坂東太郎のよく分かる時事用語が非常にわかりやすい。
以下、要約し記す。
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今年の通常国会が22日から始まります。2018年度予算案はもちろん、安倍晋三首相が掲げる「働き方改革」に向けた法整備が大きな焦点になります。一方で、首相が意欲を見せる憲法改正をめぐる動きも注目されます。首相が言及した「2020年の施行」には実はあまり時間がないからです。ここでは、憲法改正へ向けた基本的な流れや想定されるスケジュールを考えてみます。
◎「2020年の新憲法施行」目指す
安倍晋三首相が憲法改正に向けた具体的なスケジュールに言及したのが昨年5月3日の憲法記念日。「2020年から施行したい」と希望を述べ、9条に3項を加えて自衛隊を合憲とするのと教育の無償化を具体的な目標としました。首相ではなく「自民党総裁」、つまり改憲を「党是」とする与党第一党党首としての発言です。
というのも、改憲は憲法96条で、国会の発議(国民への提案)と国民投票が必要だと規定しているからです。国会すなわち立法府が「主」なので、行政府トップの首相が改正を推進するような行為は三権分立を犯すと非難されかねないのです。もっとも、首相は野党議員からの質問主意書(内閣の見解を問う)に対する答弁書(政府の統一見解)で、「憲法に関する事柄を含め」「国会に対して議論を呼び掛けることは禁じられているものではな」いとしています。首相もまた国会議員ですから。
いずれにせよ、ここから「2020年施行」へと、にわかにざわめき始めたのです。
◎憲法改正までの流れ
憲法の「施行」とは、改正憲法が効力を持つように実施する状態にすることです。そのためには、おおよそ次のような段階を踏まなければなりません。モデルケース(一番あり得る流れ)を仮想してみました。
(1)改憲したい勢力が原案(叩き台)を作って各党と話し合って合意を得る(絶対ではない)
(2)憲法改正の原案を衆議院に提出する。衆議院で100人以上、参議院50人以上の賛成が必要
(3)本会議で審議(趣旨説明や質疑)される
(4)衆議院憲法審査会(50人)での審査を行う。質疑はもちろん公聴会(識者らの意見を聞く)を開かなければならない
(5)採決。出席議員の過半数が賛成すれば可決。本会議に送られる
(6)本会議で総議員の3分の2以上の賛成があれば可決。参議院へ送られる
(7)参議院でも(3)から(6)までの過程を経る。なお参議院憲法審査会は45人。本会議で総議員の3分の2以上の賛成があれば改憲が発議される
(8)「国民投票」への運動期間がスタート。60日から180日
(9)国民投票を実施。投票総数の過半数が賛成すれば成立。天皇が国民の名で直ちに公布する。「直ちに」を国会法66条で準用すると30日以内
(10)新憲法「施行」。公布から何日という決まりはない。日本国憲法そのものは半年であった。憲法100条を準用すると「公布の日から起算して6箇月を経過した日から」施行する
なお憲法改正に先議権(衆議院から始めなければならない決まり)はないので、参議院から審議スタートという可能性もあります。憲法審査会は自ら改正原案を提出できるので、そういう道筋への変更も考えられるのです。
◎意外にスケジュールは窮屈?
安倍首相は先の憲法記念日における「2020年までに施行」発言を、後に改憲への関心を高めたかったのが狙いで「スケジュールありきではない」と再三否定しています。しかしいったんスタートした以上、日程のメドなしではダラダラ続くだけ。メドとしての2020年は事実上残っています。
仮に「2020年12月31日の施行まで」とするなら、逆算すると、その半年前には新しい憲法を公布(広く国民が知れる状態に知ること)し、その30日前に国民投票を終えていなければなりません(筆者が設定した「準用」通りならば)。おそらく初の国民投票となるので、その運動期間は最大の180日(約6か月)を選択するとみられます。すると、国会の憲法改正案の発議は、遅くともざっと2019年11月までに行う必要があるでしょう。
今はまだ2018年1月。「まだまだ余裕がある」と思われがちですが、意外とスケジュールは窮屈です。まず18年、19年のそれぞれ1月から始まる通常国会は3月末まで予算が最大のテーマなので、改憲を国会で本格的に取りかかれるのは4月以降になります。18年9月には自民党総裁選が予定されていて、今のところ「安倍1強」は揺るがないとみられているものの、そこは「政界は一寸先は闇」。6月20日の会期末を大幅延長できるかどうかがカギになります。
◎自民党案の取りまとめはいつ?
