一僧侶の日常の思いを語る
沙門の法話
真心
あるお婆さんが自分が病気になっったり、知人が病気になったりすると「大麦、小麦、二升五合」と唱えました。これはありがたいお経と聞いたことが始まりでした。とにかくそう信じて唱えたら効果があったのです。それからあるお坊さんに会う機会があり、このお経のことを聞きました。お坊さんはそれは正しくは「応無所住 而生其心」というお経のことだろうと教えてくれました。それからお婆さんは間違わないように気をつけるのですがつい「大麦、小麦、二升五合」になってしまう。それでもなんとか正しくとなえるよう努力しました。しかし正しく唱えているのですが反対に効果がなくなってしまったのです。そこで前のように心おきなく「大麦、小麦、二升五合」と唱えるようにしました。そして再び呪力の力で病気を治せるようになったということです。
混じりけなく素直な気持ちであげたお経は間違っていても純真な気持ちから出るので、自然と自分とお経が一体となり効果が出たのだと思います。よく私はお経をおぼえる人にお経を身体に浸み込ませなさいと教えます。頭でおぼえるのではなく身体でおぼえるのです。
なんでも言えることですが言動に真心がこもっているかいないかで人への伝わり方も違います。素直な心で生きる真人間をめざしましょう。
混じりけなく素直な気持ちであげたお経は間違っていても純真な気持ちから出るので、自然と自分とお経が一体となり効果が出たのだと思います。よく私はお経をおぼえる人にお経を身体に浸み込ませなさいと教えます。頭でおぼえるのではなく身体でおぼえるのです。
なんでも言えることですが言動に真心がこもっているかいないかで人への伝わり方も違います。素直な心で生きる真人間をめざしましょう。
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