今日6月2日事実上鳩山政権が崩壊した。鳩山政権は何を残したか?ということについは既にマスコミが語り始めているし、今後同じネタで受けを狙うだろう。細かいことはそれで飯を食っている政治アナリストなるプロに任せるとして、私のざっとした感想を述べよう。官民合わせて総ての権力には良い面と悪い面がある。お釈迦様の言葉を借りると「ただ良い人」という人もいなければ「ただ悪い人」という人がいないように、「ただ悪い政権」というものもなければ「ただ良い政権」というのもない。それぞれの政権は良いことをしながら悪いこともする。あるいは悪いことをしながら良いこともするというようにspectrumのどこかを占めると考えるのが客観的な見方だろう。
このように見ると鳩山内閣も幾つか良いことをした。第一にはマスコミが一番持ち上げることだが政権交代を実現した(表面的な事実はそうなのだが個人的には若干異なる見解を持っているが)。次に事業仕分けを通じて「政府の無駄の削減」に手をつけた。この辺りまでは一般的には意見の対立が少ないところだろう。
でそれ以上のことをやったか?というと後は中途半端というか政策そのものに賛否両論が分かれるものが多い。まず「子供手当て」、とりあえず今年度分月1万3千円の支給。これについては「高所得者まで支給が必要なのか?」とか「保育所の充実など現物給付の方が重要」という意見が与党内にもあったことで分かるように、政策目的(少子化の歯止め等)に対する適合性という点で問題の整理が不十分だと言わざるを得ない。
だがもっと大きな問題は郵便貯金や保険の民営化に対する大きな後戻りだ。これは明らかに市場経済を通じた合理的な資源の再配分という市場原理に反する行為だ。こんなことを続けると日本経済はますますギリシアなどのように公務員が肥大化した非効率的な南欧経済化して国の将来はおかしくなる。
今日ユーロ圏で起きている問題は、日本がこのまま誤った路線を歩み続けると陥る問題を先取りしているのである。鳩山首相は消費税の値上げを含む財政再建に対して具体的な姿勢を示さなかった。いやむしろ自分がいる間は消費税の値上げに反対するという形で財政健全化に消極的な態度を取っていた。
だが何といっても一番大きな問題は「言葉の重み」「発言に対する責任」ということを貶めたことだ。政治家は聖人である必要はないが君子たろうとするものでなくてはならない。何故かというと君子とは古代中国から東洋社会が理想の政治家の徳性をもった人物だからだ。孔子は君子と言葉について幾つかの箴言を残している。今思いつくだけでも「君子はまずその言を行い、しこうして後に従う」という言葉がある。まず実行してからものを言うということだ。出来もしないことは言わないし、言ったことは実行する、これは政治の世界の話だけではない。ビジネスの世界では初歩の初歩だ。いやビジネスどころか近所付き合いだってこんな初歩が守られない人は信用されないだろう。
冒頭の意見に立つと確かに鳩山政権というのは確かに幾つかの良いことをした(少なくともその政策をその時点では何割かの国民は支持したということにおいて)とはいえるが、マイナス面の方がはるかに多かったと結論される。その理由は首相の言葉の重さに対する信頼を国民と諸外国に失ったということが一番だ。次に「痛みを甘受しない限り財政の再建はありえない」という明快な事実をと糊塗して、国民を幻惑したことである。鳩山首相の辞任は遅きに失したというべきなのだろう。