我われ日本人は数学大国の末裔なのに、数学が嫌い、苦手だという人が多いのはなぜだろうか。
子供の数学が伸び悩む背景の1つに、母親の存在、意識がある。文系の母親というのは、心の底では算数や数学はつまらないものだと思っていて、言葉の端々にそれが出る。
「算数なんてさっさと終わらせれば本をたっぷり読めるでしょ」とか、そういう言い方をする。イヤな算数、数学は早く終わらせちゃいましょうと、子供を洗脳しているわけである。
逆に理系の母親にも落とし穴がある。自分の水準が高いから、「なんでこんなことが分からないの」というような言い方をして子供を算数嫌いにさせている。子供は楽しく算数をやっていたはずなのに、そういう大人の言葉が芽をつぶしてしまうのだ。
別にその母親はダメ親ではなく愛情に満ちているのだが、自分を客観的に見ていない。そして不安定で大らかになれないという状況がある。それは話し相手がいないからだ。男は仕事もあるし外で評価されたりして頑張れるが、母親たちは孤立し、イライラしている。
大半の女性はいわゆる数学的なものを拒否しながら生きている。拒否というよりも、つくりが違う。男は論理が好きだし突き詰めたくなるけれど、女性はそうでもない。数学が得意な女性もいるが、数学オリンピックなどでも賞を取るのは男のほうが多い。男のほうが向いているということはあると思う。
女性が数学を学ぶことの面白さ、喜びを分かれば子供たちにも絶対にいい影響がある。だから、母親たちを楽にすることで、結果として子供たちが生き生きとする仕組みを作りたい。
今の公教育に欠けているのは、面白さを伝えることだと思う。分かった、よっしゃと思った瞬間の快感を知っている子供は、それを中心に勝手に動き出す。
公教育についてさらに言うと、算数、数学に限らず死んだ状態である。仕組みを維持することに汲々として、免許制度にしがみついている。
変革するのは簡単だと思う。人事制度に手をつければいい。塾の先生はほとんど教員免許を持っていないが、親や生徒から圧倒的に信頼されている。
なぜなら塾の先生は日々生徒の目にさらされ、生徒を魅了しなかったらアウトなので必死にやっている。そこが学校の先生との差である。
みんな平等を是としていて、それはいいことだと思っているが、ちょっと行き過ぎている。競争を避けるのは学校だけではなく、企業の中にも蔓延している。医療の世界でもそのようである。日本の問題はすべてそこに集約されると思う。
競争否定というのはダメだ。競争することによってアイデアが出るのに、競争しなかったら先生たちも工夫しない。しかし、そういう競争は教育界ではすごく反発がある。
それで何をやるかというと、時間数を変えたり教える内容を変えたりしている。でも、それでは本質的なところは良くならない。本気でやって子どもたちを伸ばしたことが評価されるようにしないといけない。
すべての学問の基本は数学である。
学問だけではなく、世界は数学でできている。これが基本である。数学を伝える人、使う人、作る人、これを数学の3つの「つ」と言っているのだが、この3つがすべてこれほどたくさん存在している国は世界中で日本だけである。
これだけ数学を伝える学校の先生がいて、数学を作る数学者がたくさんいて、これだけ数学を使って世界最高水準の製品を作る企業が日本にはある。
ただ残念なのは、3者の連携が取れていないせいで日本人が数学大国であることをみんなが知らないことである。
<了>