黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

早川物語番外編 6 (香林火雷神社)

2020-09-10 21:51:55 | 早川物語番外編

ひめちゃんと獅子丸が朝の散歩に出たときは、雨がちょっと降り出しました。

でも、行きたーい

小雨でしたけど気温もあったので、頑張りました。

そのうちに雨も上がりました

おや、田んぼに見慣れない紙があります

ここは来年用の種籾をとる田んぼです。

9月13日が刈り取りの適期だと指示されています。

種籾は、ベストシーズンに収穫するのですね

 

 

今日、動物病院にひめちゃん達用のフイラリアとノミダニ予防のお薬をもらいに行った帰り、いつもとは違う道に何となく入りました。

川が流れています。

早川だ

ちょっと駐車しにくいなあ

まあ、いいか、パスします。

 

まもなく、摩利支天の赤い旗がいっぱいはためく神社があります。

摩利支天の赤い旗に誘われて、急遽参拝です。

村社火雷神社です。

左の狛犬の向こうに、摩利支天の旗が見えます

御神木です。

あれえ、前に来たときこんなポールあったっけ?

摩利支天の説明板もあります。

ちょっと見にくいいですけど、開運・勝負の神という事かな?

 

隣は八坂神社です。

八坂神社って、健康維持増進の神様だったんですね

 

境内社もたくさんあります。

 

拝殿前に、神社の説明板です。

大きいので、三分割です。

雷の通り道に神社を建てて怒りを鎮め、その恵みの雨をもらうのですね

赤堀文書が取り上げられてます。

正平六年(1351)、赤堀氏の一族・香林時秀に香林郷が安堵されたとあります。

赤堀さんは、藤姓足利氏ですよね。

山上氏と近いご親戚ですよね

あれ、さっき早川を渡りました。

ここは藤姓足利氏の本拠・淵名から早川沿いに上ってくるとすぐです

そして、もう少し上ると、山上の東に出ます

あれ、山上氏は、早川沿いを遡って山上にやって来たのかな?

藤姓足利氏なんていうから、足利からきたようなイメージがあるけど、淵名が元々の本拠地だもの、早川を遡ってきたという方が納得です

 

じゃあ、さっきの早川を確認しなきゃ

急いで戻ります。

この道の奥が火雷神社です。

下流は工事中です。

 

上流の水は少ないようです。

橋の名も「こうばやしはし」です。

早川は、ここでもけっこう重要な川のようです

早川を見たら、手抜きはいけませんね

 

 

 

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早川物語番外編・早川の起点(これが本当の早川物語第一章)

2020-08-30 21:27:36 | 早川物語番外編

ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北に出てお散歩です。

今朝は、赤城山の姿が、いつもよりはっきりしています。

桜が咲いています

この桜は確か秋にも咲く桜だったと思います。

でも、ちょっと季節を間違えたかな?

ご機嫌で帰って、朝ご飯が配られるのを待ちます。

早くしてね

 

 

 

(桐生市新里町)奥沢の山奥に、早川の起点があるとの情報を得ました。

一級河川早川は、早川貯水池から流れ出して、長い長い旅をして尾島町堀口あたりで利根川に壕注します。

でも、早川貯水池以前の早川があるはずです。

なかなかたどる機会に恵まれませんでした。

情報を得て、さっそく出掛けて見ました。

奥沢神社からさらに遡り、奥沢3沼の西の方に行きます。

 

三堤碑といわれる碑があります。

奥沢3沼は、実は人工の沼だったのです

上沼は天保年中から弘化3年(1846)、中沼は嘉永安政の頃(1850年前後)、下沼は明治31年(1898)に完成とあります。

 

この碑の前を左折します。

早川です

橋の名は、弘法橋(こうぼうばし)です。

この上流が、早川の起点らしいです

川の縁になんとか駐車して、いざ上流へ

だいぶ上ってきました。

振り返って、あの橋は弘法橋です。

すこし雰囲気が変わってきました。

 

行く手に白いポールが見えます

ちょっと川は行き止まりです。

ここが早川の起点です

川としてはここから、でも水が流れ込む水路があります。

周辺の水を集めて、ここから早川が始まるのです

 

起点の奥に、小高い山というか丘があります。

古墳か赤城山の流れ岩か?

どうも古墳ではなく、流れ岩の感じです。

 

こだわり続けた早川の起点が確認できました

ありがとう

 

故郷尾島を流れる早川と、新里の早川貯水池から流れ出す早川が、同じ一つの川だと知ってから、もうう何年経ったでしょう?

