お散歩日記 復興の日目指して

写真付きで見たことや日々感じたこと、震災に遭い今感じていることなど、記録にとどめたい。

河北新報のいちばん長い日を読み始めて

2019-02-19 14:16:15 | 日記

増えすぎる本をなんとかしようと、引っ越しの時に突っ込んだままだった箱をあけました。

そこに確か5年前か4年前に購入した「河北新報のいちばん長い日」という文庫がでてきました。

あの時は、買って置かなければと思い購入したものの、1ページも読めなかった。あの日の事がフラッシュバックしてページを開けない。

そうしてそのまま箱に入れ引っ越した。とうとう本そのものの存在さえ忘れていました。 だがら、見つけたのは読みなさいという天からの声だろう。読めるかどうかびくびくものでした。                  8年という月日はとにもかくにも人を前に進ませてくれているのですね。

あの日何があり、新聞記者たちは何を見たのか、冷静に読み進めることができています。まあ、ページをめくるたびに涙が自然と次から次とあふれては来ますが。

明治維新以後賊軍となり  白河以北一山百文と軽視されてきた東北地方で、反発心を抱きあえて河北という名を冠した新聞社の 地域に寄り添い、地域の目線で記事を書き続けるという精神のもと

3月12日朝刊を出し、今もずうと震災関連の記事を出し続けている姿に感謝します。

あの日 サーバがダウンしてどうしても朝刊を出せないという危機。その時の社長の一力雅彦の言葉に新聞社の使命を見ました。

「われわれは地域の住民に支えられて百年以上、この地で新聞を出すことができた。その住民が大震災で苦しんでいる。今こそ恩に報いる時だ。・・・・中略。・・・                                  だが、いかなる状況になっても新聞を発行し続ける。それが使命であり、読者への恩返しだ」


避難所で河北新聞を二日後か三日後に見た時、そこにいるすべての人が、どうなっているのか情報が知りたくてみんな群がって行ったシーンが、まざまざとよみがえりました。各避難所に数人分しか配布されなかったのでしょうが、どれだけ情報に飢えていたか、どれだけ助けられたか。

すべて読み終えるにはまだまだ時間がかかります。読むたびに止まってはため息と涙と、そうだったのかというなんとも言えない気持ちが起こります。

それでもこれからおこる災害にとってこの本の果たす役割は大きい。買って置いた私に 思わず 偉いと言ってしまった。あと20日後で3.11は8年目に突入。                             30年周期でくるという宮城沖地震。

あと22年後私は生きているのでしょうか。その時はもう逃げる力も無くなっていて、(私はいいから若者が先に逃げなさいと言った老人たち)のようになる番かもね。

若者を犠牲にしてまで生きたいとは思わないぞという覚悟はできてます。この本の記者たちのように。 

             

 

 

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2019年 2年ぶり東北蘭展に行ってきました。

2019-02-08 14:24:13 | 旅行

2019年 東北蘭展より 今年のテーマは自然への回帰でした。ディスプレーが例年より少なく残念。 園芸店がすくなくなっているのでしょうかね。来年は開催できるのでしょうか。今年は結構人が集まっていましたが。この後すぐ東京で世界蘭展があるのでそちらに力が入ってしまったのかも。時期をずらせないのでしょうね。

大型の胡蝶蘭よりも 小型のかわいらしい蘭を使っているものや珍しい蘭が多かったように思います。

 

アマゾンから採取された珍しい蘭も展示されていたようです。新しいものの値段はとても高くビックリ。

ADA写真より アマゾン河の様子

水草と熱帯魚のアクアリームも展示 

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節分の行事から

2019-02-01 22:49:02 | 日記

節分には、皆さん豆まきをなさるのでしょうか。我が家は子供たちがいた時は必ず豆まきをしていました。

今は、主人が頑固なのでむかしのままに一人で豆をまいて、拾っています。

ところで、柊イワシを飾りますか・?もちろん京都あたりではかざるところはあるでしょうが、都会ではましてやマンション住まいの方はないでしょう。

我が家も柊自体植えていないのでやってませんが、今年は小イワシを釣った人からたくさんいただきました。

味噌煮にするには小さく、オイルサーデンには大きすぎる。何とも困りはて。そうだ魚がない時期に保存食として、干そうと日向で干しました。

ついでに、柊いわしをつくって見ました。乾燥中のイワシ

本当は柊の枝で焼いたいわしの頭や目を刺すのですが、柊自体がありません。園芸店で葉を分けてもらいました。葉だけなので刺すことはできず、いわしに飾りつけました。

ついでに、NHK投稿動画にアッフ゜採用になりました。ところがこれを見た友人から柊いわしのこと初めて知ったと言われて知らない人が多いんだとわかりました。

平安時代の土佐日記に柊にボラをさしたという記事がのっているそうですから、昔からある日本の行事なのに。

いわしの頭になったのは、おそらく江戸時代でしょう。江戸時代には、庶民の中に定着したと書いてありました。

昔は病気になることや厄っかいなことはを鬼と称して、それを払うために行っていたのですよね。

皆さん、恵方巻を食べることは食品会社の儲けるための戦略です。豆まきや柊いわしなどは、医学が発達していなかった時代の一種の知恵ですから。

どちらがいいのかは、まあ各人の自由ですが、伝統行事も振り返ってみるのもよいのでは。

柊を植えている家はとても少なかったです。今回探し回りましたが。クリスマスのケーキの飾りには使われていますが、あれも外国の一種の厄よけですかね。

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