黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

元三大師がお出迎え(威徳山真光寺・前編)

2020-07-26 21:17:07 | 北毛紀行

ひめちゃんたちは、お散歩の途中でご褒美を要求することがあります

ずーっと以前は、ビーフジャーキーという名のおやつをあげていました。

最近は、ドッグフードのシニア用を一握り持って行きます。

量や質ではなく、コンタクトを求めているのです

「あたち、うまく○○○ができたよ

「はい、いい子でできたね

 

ひめちゃんたちが、よく草を食べる所に、気になる石があります。

うまくひめちゃんたちと一緒に映ってくれないのですけど

何かを囲っているようにいくつもあります。

ここは葛塚城堀之内です。

塚がいくつもあったはずです。

どうも石室の跡のような?

 

 

 

先日、渋川の威徳山真光寺に行ってきました。

赤城南面の国道353号線をひたすら行き、溝呂木から渋川市内を目指します。

ナビに従って、迷うことなく到着です。

 

駐車場には、立派な薬師如来です

 

 

道を渡って境内に入ります。

おや、元三大師(がんざんだいし)のお出迎えです

元三大師お出迎えの寺は初めてです

普通に見ると、ギョッとする方ですけど、厄除け大師として知られる方だそうです。

 

ウィキペディアによると、

良源(りょうげん、延喜12年9月3日ー永観3年1月3日)は、天台宗の僧。諡は慈恵大師(じえだいし)。一般には通称の元三大師出知られる。また、中世以降は民間において「厄除け大師」など独特の信仰を集め今日に至る。

 

新里の安養寺では、和尚さんが手書きの新聞を時折発行しています。

以前は、元三大師のお札を一緒に配っていたそうです。

ある時、「気持ち悪いから入れないで」と言われたそうです

まあ、気持ちよくは見えないかも知れませんけど。

時節柄、もっと注目されてもいい方のようですね

合掌

 

 

本堂の方に向かいます。

あれ、かわいい

 

 

りっぱな本堂です。

さりげなく、鉢植えの蓮の花があります。

威徳山の山号が見えます。

重厚な向拝です。

やはり柱が4本必要です。

 

 

振り返ると、さすが紫陽花の寺・真光寺です

 

 

本堂前には、説明板があります。

涅槃図のご開帳は、2月15日の涅槃会にご開帳ですね。

狛犬は公開はあるのかな?

 

 

本堂隣の庫裏に寄って、御朱印をお願いしてみます

カエルの置物があります

訪問者が無事帰る?

 

「こんにちは 御朱印お願いできますか?」

「はい、お待ちください。」

和尚さんに御朱印帳を渡してお願いします。

 

その間、付近をジロジロです。

鯱(しゃち)がいる

ずいぶんと凝ってる

 

いただいた御朱印です。

「あのう、おいくらでしょうか?」

「いいんですよ。」

「えッ そうですか、ありがとうございます。それでは、境内をもう少し散策させて頂きます

「どうぞ。」

 

 

本堂の向こうに鳥居が見えます。

行ってみましょう。

橋があります

渡れます

橋の向こうに祠があります。

どなたかおいでです

琵琶を持ってる

弁天様です

しゃがんで静かに手を合わせます

池の縁に、由来がありました。

よく見えないところもあります

でも、大体の内容は、

「東京在住の岸静一さんに夢のお告げがあって、天女の祠を真光寺の勝池に移して祀り、巨益を得ることができた。」というらしいです。

大金持ちの岸静一さん、わかりません。

有名な岸静一さんは、慶応3年(1867)うまれ、日本のスポーツ界の国際化に尽力した人だそうです。

たぶん、別人?

御朱印と一緒に頂いたパンフレットには、まったく記述がありません

 

パンフレット由来には、

威徳山無量寿院真光寺は天台宗比叡山延暦寺に属し、平安時代初めに慈覚大師によって草創されたと伝えられています。鎌倉時代の中頃、長尾氏が白井城主に任ぜられた際に、祈願所として阿弥陀堂を建立。ついで室町時代には比叡山の僧・叡海法印が住し、この地方の宗教文化の中心となっていきました。(後略)

ここは、慈覚大師草創の伝承があるのです

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする