「門前の小僧習わぬ経を読む」という諺があるが、私の場合これは当てはまらない。私は京都の寺で生まれ育ったが、親父が早い時点で坊主にすることを諦めたらしくお経を教えなかった。従って般若心経程度の短いお経すら覚えていないのである。ところが人生も後半に入ってくると仏教に関心が高まってくるから不思議なものだ。例えば最近読んだ玄侑 宗久氏の「般若心経」の中の「縁起」という言葉が心に残っていた。縁起というと原因結果の「因果律」を想起するが、実は「共時律」も含んだ概念だ。
此れ有るとき彼有り、此れ生ずるに依りて彼生ず。前半が共時律を示し、後半が因果律を表している。前置きがながくなったが、少し前のエコノミスト誌の記事によると中国・インド等の新興国の発展が先進国の物価や賃金に影響を与え、その結果伝統的な経済理論では説明できない現象が起きているという。これはまさに釈尊が説くところの「此れ有るとき彼有り」という新興国と先進国の間に共時律の関係が生じているのだろう。
少し長くなるかもしれないが、この記事は非常に良い記事なのでポイントを記録しておきたい。
- 昨年新興国の経済は重要なマイルストーンに到達した。それは購買力平価ベースで計算して全世界のGDPの半分に到達したのである。これは歴史上最大の刺激だろう。というのは産業革命は世界の人口の3分の1しか巻き込んでいないが、この革命はほぼ全世界を巻き込んでいるからだ。
- 新興国の輸出に占める比率は1970年の20%から43%に拡大している。彼等は世界のエネルギーの半分以上を消費し、過去5年間の原油需要の伸びの5分の4の原因となっている。また彼等は世界の外貨準備の7割を保有している。
- また為替レートで換算すると彼等のGDPが全世界に占める割合は3割以下だが、購買力平価ベースでみるとシェアは半分以上になる。
しかし時間の尺度を少し大きく取ると中国やインドなど今日新興国といわれる国の方が現在先進国と呼ばれる国の経済規模ではるかに大きかった。19世紀後半まで中国とインドは世界最大の経済だった。従って彼等は新興国経済Emarging economiesと呼ばれるよりRe-emarging economies再新興国経済と呼ばれる方がふさわしいのだろう。
- 経済歴史学者のマディソン氏によると1820年まで今日新興国と呼ばれる国々が世界のGDPの8割を産出していた。しかし1950年までに彼等のシェアは4割に減少していた。
- しかし今彼等はリバウンドしている。過去5年間の彼等の経済成長率は史上最高の7%であり、先進諸国の2.3%をはるかに上回る。国際通貨基金は新興国の向う5年の成長率を6.8%、先進国のそれを2.7%と予測する。もしこのペースで双方のグループの経済成長が続くなら、20年以内に先進国が全世界の生産量の3分の2を占めることになる(購買力平価ベース)。
では新興諸国の経済発展は先進国にどのような影響を及ぼすのか?
- 新興国のより強い経済成長は全体として先進国にとって良い結果をもたらすが、全員が勝ち組になる訳ではない。中国やその他の新興国が世界の貿易システムに組み込まれることで相対的なものの価格と労働・資本・コモディティ・商品・資産による収入に最大級のシフトをもたらしている。例えば中国や他の新興国が輸出する労働集約的な商品の価格は下落し、彼等が輸入する例えば原油価格は上昇する。
- 特に新興諸国が優勢となることで労働と資本の相対的なリターンに変化が起きている。労働力がより豊富になることで先進国の労働者は交渉力を失い、それが実質賃金の引下げ圧力になっている。つまり先進国の労働者はグローバリゼーションの果実を分け前に十分預かっていない。これは一番スキルが低い労働者レベルに当てはまるばかりでなく、会計やコンピュータ・プログラマーといったより質の高い労働者層にまで当てはまりつつある。
- しかし輸入制限等で仕事や賃金を守ろうとする国は相対的な低落を早める結果になるだろう。先進国政府が挑戦するべきことはグローバリゼーションの利益をより公平に国民に分配する方法を見つけることである。
またこの記事は先進国で起きている経済・金融上の事象で従来の理論では説明がつかなかったことを新興国経済のインパクトを考えることで相当説明できるという。
- たとえば米国で債券金利が低いにもかかわらず、ドルの暴落が起きないのは新興諸国が外貨準備として米国債を積上げているということで部分的に説明できる。原油価格の上昇は供給の制限よりは新興国の強い需要により引き起こされているので、過去よりは世界の経済成長に与える害は少ない。またインフレーションのインパクトは新興国からの輸入品の価格下落でずっと相殺されている。したがって先進国の中央銀行にとって過去に比べるとはるかに低い金利でインフレを押さえ込むという目標を達成することができる。これらのことは経済政策において革新的な思考方法を求めている。政府はグローバリゼーションで利益を失う労働者を補償するため税と社会保障システムを強化する必要があるかもしれない。
- 金融政策も刷新する必要がある。新興諸国は安い商品と安価な労働力を供給するので、インフレ対策に貢献する。これにより中央銀行は歴史的に低い金利を維持することが可能になっている。
確かに日本で中々消費者物価が上昇しなかったり、賃金が中々上昇しない理由は隣に中国という巨大な労働力を持ち安価な商品を供給する国があることでかなり理解できる。では我々はこの時代をどう生きればよいのか?
これはその人の年齢によって異なる。若い人であれば新興諸国の安くてしかも優秀な労働力に負けないスキルを身につけないといけない。中国人にしろインド人にしろ地頭は極めて優秀だ。競争力のある人材になることは決して易しいことではない。若い人にとっては大変な時代だと思う。
一方我々のように一定年齢に達し、個人で多少の投資余力の生じた年代のものはこれら新興諸国の株式に投資して見るのが良いだろう。といって私自身新興国のエクスポージャーは中国でほんの少ししかとっていないのだが。しかし投資に遅いということは全くないだろう。
グローバルに通用する企業(集団)を狙って、あるいは投資信託のような集団投資スキームを使って、少しづづ日本を含む先進国に振り向けてきた投資をこちらに回す時期が来たようだ。先進国でグローバリゼーションのメリットを受ける最も良い方法は投資をすることなのだから。
時には釈尊が説かれた共時律「此れ(新興諸国)有るとき彼有り」などを思い出しながら、彼等と共存することを考えるのも悪くはないだろう。もっとも釈尊は「此れ無きとき彼無し」と対句で述べられている。中国やインドが躓くと日本がひっくり返る時がくるかもしれない。