やっと早川の起点が確認できました

さて、戻りましょう。

 

早川にかかる最初の橋です。

名前はないようです。

右の林の中に墓地が見えます。

ちょっと寄ってみます。

 

失礼します

宝篋印塔等もあって、立派なお墓です。

おや、片目がえぐられた小さなお地蔵様です

意図的にえぐられています

胸が塞がるような世界です

この子は、きっと病気で片目を失ったのです。

もしかして、天然痘(疱瘡)で、片目を失い命もなくしたのかもしれません。

 

ここら辺には、常広寺の檀家が多いと言います。

そういえば、常広寺の竜骨は痘疹(天然痘)にも効くという触れ込みでした。

「竜骨伝記」には、「痘疹の流行る時には男女ともににほひを嗅してものがれ又軽し」とあります。

もしかしたら両親は必死に求めたけれど、残念ながら彼女(女子に見えました)には効なかったのかも知れません。

なんとなくそんな情景が浮かんできました。

もしそうだとすれば、なんという奇遇でしょう

さようなら、逢えて良かったです

心を込めて合掌

「竜骨伝記」番外編の物語もありそうです

 

 

 

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早川物語番外編 4(菊と龍の金山神社)

2020-06-05 22:28:20 | 早川物語番外編

暑い暑い一日でした。

夕方のお散歩は、6時過ぎになりました。

ひめちゃんは、小次郎パパと、南の方にお散歩です。

途中の畑にツツジか咲いています。

借景で、はいポーズです

パパは、最近足腰が弱ったかなという印象です。

でも、涼しくなってからのお散歩で、今日は張り切ってます

まだまだ、息子に負けるわけにはいきません。

 

帰り道、暮れなずむ赤城山がありました

明日も晴れるかな

 

 

『笠懸村誌・上巻』(昭和60年)の付録に、「西鹿田村絵図」があります。

画面中央の赤い線が、だいたい現在の県道291号線になりそうです。

左上から、早川が流れています。

左中央からやってくる道が、香林の如意輪観音からの道です。

交点の左上に、長昌寺があります。

道の東に神社があります。

絵図には、「金山大権現」とあります。

現在の金山神社です。

 

初めて寄ってみます。

県道に鳥居があって、駐車場もありますけど、ちょっと奥まで失礼します。

奥の駐車スペースに、ちょっと失礼します。

 

すぐ前に、蚕影神社です

かつては、養蚕が盛んだったんですね

2礼2拍1礼で参拝です。

 

さて、金山神社の社殿の方に、参道を登ります。

遊具もあって、地域の子ども達が遊べる空間も提供しています

 

なかなか風格のある社殿です。

由緒書きが刻まれていますけど、ちょっと判読が難しいです

祭神は、金山比古神と金山比売神かな?

近隣のたくさんの神社を合祀しているようです。

でも、なぜここに金山神社なのでしょう?

鉱山があったのかな?

鍛冶屋の人達がいたのかな?

 

子ども達の遊具とコラボできそうな、狛犬です

伊勢大神宮参拝記念?

 

拝殿には、何故か菊の紋章があります

ひとまず、手を合わせて参拝です。

 

拝殿前から、鳥居を望みます。

あの鳥居の前の道は、何度も通っています。

今まで、全く神社の存在に気づきませんでした

 

社殿の廻りを一回りします。

石宮様は、少ないです。

中に合祀されているのかな?

本殿も難く閉ざされています。

 

あれ、龍がいる

御利益がありそうな、菊と龍の金山神社です。

もう一度、心を込めて、2礼2拍1礼で参拝です

 

 

早川物語番外編、まだまだありそうです

また、後日に続きます

 

 

 

 

 

 

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早川物語番外編 3(新川善昌寺末・久永山長昌寺)

2020-06-04 20:54:39 | 早川物語番外編

ひめちゃんと獅子丸は、久しぶりに、東の牧場に方をお散歩してきました。

ヤギさんいるかな?

いました

でも、おはようの声が届かないくらい遠くにいます。

近くにいたのは、ボクです。

大きくなったね

ママはどうしたかな?

姿が見えません。

暑いよー

日射しがあまり強くならないうちに帰りましょう。

でも、ちょっと待って、ママが居ない

鏑木川を渡って、角度が変わると、ママの姿がありました

この間は、母子で一緒にいたけど、息子が成長して、別のハウスにいるらしいです。

親子3名、別々のハウスに住んでいるんだね

 

こちらも、田植えが進んでいます。

獅子丸は、スギナをいっぱい食べて帰りました。

なぜか、スギナを食べる子です

 

 

