2006年、正月の猪苗代、そこはカキ氷の国だった。
道路標識が埋まりそうなくらい、高くそびえ立つ白い壁。左右の壁に挟まれて、車1台通るのがやっとの細い道。見上げれば、灰色の雲が飽きることなく氷を削り続けている。まわりの景色は白一色。いちごやメロン、ブルーハワイのシロップをかけたら、さぞかし華やかになるだろう。
「雪遊びしにいかない?」
実家の新年会で妹が誘ってきた。実は、冬休みなのに小学生の娘をどこにも連れて行っていないという負い目があった。妹の子供たちと一緒に旅行できれば、つまらない冬休みは一転して最高の冬休みとなる。そんな計算があって、久しぶりに猪苗代にやってきた。
ゲレンデでそり遊びに熱中する子供たち。雪合戦をしようとしても、パウダースノーは玉にならないし、座っていてもお尻が濡れない。東京にはない砂のような雪質に、遠出した価値を感じた。
ペンションの温泉で温まると、肌がツルツルになった。夕食は豪華なフランス料理。2泊はあっという間に過ぎ、最後の夜はカクテルで乾杯した。仕事で来られなかった夫への、いい土産話になるだろう。
夜更けに突然目が覚めた。胃がひどくもたれている。
食べ過ぎた?
横を向いても、膝を立てても痛みが治まらない。子ヤギたちを平らげてお腹に石を詰められたオオカミも、こんな風に苦しかったのではないか。
しばらく横になっていたが、とうとう我慢できずにトイレで吐いた。フランス料理が全部出てきた。それでもまだ気持ち悪い。二度、三度と繰り返し、最後には胃液まで戻したというのに、一向によくならなかった。
浅い眠りの中で、娘の声が聞こえた。
「ママ……ゲーゲー出そう」
あわてて起きると、娘が青い顔をしてベッドに座っているではないか。同じ症状が現れるのならば、食中毒かもしれない。
でも、妹一家は何ともないようだ。私と娘が七転八倒している傍らで、ぐっすり眠り込んでいる。明暗分かれるとはこのことだ。きっと蹴飛ばしても起きないだろう。やってみればよかった。
「年末から嘔吐下痢症が流行っているんですよ。大丈夫ですか」
翌朝、ペンションの奥さんの話で納得した。私と娘はどこかでウイルスを拾ってきたのだろう。氷点下の寒さで生き延びる、雪国のウイルスの強いことといったらない。下痢と吐き気が治まったあとも、船に乗っているように足元がフラフラし、体に力が入らなかった。
感染力も桁外れだ。義弟は高速を飛ばして私と娘を自宅まで送り届けたあと、具合が悪くなり、自分の家に着くなり力尽きた。同じように吐き気に見舞われ、2,3日仕事を休んだという。車内で私たちから感染したに違いない。妹も体調を崩したが、すでに罹ったことのある姪と甥だけは元気だったという。
カキ氷の国には、強力な細菌兵器が隠されていたらしい。
とんだ土産物をもらってしまった。
道路標識が埋まりそうなくらい、高くそびえ立つ白い壁。左右の壁に挟まれて、車1台通るのがやっとの細い道。見上げれば、灰色の雲が飽きることなく氷を削り続けている。まわりの景色は白一色。いちごやメロン、ブルーハワイのシロップをかけたら、さぞかし華やかになるだろう。
「雪遊びしにいかない?」
実家の新年会で妹が誘ってきた。実は、冬休みなのに小学生の娘をどこにも連れて行っていないという負い目があった。妹の子供たちと一緒に旅行できれば、つまらない冬休みは一転して最高の冬休みとなる。そんな計算があって、久しぶりに猪苗代にやってきた。
ゲレンデでそり遊びに熱中する子供たち。雪合戦をしようとしても、パウダースノーは玉にならないし、座っていてもお尻が濡れない。東京にはない砂のような雪質に、遠出した価値を感じた。
ペンションの温泉で温まると、肌がツルツルになった。夕食は豪華なフランス料理。2泊はあっという間に過ぎ、最後の夜はカクテルで乾杯した。仕事で来られなかった夫への、いい土産話になるだろう。
夜更けに突然目が覚めた。胃がひどくもたれている。
食べ過ぎた?
横を向いても、膝を立てても痛みが治まらない。子ヤギたちを平らげてお腹に石を詰められたオオカミも、こんな風に苦しかったのではないか。
しばらく横になっていたが、とうとう我慢できずにトイレで吐いた。フランス料理が全部出てきた。それでもまだ気持ち悪い。二度、三度と繰り返し、最後には胃液まで戻したというのに、一向によくならなかった。
浅い眠りの中で、娘の声が聞こえた。
「ママ……ゲーゲー出そう」
あわてて起きると、娘が青い顔をしてベッドに座っているではないか。同じ症状が現れるのならば、食中毒かもしれない。
でも、妹一家は何ともないようだ。私と娘が七転八倒している傍らで、ぐっすり眠り込んでいる。明暗分かれるとはこのことだ。きっと蹴飛ばしても起きないだろう。やってみればよかった。
「年末から嘔吐下痢症が流行っているんですよ。大丈夫ですか」
翌朝、ペンションの奥さんの話で納得した。私と娘はどこかでウイルスを拾ってきたのだろう。氷点下の寒さで生き延びる、雪国のウイルスの強いことといったらない。下痢と吐き気が治まったあとも、船に乗っているように足元がフラフラし、体に力が入らなかった。
感染力も桁外れだ。義弟は高速を飛ばして私と娘を自宅まで送り届けたあと、具合が悪くなり、自分の家に着くなり力尽きた。同じように吐き気に見舞われ、2,3日仕事を休んだという。車内で私たちから感染したに違いない。妹も体調を崩したが、すでに罹ったことのある姪と甥だけは元気だったという。
カキ氷の国には、強力な細菌兵器が隠されていたらしい。
とんだ土産物をもらってしまった。