龍の声

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「母の遺言」

2014-05-09 07:52:32 | 日本

「母の遺言」

藤川幸之助

24年間、母に付き合っていたんだもの
最後ぐらいと、祈るように思っていたが、
結局母の死に目には会えなかった。

ドラマのように突然話しかけてくるとか、
私を見つめて涙を流すとか、
夢に現れるとかもなく、
駆けつけると母は死んでいた。

残ったものは母の亡骸一体、
パジャマ3着、余った紙おむつ、
歯ブラシとコップなど、袋2袋分。

もちろん何の遺言も、
感謝の言葉も、どこにもなかった。

最後だけは立ち会えなかったけれど、
老いていくの姿も、
母の死へ向かう姿も、
死へ抗う母の姿も、必死に生きようとする母も、
それを通した自分の姿も、
すべてつぶさに見つめて、
母を私に刻んできた。

死とはなくなってしまうことではない。
死とはひとつになること。
母の亡骸は母のものだが、
母の死は残された私のものだ。
母を刻んだ私をどう生きていくか。
それは命を繋ぐということ、

この私自身が母の遺言。



「おむつ」

藤川幸之助

はじめて母のおむつを替えた。狭い便所の中で、母は立ったまま
左手の指を口にくわえ、
しゃがんだ私を見下ろしていた。

おむつをあけると柔らかいウンコがたっぷり。母がそれを触ろうとするので、「母さん、しっかりしろ!」と怒鳴ると、
母は驚いてヨダレを垂らしはじめ、
私の頭に次から次に、ヨダレが垂れてきた。

私がひるんだすに、母はウンコを触った。
「母さん」とあきれて言うと、呼ばれたと勘違いして、
ウンコのついた手で私の肩を触ってきた。
もう、うんざりの私は、
母のおむつをウンコごと床に投げつけた。

おむつを漢字では、
衣偏に強く保つ、
心の辺も強く保つと、
いつもいつも自分に言い聞かせた。

はじめて母のおむつを替えた日、
こんなことをしている間に仕事がしたいと焦った。
これでは自分の人生は台無しだと悲しかった。こんなことが、いつまで続くのかと不安になった。

母の手を引いてトイレを出ると、
母は気持ちがいいのか満面の笑みで、
周りの人たちに愛嬌をふりまいていた。

なぜか私も一緒になって笑って歩いた。


※藤川さんは、60歳でアルツハイマーと診断された母を、24年間介護され、その中で気付かれた事を詩集にまとめられました。