Diary Of 酒田の人

田舎住まいの60代サラリーマンの趣味の日々

回想の古伊万里 52(印判手小野道風の図八寸皿)

2020-03-20 00:13:34 | 古伊万里
 前回に続いて明治期の印判手のお皿を紹介したいと思います
前回の「大阪造幣局大皿」は美濃あたりで焼かれた品でしたが、今回の品は産地が不明です
伊万里の可能性もありそうですが、何分にもこの分野は全くの素人なので判断がつかないのが現実だったりします。


お馴染みの蛙が柳に飛びつこうとしている有名な絵柄ですが、この品の場合、肝心の蛙君が他の文様に紛れて
目立たないというのが最大の難点であるように思います。(縁文様は唐草やら鶴丸やらを組み合わせた面白いものですが)
ちなみに、↓が蛙君の拡大です


さて、小野道風ですが、ウチの親の世代(昭和ひと桁)だと間違いなく知っているようですが
ワタシらの世代だと花札の絵柄としてのイメージが強いのは確かです。(勿論、カエルのエピソードは知っていますが)
以下はWikiからの転載ですが、なるほど戦前は教科書に載っていたんですね。

道風が、自分の才能を悩んで、書道をあきらめかけていた時のことである。ある雨の日のこと、道風が散歩に出かけると、柳に蛙が飛びつこうと、繰りかえし飛びはねている姿を見た。道風は「柳は離れたところにある。蛙は柳に飛びつけるわけがない」と思っていた。すると、たまたま吹いた風が柳をしならせ、蛙はうまく飛び移った。道風は「自分はこの蛙の努力をしていない」と目を覚まして、書道をやり直すきっかけを得たという。ただし、この逸話は史実かどうか不明で、広まったのは江戸時代中期の浄瑠璃『小野道風青柳硯』(おののとうふうあおやぎすずり : 宝暦4年〈1754年〉初演)からと見られる。その後、第二次世界大戦以前の日本の国定教科書にもこの逸話が載せられ、多くの人に広まった。戦後の道徳の教科書にも採用されている。そんなわけで戦前では知っているのが当たり前というほどの有名人であった。

花札の11月の絵柄が小野道風になったのは明治時代のようで、そのあたりのお話はコチラのサイトが詳しいので、興味のある方はどうぞ

ちなみにウチの道風の裏面は↓のような感じです

裏文様も良くワカラン感じのデザインですね。