磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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勝海舟の参謀 藤沢志摩守

2010年03月24日 | 読書日記など
『勝海舟の参謀 藤沢志摩守
   安西愈・著/新人物往来社1974年

表紙の裏に書かれてあります。下「」引用。

「さまざまな運命をたどった旧幕臣のうちでも、藤沢志摩守は異色ある開明派の一人だった。洋式陸軍の生みの親である一方、絵筆をとって洋風画に先鞭をつけた。永らく維新史のかげに埋没していたが、知行所との関係から鍬を入れ、ひとまず発掘が済んだので、ここにその生涯を報告する。勝海舟らの活躍の裏には、志摩守のような“縁の下の力持ち”のいたことを、知ってもらえたらありがたい。」



軍艦奉行となり、それから歩兵奉行へ。

フランス軍事教師団が来日。

海舟の参謀……。下「」引用。

「志摩は、江戸は開城すべきだと信じ、過激派の抑制に力を傾けようとする。箱根に迎え撃つなどとんでもない暴挙だ。そのことは洋式陸軍の生みの親・育ての親であるおれが一番よく知っている。幕軍の士気・統帥・装備・補給の面に欠陥が多いことは、文久三年の旗本クーデターや小笠原老中の率兵上京、元治元年の下妻戦争で思い知らされ、今回の鳥羽・伏見での醜態には全く絶望させられた。
 そういう軍事的見解のほかにも、志摩は新しい予測を抱いている。桂川にゆかりある生家には尊皇の伝統が底流し、早く義兄木村摂津守や親友福沢諭吉・水品楽太郎らから西洋文明の卓越性を教えられ、近くはフランス軍事教官に接して、この国の遅れを痛いほど感得した。」

「あとがき」に書かれてあります。下「」引用。

「どの人名事典の類にも、藤沢志摩守次謙はまだ採録されていない。それに不平な私だって、志摩守を明らかに知ったのは最近である。故郷の昔を調べてゆくうち、またまた出会って跡を追う気になった。-略-」







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