夜泣き屋_ブログ店

僕がいなくなったときに、ウチのチビたちが楽しめるような、「ウチのチビたちのためだけの千夜物語」を目指します

ep50 「机の上のアンコロ星人」

2006-02-11 07:42:15 | 創作の話

「机の上のアンコロ星人」

日曜日の朝、コータはあまりのまぶしさに目を覚ました。お母さんが厚いカーテンを開けて降りて行ったあとらしく、レースのカーテンが窓いっぱいの真っ白い朝の光を受けてまぶしく輝いているように見えた。
「ううん、まだ眠たいよ。」
閉じかけた目で自分の机の上を見ると、がく然として目が覚めた。そこには、よれた灰色の背広を着た、おじさんが正座していたんだ!
「だ、だ、だれですか?」
コータがしどろもどろになってたずねると、そのおじさんは、
「私の名前かい?いい質問だねぇ。私の名前はアンコロ星人と言うんだ。歳は十万四十五歳だよ。」
と、答えた。普通に四十五歳って言えばいい話なのに、わざわざ十万をつけるあたりが、いかにもオヤジって感じのおじさんだ。よれた灰色の背広の下には、えりの広い白いワイシャツ、ネクタイはせずにボタンを上二つはずしている。残業で疲れて帰ってきたときの父さんのかっこうにちょっと似ていた。縁が太くて真っ黒のおおきなダサダサな眼鏡をかけていて、ほほはこけやせている。顔は日焼けしたのか、肝臓が悪いのか、赤茶色く見えた。
「君は、いつまで寝ているつもりなんだね。そろそろ勉強をはじめようじゃぁないか。それから私がたった今ボケたのに、スルーして《ツッコミ》をしなかったね。だめだよ、ツッコミを忘れちゃぁ。以後気をつけなさい。」
「は?」
コータの頭に大きなハテナ「?」が浮かんだ。
「ええ~っと、今から、勉強するんですか。」
「そうだよ。そのために机があるんだろう。勉強したまえ。」
「はぁあ、でも、その机の上に、おじさんがすわっているので、勉強できないんですけど・・・。」
「はっはっは。さすがに君は二十一世紀の子供だねぇ。そんなことを言ってると二宮金次郎に笑われるぞ。」
「二宮金次郎ってだれですか?」
「ああ、二宮金次郎かい?教えてあげよう。ふつうに勉強すればいいのに、『自分はこのスタイルが一番落ちつくっス!』って言って、薪(まき)をかついで勉強することをやめなかったという、『薪かつぎ勉強法』を考案した伝説の勉強家だよ。ときどきアチコチの学校で『薪かつぎ勉強法』をしすぎて体が固まっちゃった人がいるのは、このためなんだよ。」
「・・・あ、あのう、・・・それちょっと違いません?なんかウソっぽいんですけど。」
アンコロ星人が何か言いかけた時、部屋のドアがガタッと開いて、母さんが入ってきた。
「コータ!いつまで寝てるつもりなの!さっさと起きなさい!朝ご飯が片付かないじゃないの!」
「あ、はい。でも、机の上にアンコロ星人が座っててね。・・・。」
「は?何ワケのわかんないこと言ってるんの!熱でもあるんじゃないの?・・・・熱はないわね~。どっか痛いとこあるんじゃないの?」
「うんにゃ、ないよ。」
「じゃぁ、さっさとするのよ!」
「ねえ、ホントに机の上のアンコロ星人が見えないの?」
「もう!からかうのはいい加減にしなさい!さっさと食べるのよ!」
お母さんはガタンとドアを閉めて出て行った。
「クックック、むだなことをしたもんだねぇ。私のようなアンコロ星人は、君のように『心の美しい子供』にしか見えないのだよ。ハッハッハ。」
心のきれいな子供にしかみえないモノが、こんなモノとは、なんともアリガタメイワクな話だ。
「さぁ、勉強に備えて、さっさと朝食をすませてきたまえ。」
キツネにでもつままれたような気分で朝食をすませて、部屋にもどると、やっぱりそこにアンコロ星人は正座していた。
「食事が終わったら、きちんと歯を磨いたかね?」
「あ、忘れた。」
って言って、大急ぎで歯を磨いてもどってくるとやっぱりそこにアンコロ星人は、正座していた。
「アンコロ星人は、朝ご飯食べないの?」
と、たずねると、
「アンコロ星人の主食は、梅干とサバの缶詰なのだぁ。」
と答えるので、持って来てあげた。アンコロ星人は、梅干をぺロット食べて、サバの缶詰を食べだした。
「地球のサバの缶詰はあっさりしてるね~。アンコロ星のは、もうちょっとバニラ風味が効いてるような気がするよ。」
