ひろむしの知りたがり日記

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小五郎と龍馬、強いのはどっち? 神道無念流練兵館武勇伝 ─ 靖国神社

2012年12月09日 | 日記
幕末から明治にかけて活躍した久留米の剣客松崎浪四郎<なみしろう>が安政2(1855)年頃、江戸の三大道場を訪ねて立ち合い、「千葉の技は天下一品。斎藤の力倆は群を抜いており、桃井の剣筋と位は他に類を見ない」と評しました。対戦相手は北辰一刀流玄武館の千葉栄次郎(周作の二男)、神道無念流練兵館の斎藤新太郎、鏡新明智流士学館の桃井春蔵直正で、「技は千葉、力は斎藤、位は桃井」というフレーズはここから来ています。
「力の斎藤」こと斎藤新太郎の父弥九郎善道<よしみち>は、文政3(1820)年8月25日に恩師岡田十松吉利が亡くなった後、嗣子の十松利貞<としさだ>を補佐して吉利が遺した剣術道場撃剣館の経営に当たっていましたが、6年後の文政9年春(文政12年説もあります)、同門の江川太郎左衛門英龍らの援助で独立し、九段坂下俎板橋の畔に練兵館を起こしました。
練兵館は単なる剣術道場ではありません。国家危難の際に役立つ文武兼ね備えた有為の士を育成することを目的とし、長沼流兵学と経書も教えていました。長沼流は「練兵」すなわち兵士の訓練を重視する兵法です。「和魂洋芸」を提唱した弥九郎は後年、門人に西洋流の銃陣も教授しています。
天保9(1838)年3月に火事で道場は類焼し、再度江川らの援助で九段坂上の麹町三番町(現在は靖国神社境内になっています)に移転し、再建に力を尽くしました。その結果しだいに剣名も高まり、水戸藩主徳川斉昭<なりあき>に目をかけられて合力扶持米を給されるようになりました。天保12年には弘道館の落成式に招かれて、百合元昇三<ゆりもとしょうぞう>ら門人を率いて撃剣指南をするという栄誉に預かります。

靖国神社境内

弥九郎の長男新太郎(2代目弥九郎龍善)、三男の歓之助はともに剣の資質に恵まれていました。新太郎が門人を引き連れて廻国修行をしていた時のことです。嘉永元(1848)年3月、彼は長州藩萩城下の藩校明倫館へ乗り込み、藩士たちを散々に打ち破りました。新太郎だか百合元昇三だかが「明倫館の建物は立派だが、真の剣士はいない。まるで黄金の鳥籠で雀を飼っているようなものだ」と言ったのを聞き、激怒した藩士たち14人が江戸の練兵館へ押しかけました。ところが腕に覚えのある長州藩の猛者たちが、留守を預かっていた弱冠17歳の「鬼歓」こと歓之助にことごとく敗れ去ってしまいます。驚嘆した彼らは新太郎を明倫館に招いて師と仰ぎ、以来、長州藩と練兵館のつながりが深くなったそうです。
そのほかにも全国から入門者が集まり、その数は3,000人を超すといわれました。長州藩の桂小五郎(木戸孝允)や、肥前大村藩の渡辺昇<のぼり>らが塾頭を務めました。

桂小五郎と、千葉周作の弟定吉門下の坂本龍馬が試合をしたというドリーム・マッチの話があります。
安政5(1858)年10月25日、士学館で大会が開かれました。世話役は龍馬の親戚筋に当たり、互いにあだ名の「あざ」「あご」で呼び合う間柄だった武市半平太(瑞山)です。斎藤道場からは弥九郎が小五郎、仏生寺弥助を同道して来場し、千葉門からは栄次郎、海保帆平<かいほはんぺい>、龍馬が参加しました。
この日の小五郎は好調で、5人抜き勝負のうち4人を倒し、最後の5人目で龍馬と対戦します。当時の試合は十本勝負でしたが、5対5となった後、決勝の一本を龍馬が取りました。小五郎が得意の上段から打ち込もうとしたところ、龍馬が先手を取って双手突きを決めたのです。この名勝負に、見物人たちの割れんばかりの歓声が沸き起こったといいます。

残念ながら、この痛快なエピソードは創作だという説が有力です。龍馬は1ヵ月ほど前に土佐へ帰っており、小五郎もこの10月には帰国の途についていました。さらに半平太も前年9月に帰国しているといった具合でメインキャストがことごとく不在だったからです。
ただ、後に西郷隆盛とともに薩長同盟の大業を成し遂げた両者の間に、こんなドラマがあったら素敵だろうなと思って紹介させていただきました。

練兵館は明治2(1869)年に招魂社(後の靖国神社)建設のため牛込見附<うしごめみつけ>内に移りました。靖国神社(東京都千代田区九段北3-1-1)の南門を入ってすぐ左手に、平成9(1997)年3月に千代田区観光協会が立てた「神道無念流練兵館跡」の碑があります。


桂小五郎や高杉晋作、品川弥二郎ら若き長州藩士たちが剣や兵学を学んだ練兵館跡

平成9年に立てられた「神道無念流練兵館跡」碑


【参考文献】
国史大辞典編集委員会編『国史大辞典』第6巻、吉川弘文館、1985年
日本歴史大辞典編集委員会編『普及新版日本歴史大辞典』第5巻、河出書房新社、1985年
戸部新十郎著『日本剣豪譚 幕末編』光文社、1993年
中村民雄著『剣道事典 技術と文化の歴史』島津書房、1994年
間島勲著『全国諸藩 剣豪人名事典』新人物往来社、1996年
木村紀八郎著『剣客斎藤弥九郎伝』鳥影社、2001年
一坂太郎著『幕末歴史散歩 東京篇』中央公論新社、2004年

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