磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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長崎新聞新書018 霧笛の長崎居留地 ウォーカー兄弟と海運日本の黎明

2006年09月05日 | 読書日記など
『長崎新聞新書018 霧笛の長崎居留地
  ウォーカー兄弟と海運日本の黎明』
    ブライアン・バークガフニ(著)/
      山内素子(訳)/長崎新聞社2006年

いろいろな外国の方の力によって、
日本は豊かになっていることは誰も否定できないと思います。



表紙の裏にはこう書かれてあります。下「」引用。

「ストーリーは一人の英国人船乗りが、明治維新の日本に上陸したことから始まった。兄ウィルソン、弟ロバートのウォーカー兄弟は、日本の命運を握る海運の発展に、三菱の大型蒸気船の船長としておおいに貢献する。それぞれ栄光と挫折を胸に陸(おか)にあがった二人は、長崎外国人居留地の住人としてこの港町に碇を降ろした。しかし、国籍、混血児、戦争、原爆……家族は難破船のように歴史に翻弄される、居留地最後の外国人となるまで。」


長崎外国人居留地は、修学旅行でボクは行ったと思います。

明治19年までに土地の区画化は完成し、
かずかずの西洋風の高級住宅群が広がっていたという。

グラバー、リンガー、オルトの各邸宅と同様、
南山手三一番地のウォーカー邸は丘陵にあり、
長崎港から東シナ海へと島々が一望できたという。

キリンビールのことも書かれてありました。

また、聖人になられたコルベ神父のことも書かれてありました。

原爆が投下されるころには、軍隊は壊滅状態。下「」引用。

「トーマス・グラバーやウォーカー兄弟がその創設と育成にあたった日本が誇る帝国海軍艦隊、商船船隊は、この頃にはほとんど残っていなかった。」


爆心地から5キロというのに、
屋根瓦は飛び、爆心地に向いた窓のガラスは割れたという。

倉場富三郎という日本の市民権を得た方は、
連合国軍の上陸のとき自殺。

反逆罪と見なされると考えたのであろうという。

そして著者は書きます。下「」引用。

「倉場は半世紀以上にわたって日本人と外国人の相互理解のためにの奔走してきたことが、このような結末を生んだことを目の当たりにして、ロバートは悔しさと虚しさの苦い涙をこぼした。」






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