現在の状況を見れば、改憲論議の主体となるのは、言うまでもなく自民党。憲法改正の「原案」を提出できる衆議院100人以上、参議院50人以上を優に超えるだけの議席があるばかりか、憲法審査会で過半数、衆議院で連立相手の公明党と合わせて「3分の2」を保持している上、参議院でも公明党や改憲に前向きな「日本維新の会」や無所属を含めて「3分の2」を確保しているからです。
ところが肝心要の自民党内で、意見集約が十分とはいえません。党憲法改正推進本部(細田博之本部長)は昨年12月「憲法改正に関する論点取りまとめ」を発表しました。「4テーマ」が挙がっていて、一致をみたのは
(1)47条改正。都道府県をまたがる合区を解消し、参議院議員選挙の半数改選(3年)ごとに都道府県から少なくとも1人が選出可能となるように規定する
(2)26条に3項を新設し国が教育環境の整備を不断に推進すべき旨を規定する
の2つ。一方で本丸とおぼしき9条と新設する緊急事態条項は2案を併記するに止めました。
(3)9条は
(a)1項・2項を維持した上で自衛隊を憲法に明記する
(b)9条2項を削除し、自衛隊の目的・性格をより明確化する
(4)緊急事態条項は
(a)選挙ができない事態に備え、国会議員の任期延長や選挙期日の特例等を憲法に規定
(b)政府への権限集中や私権制限を含めた条項を憲法に規定
です。
9条の見解が分かれた主な理由は、「2項維持」案が安倍首相案であるのに対して、「2項削除」は2012年にまとめ、同年の総選挙で公約へ盛り込んだ「自民党憲法改正草案」にある「国防軍を保持する」が念頭にあります。「この公約で民主党から政権を奪還したはずだ」という筋論が党内に根強いのです。
◎憲法改正案の国会発議はいつ?
というわけで、「参議院で3分の2」に欠かせない(足りないと発議できない)公明党と日本維新の会が、それぞれ自民党の示す「4テーマ」に不満や懐疑を抱いています。そのあたりを解きほぐしておかないと、発議にまでたどり着けないでしょう。何だかんだと了承を取り付けても採決強行を繰り返したら、肝心の国民投票に悪影響を及ぼしかねないので慎重に歩を進めざるを得なさそうです。
最短コースは、18年の通常国会で憲法改正案を発議して年末までに国民投票を実施というパターンでしょうが、極めてタイトなスケジュールです。そこで、通常国会では改正原案の国会提出と憲法審査会の審議入りぐらいにとどめて改憲現実化の印象を与えるまでとし、9月の自民党総裁選で安倍首相が再選された後に、臨時国会を召集して発議にこぎ着け、19年の早い時期に国民投票というプランも浮上しています。この場合は4月の統一地方選挙までに国民投票をしなければならないでしょう。
ここを逃すと、19年の通常国会での発議を目指すしかありません。やはり日程が大変です。前述の通り、通常国会は予算が先なので4月からスタートしたら、さなかに統一選と天皇陛下の退位(4月30日)および皇太子さまの即位と改元(5月1日)が待っているからです。国家の一大イベントの最中に発議云々で揉めまくるというのは避けたいところでしょう。
ならばいっそ、20年通常国会で発議はどうかという声もあります。だとしたら国民投票は五輪後となるでしょう。
◎国民投票の時期はいつ?
国会による憲法改正案の発議から国民投票までは、「60日から180日」と決まっているので、「いつ発議されるか」と同じ意味合いとなります。18年内は現時点で視界不良。19年は大急ぎで発議しないと、あっという間に4月の統一選、天皇退位、新天皇即位・改元とぶつかる困難な日程となってしまいます。
そこで注目されるのが、19年7月の参院選。国民投票を同日で行うのはどうかという仰天プランを唱える向きもあります。しかし、公職選挙法と国民投票法という異なるルールが並立する状態で突入すれば、有権者の混乱は必至ですし、参院選ともなれば、公明や維新も含めて、党の独自色を出さざるを得ないので、遠心力が働く恐れがあります。何より参院選をしながら「合区解消にイエスかノーか」を問うのは奇妙ですしね。
といって、参院選後というのも難しい。選挙で改憲勢力が3分の2を失えば、発議後であったとしても正当性に疑問符がつくし、発議前ならばすべてが“元の木阿弥”です。9月にラグビーW杯が日本で開催され、秋には新天皇の即位の礼が催されます。いずれも世界中から要人が集い、特に即位の礼で首相がてんてこ舞いの「即位外交」で忙しくなるのは必至。10月1日には消費税10%引き上げが予定されているので、それまでに「上げるかどうか」の判断も必要になってきます。
初めての国民投票なので、推進側には当然「否決リスク」もあります。自民党は、衆議院は与党で3分の2、参議院で単独過半数の議席を持つので、予算案や法律案では基本的に「否決リスク」はほぼありません。ゆえに恐ろしい。欧州連合(EU)残留派のキャメロン英首相と議会上院改革賛成派のレンツィ伊首相は、国民投票で自らと異なる側の勝利を受けて辞任に追い込まれました。
◎国民投票はなぜ行われる?
国会が憲法改正案を発議した後に行われる国民投票は、なぜ実施されるのでしょうか。それは、憲法96条で改正には国民投票による承認が必要であると定められているからです。対象となるのは18歳以上の全国民(2018年6月21日以降)。なぜそのように定められたのかは諸説あります。日本国憲法は「最高法規」で国のあり方を決めており、国民が主権者。憲法学者の多数派によると、個人の基本的人権を保証し、国家の権力を制限する役割があるとされています。
他方、日本国憲法は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」(前文)「国会は、国権の最高機関」(41条)と議会主権的な決まりを掲げており、事実として、すべての法律が国会で作られています。憲法改正だけ国民投票を要件としたのは、憲法改正がそれだけ重大事で、主権者の意思を直接反映する必然性があると考えられたからと思われるのです。