龍の声

龍の声は、天の声

余語翠巌老師 ①「悟りとは、気づくこと」

2011-06-02 08:23:03 | 日本
今朝の夢、

それは、わが輩の尊敬する大雄山の山主だった余語翠巌老師の夢です。

「寂しさも、是また煩悩なり。煩悩即菩提なり!」

食欲、性欲、物欲、名誉欲、人間にはいろんな欲望という煩悩がある。
煩悩がある故、悩む。
しかし、その煩悩に、悩む思いに、素直に感謝することで、煩悩がそのまま菩提の位、輝く命の顕れとなる。

丁度、食事をするとき、「いただきますー」と言って両の手を合わせて感謝の合掌をする。
その感謝の形こそが「煩悩即菩提」の型である。
寂しさも同じだ。
寂しさを感じたら、そのこと自体に感謝するのだと説かれた。

目から鱗が落ちた。

これから6回にわたり、余語翠巌(よごすいがん)老師の言葉を記す。
じっくりとかみ締め、安心の生き方を体得して欲しい。


①「悟りとは、気づくこと」

悟りと言うのは大変なことのように聞こえるが、悟りとは、要するに「気づくこと」だけなのである。
天地いっぱいの自分が事実としてここにある。
そのことに気づくだけのことである。気づいても、気づかなくても、なんら変わらない事実に気づく。
そういうことです。気づけばそれでいい。
しかし、気づかなくても、それはちっとも変りはしない。
気がついたからといって、どうということはない。事実というのは、気づく、気づかんに関わりなく、そこに厳然としてあるものである。

そういうことがわかってくると、安心できる。
人生には、誰でも気づく瞬間がる。



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