磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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ふくしまの子どもたちが描くあのとき、きょう、みらい。

2011年12月03日 | 読書日記など
『ふくしまの子どもたちが描くあのとき、きょう、みらい。』
   蟹江杏、佐藤史生・編/徳間書店2011年

絵:福島相馬の小学生たち



帯に書かれてあります。下「」引用。

「地震、津波、原発……
福島の子どもたちが
震災直後から
描いてきた
ありのままの心情。-略-」

植木が気になって……。下「」引用。

「その後、おじいちゃんは津波警報を受けて、いったんは公民館に避難しましたが、どうしても家に残してきた植木のことが気になったのでしょう。第一波が30センチだと小さかったので、自宅に戻りました。
 ところが、そこに、第二波の大きな波がやってきたのです。おじいちゃんは津波に飲み込まれてしまいました。萌さんは「おじいちゃんの命の次に大切なものは植木だったの」とぽつり言いました。」

苦情……。下「」引用。

「そうしたら、「原発が爆発したみたいだ」という噂が流れてきて、町中の人が手袋とマスクをして、帽子を被るようになったといいます。
「それでも、避難所にいる若い人たちの中には傘もささずに出歩いている人もいました。年配の方から『雨の降った中を歩き回って、そのまま濡れた服装で避難所に入ってきて、放射能はどうすんだ』という苦情が出ました」(佐藤みゆき先生)」

福島市の方が……。下「」引用。

「「私の娘がお産で実家に戻ってきており、3月5日に孫が生まれたばかりだったので、放射能の危険を心配して、15日に福島氏に避難させました。でも、2カ月後に相馬市より福島市のほうが汚染がひどいことが判明しました。『福島市のほうがひどかった』なんて、娘の前では口が裂けても言えないで゜すよ。正しい情報があれば、そういう判断はありえなかったのです。国の情報の出し方に怒りを感じますね」(佐藤史生さん)」

絵本に……。下「」引用。

「私は子どもの頃、絵本に救われた経験がありました。だから、絵本はきっと避難所暮らしの子どもたちを一時的にでも別の世界へ連れて行ってくれるのではないかと思ったのです。また、絵を描くことは、不安定だった私の幼少期の支えでした。白い紙におもむくままに線を描いているだけで、気持ちが落ち着くことがあります。たくさんの色を紙に載せるだけで、気分が明るくなります。」

活動に……。下「」引用。

「その10通のメールから、「被災地の子どもたちに絵本と画材を届ける」活動がはじまりました。私のメールを受け取った友人たちが賛同し、ブロやツイッターなどで発信してくれたのです。」

津波の絵。下「」引用。

「最初、私は津波の絵を描かせるのはどうかなと心配していましたが、子どもたちは『どうだ』と言わんばかりに津波の絵を描きはじめました。描いた後、『津波の絵を描いて、スキッとした』と言っていました。」

相馬に7500冊の絵本。下「」引用。

「現在、相馬に送られた7500冊の絵本は、手描きダンボール箱に入った「こばこ文庫」として、相馬市の小学校の各教室を巡回しています。30冊の絵本が入っていて、クラスの全員が読み終わった頃、次のクラスへ移動していきます。」








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