「それどんな食べ物ですかッ?」
間髪入れずにコータがそう言うと、アンコロ星人は、ゲッツのかっこうをしながら、
「うまい!ナイスつっこみ!。」
と、上機嫌になった。そして、アンコロ星人にサバの缶詰まるまる一個は多すぎる、と言って半分分けてくれた。コータは朝ご飯を食べたばっかりだったので、ありがたいのか迷惑なんだか、複雑な気持ちになった。
 アンコロ星人は、人には「歯をみがけ~」とか言っておきながら、自分では歯をみがかなかった。
「では!さっそくおまちかね!今日のお勉強をしようかね。昨日は、『つっこみ』を勉強しましたね。では今日は、『くりかえすおもしろさ』のお勉強をしましょう。」
「は?そんなツッコミの勉強なんかしてないし!」
「ナイスつっこみ!」
アンコロ星人はまた、ゲッツのかっこうをして、
「つっこみの復習は完璧だね!」
と喜んだ。
「さて、『くりかえすおもしろさ』ですが、これは、初めはあまりおもしろくなくても、何度も何度も同じことを言ってる間に、だんだんおもしろくなってくるという、ちょっとした力技です。え~では、先生がやって見せますから、注意して見ててね。」
アンコロ星人は、息をすぅ~っと吐くと、またすぅ~っと大きく吸い込んだ。そして、
「え~カエルがひっくりかえる・・・・どうだ?きたか?カエルがひっくりかえる・・・そろそろきただろう、カエルがひっくり返る。」
アンコロ星人がおもしろい顔をするので、コータはぷっと吹き出してしまった。
「どうですか、わかりましたか?これが、『くりかえすおもしろさ』です。」
「だって、アンコロ星人がおもしろい顔をするから笑っただけだよ。」
「コータくん!素晴らしい!すごくいいところに目をつけましたねぇ~!これは、二学期の成績は、きっと『よくできる』になりますよ!そうなんです!くりかえしながら、だんだんとおもしろい顔をするのが、これのコツなんです。だって、元々おもしろいことを言ってるのなら、一度言えば、笑うはずなんです。だけど、おもしろくないから笑わない。それをくりかえすことで笑わせようとするわけですから、多少の反則はしないとダメってのが、力技の所以です。」
「へぇ~。」
コータが妙に感心していると、アンコロ星人は体をひねって、本棚から「くりかえしドリル」を出した。
「ほら、ここに『くりかえしドリル』ってのがあるでしょう。地球でも『くりかえし』の大切さはわかっているようです。このくりかえしドリルで、くりかえし『くりかえし』の復習をすることによって、『くりかえし』がかんぺきにできるようになっておきましょう。」
「あのう、言ってる意味がほとんどわかんないんですけど・・・・それと、先生、それ、くりかえし漢字ドリルなんですが・・・。」
「では!一時間目の学習、わかりましたか?」
「はぁ。」
「では、二時間目のお勉強に入りますよ。二時間目のお勉強は、《ヒマな時間の過ごし方》でしたね。このまえまでに、ヒマな時間の過ごし方として、「手遊び」と「貧乏ゆすり」を学習してきました。しっかりわかってるでしょうね。それでは、今日は、その続きです。今日は、《ヒマな時間の過ごし方》でもっとも難しい、「ボーっとする」の学習をしたいと思います。では、初めてでうまくいかないかもしれないけど、まず一緒にやってみましょう。サンハイ!
 ボ~~~~~~~~~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 そのころ、リビングではお父さんとお母さんとハル姉と弟のシュンタがテレビを見ながら、話をしていた。
「ねぇ、アナタ、コータったらおかしいのよ。部屋で独り言をブツブツ言ったり、『母さんにはアンコロ星人が見えないの?』ってたずねたり・・・どうしちゃったのかしら・・・。」
「はっはっは、大丈夫なんじゃないの?」
「この間から、漢字のテストが悪いから、アナタがつきっきりで特訓させたりしたじゃない、すっごくきびしく、それでなんかストレスがたまってるんじゃないのかしら・・・。」
「まさかぁ。」
「どーせコータはまた、寝ぼけてたんじゃないの?」
と、ハル姉が口をはさんだ。シュンタは、みかんを食べながら、次のみかんをむいていた。
「ちょっと心配だから、様子を見てこようかしら・・・。」





