公園の隅で、よく日に焼けた中学生が準備体操をしていた。どんな運動をするのか、しばらく眺めていたが、いつまでも準備体操を繰り返していた。
画像は27日、印西市西の原で撮す。
勉強は二の次まづは日焼せよ 風人子
句意はよく解る。
公園で枝打ちの作業がおこなわれていた。作業員がひとり車の荷台に乗って、打ち払った枝を積み込んだ。
画像は27日、印西市西の原で撮す。
枝打ちの下り立てる足とんと踏む 仁 喜
杉の木だろうか。梢あたりから次々と枝打ちして、最後は飛び下りて着地。
畑の箒草のような植物に、小さな黄色い花が咲いていた。
同行者が、
「これは、アスパラの花」
と、教えた。歳時記で調べると、別名は松葉独活。
画像は26日、印西市高花で撮す。
長女来て母と睦べり松葉独活 鶏 二
一句では長女にとって母は祖母、母にとって長女は孫だろうか。
昨春、「甘茶の花」の題で日記に載せた東祥寺の山門を彷徨していると、住職に本堂へ導かれた。
本尊の久谷焼の観音は、来春には秘仏の予定。画像は25日、印旛村鎌苅で撮す。
観音に近くねむりて明易し 英 俊
歳時記によると、「明易し」は夜の短さを惜しむ夏の部の季語。
合歓の花は開いていたが、葉はほとんど閉じていた。
歳時記によると、夜、葉が合うのを婚姻にたとえ、合歓の字があてられたという。
画像は今朝五時前、印西市草深で撮影。
ねむる葉に合歓の花影揺らす風 長
風が通り過ぎてから、葉も開いたのであろう。
ベランダのオクラに花が葉に隠れるようにして、小さく咲いていた。花のいのちは一日で終わった。
画像は21日、印西市西の原で撮す。
即身仏オクラの花の黄なるかな 千架子
即身仏が祀られているという、湯殿山での嘱目吟だろうか。
神社の修復作業がおこなわれていた。屋根職人が背筋を張り、跪いて瓦を葺き直していた。
画像は20日、印西市原山で撮影。
屋根屋去り梅雨晴の空残りけり みどり女
梅雨どきには、雨漏りが避けられない時代もあったのだ。
二人の女学生が語らいながら、中学の校門に入った。ミニスカート姿の女高生より大人びて見えた。
画像は19日、印西市西の原で撮す。
雛の娘のすでに中学ねびまさり 一 都
古語辞典をめくると「ねびまさり」には「年よりも大人びて見える」と「おとなになるにしたがって美しくなる」の二通りの意味があった。
里山の更地に、手づくりの円卓と腰掛が配置されていた。
家を建てる前に、庭づくりに着手したのだろうか。背後で竹が皮を脱いでいた。
画像は18日、本埜村中根で撮す。
まつすぐな音して竹の皮を脱ぐ 器
静かな竹林の径を歩いていたとき、大きな音がして跳びあがったことがあるが、竹が皮を脱いだ音だった。
街路樹の沙羅の木に、花が咲いているのに気がついた。根元には早くも散っていた。画像は17日、印西市西の原で撮す。
沙羅の花捨身の落花惜しみなし 波 郷
多くの歳時記が例句に選んでいるが、「捨身」にこめられた意味が解らない。
民家の庭に石榴の花が咲いていた。
画像は16日、印西市草深で撮影。
花石榴ピカソ嫌ひは肉嫌ひ あまり
ピカソと石榴とどういう関係があるのか調べたところ、スペイン語のグラナダは石榴のことで、6月のアルハンブラ宮殿には石榴が咲き乱れるそうだ。
蜘蛛の囲が雨滴を宿して、作りたての綿菓子、まるめる前の綿菓子のようだった。
画像は15日、印西市草深で撮す。
虹色に蜘蛛の囲懸かる雨上り 花 宵
雲は厚かったが、日がさしたときの蜘蛛の囲のイメージは描けた。