早川を西原橋(にしのはらはし)で渡って、西鹿田(さいしかだ)の信号で左折、北上します。

まもなく、長昌寺に到着です。

山門の先には本堂です。

あれ、瓦葺きだ

長昌寺については、検索してもほとんど資料がありません。

『笠懸村誌・上巻』(昭和60年)に、茅葺きの本堂の写真と供に少しだけあります

長昌寺は、天台宗善昌寺(現新里村新川)の末寺、天元元年(978)字寺内に創立したと伝える。開基は慶範、寛永二年(1625)忠慶和尚が中興開山した。開基は旗本久永源兵衞であり、寛永二年とされている。天保十年(1839)正月焼失したが、次ぐ年再建された。本尊は聖観音菩薩である。

新川の善昌寺の末寺なんだ

そういえば、善昌寺と長昌寺、昌の字が共通だ

中興開基が、旗本久永氏なのですね。

だから、久永山長昌寺なんですね。

本堂下に、お地蔵様です。

お地蔵様が3体、どうも六地蔵の半分のように感じられます。

 

本堂脇に、本堂大改修祈念碑がありました。

村誌が刊行されてまもなく、大改修だったのです

「天台宗開宗一千二百年、長昌寺開創一千十年」とあります。

 

天台宗の東国伝導教団の創建ではなさそうです。

少し時代が下がるかな。

 

本堂の後ろには古墳があるということです。

行ってみましょう

 

あれ、双体道祖神だ

いつ頃の物だろう?

近くに街道があるかな?

 

古墳の説明板があります。

この説明板があるのが、A号古墳ですね。

庚申塔がいっぱいあります。

百庚申塚、ふさわしい呼び名です

 

そのまま行くと、B号古墳の裏に出てしまいます。

説明板にあったように歴代住職の墓が建ってます。

正面に廻ります。

大きくりっぱな和尚さんの墓です。

左に見える山は、新里の新川・熊野神社のある森ではありませんか?

善昌寺はあの山の左前方です。

 

大きくりっぱな和尚さんの墓ですけど、お一方だけ違う方がいます。

普通に考えると、中興開山さんの墓標になりそうですけど。

うっかり確認してきませんでした。

今度行ったら確認してきます

まあ、とにかく合掌

 

この時節、御朱印をというのは遠慮しておきましょう。

駐車場に戻る途中、本堂下のお地蔵様、とても優しそうでした

また、お会いしましょう

早川がすぐ近くを流れていたのですね

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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早川物語番外編 2(香林の如意輪観音と西鹿田の西原橋)

2020-06-02 21:15:08 | 早川物語番外編

夕方、ひめちゃんは小次郎パパとお散歩に出ようとしました。

あれ、紫陽花の花の上にアゲハチョウだ

もしかしてカップル?

この紫陽花は、繰り返し咲きでよく咲いてくれます。

今年も一番乗りです

でも、こんな光景初めてです

ひめちゃんたちは、そっと通り過ぎます。

 

南の方、小学校付近までお散歩して帰ってきました。

あれ、まだいる

でも、変な格好になってる

青虫が生まれたらどうしよう

 

 

 

「お使いがてら、笠懸の早川沿いを探索しよう」ということで、今回は長昌寺と金山神社をめざします。

よくよく考えたら、JA新里とJA笠懸は市町村合併に先だって合併、みどり農協になってました。

地続きでお隣だったのです

 

新里駅の東を下り、武井遺跡を横目に、道なりに東に行きます。

早川の手前に、小さな交差点があります。

細い道に面して、香林(こうばやし)の如意輪観音(にょいりんかんのん)があります。

ここは、伊勢崎市赤堀町香林です。

こんにちは、お久しぶり

実は、この如意輪観音は道標にもなっています

この細い道は、境や伊勢崎に通じているのです

ということは、この細い道が、六道の辻からの山上道(やまかみみち)であったことになりそうです

 

反対側は、判読不能です

あれ、如意輪観音さま、ちょっと人相悪くなってませんか?

 

2018年1月の、お写真があります。

今日は、気のせいかちょっと険しいお顔です

また、優しいお顔にお会いしたいです

 

駐車スペースがないので、結局前の細道にちょっと路上駐車してしまいました。

そのまま進むしかありません

もしかしたら山上道を走ります

 

民家の前に大きな庚申塔です

 

県道に突き当たります。

あれ、首のないお地蔵様です

ますますこの細道が、山上道であると思ってしまいます

右折して、元の道に回り込みます。

 

香林の如意輪観音を過ぎると、西鹿田(さいしかだ)の表示です

早川の手前から、(みどり市)笠懸町なのです

ややこしい

ちょっとここら辺に路上駐車で、早川を確認です

西ノ原橋側道橋とあります。

そうすると、橋の名は西ノ原橋ですね。

早川です

西ノ原橋側道橋から、上流の眺めです。

車の流れが案外多くて、反対側の確認が思うようにいきません

でも、早川とあります

「にしのはらはし」とあります

 

これから早川を渡り、西鹿田の信号を左折して(北上し)、長昌寺を目指します

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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