではドイツ・スウェーデンを凌駕する~あるいは自宅の設備が貧困なのでトータルでは負けている?~が、一人当たりの入院日数が極端に長いので、入院サービスを受けることの住民の数に差はなく(ドイツに較べると半分)、ソフト面では患者に対して医師の数が非常に少ないという現象が起きている。

これでは「患者に寄り添った治療を医師に求めても不可能」だろう。入院日数や外来診療回数を減らす工夫が伴わないと、本人が希望する終末期医療を迎えることは難しいのかもしれない。

以上のようなことはこの本には書いていないが、医療問題を考えるきっかけとなったことで、読んで良い本に推薦しておこう。

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