「ねぇ!あなた!大変!大変!コータが口をあけて、ぼんやりしてるわよ!。イスにすわったまま!」
「どれどれ・・・」
「私も見たい!」
ハル姉がついて来ようとすると、
「だめよ!ちょっとリビングにもどってなさい!」
とお母さんにしかられていた。
「ホントだ。大丈夫かいな・・・ちょっと勉強のこと厳しく言い過ぎたかなぁ。」
「ちょっと反省しましょうよ。追い詰めるのはあんまりよくないわ。」
「ホントだね。午後から、公園にでも連れて行って、ちょっと遊んでやるか。」
「じゃぁ私は、今からおにぎりでも作るわね。ハル、ちょっと手伝ってくれる?」
「うん、いいよ。」
「シュンタは、みかんを公園に持っていくから、みかん全部食べちゃだめよ。」





「先生、『ほんとにぼーっとする』っての難しいですね。」
コータはいつのまにか、アンコロ星人のことを《先生》と呼んでいた。
「素晴らしい!すごくいいことに気がついたねぇ~コータくん。何にも考えないつもりでも、何かしら考えちゃうもんなんだね~人間ってねぇ。」
「・・・ところで、一つ気になることがあるので質問してもいいですか?先生。」
「なんでもどうぞ、コータくん。」
ちょっと聞きづらそうな顔をしてから、コータは勇気を出してたずねた。
「先生の教えてくれることって、あんまり役にたたなそうなことばっかりですね。」
アンコロ星人は、「はっ!」とした顔をして、そして、コータの顔を悲しそうな目で見た。何かをすごく言いたそう顔で、まじまじとコータの顔を見て、大きな黒縁の眼鏡をはずすと、よれよれの背広の袖口で涙をぬぐって、こう言った。


「君は、聞いてはならないことを聞いてしまったね・・・・それに気がついた子には、先生は何も教えることはありません・・・それでは、私はアンコロ星に帰ることにします。短い間ですが、みなさんとお勉強できて、先生はとっても楽しかったです。これまでありがとう、さようなら・・・。」
「先生!『みなさん』って、ココにはぼくしかいません!」
アンコロ星人は、もう一度、よれよれの袖口で涙をぬぐうと、ニコッと笑って、
「グッ!素晴らしい!そのツッコミの間を忘れないように・・・アンコロ星人からのお願いだよ。」
と、言い残したかと思うと、ぼわんと、すごい音と煙を出して、机の上から消えた。
 コータの部屋は、真っ白い煙でもくもくになった。びっくりしたお父さんやお母さんが部屋に飛び込んできた。
「だいじょうぶ!コータ!どうしたの?」
「コータ!タバコなんか吸ってないだろうな!」
「アンタ、花火の分解なんかしてないでしょうね!」
「にいちゃん?」

「なんにもしてないよ。アンコロ星人が、帰って行っただけ。」

「アンタ、何わけのわからんこと言いよると?バッカやない?」
口をとがらせたハル姉を制してお父さんが言った。
「まぁ、いいたい。今日はみんなで公園にも遊びに行こうな。な!コータ。」

 すごく叱られると思っていたコータは、なんだか拍子抜けだった。




 あれから、もう二十七年たってコータも十万三十五歳になった。コータは、今でもあの時、アンコロ星人が何か言いたそうな顔だったことが忘れられない。
「あんとき、アンコロ星人、何が言いたかったのかなぁ・・・。」

 あの頃の自分と同じ歳になった自分の子供をみながら、コータは時々考えてしまうのである。


                       おしまい。