振り出しに戻る「落陽日記」

旅や日々の生活の一コマ。60代半ば、落陽期を迎えながら気持ちは再び振り出しに戻りたいと焦る日々です。

山奥の紫尾温泉に泊まり、翌日はえびの高原へ

2017-09-14 10:10:48 | 日記
フェリーで長島に着いた後、黒之瀬戸にかかる橋を渡って九州本島まで戻った。出水を経て山奥にある温泉宿に着いた時は18時を過ぎていた。

山の中の鄙びた温泉で宿は10軒もないだろう。T氏が何年か前に鹿児島県で開催された「ねんりんピック」にラグビーで出場し、その時にこの温泉に来たことがあるらしい。


10部屋程度の小さな温泉宿だが我々以外の宿泊者は1組だけだった。低料金だったが夕食はマスの塩焼きなど、なかなかの食材が揃っていた。70歳くらいの女将は岐阜からここに嫁いだとかで、往年はなかなかの美女だったことは間違いない。


すぐ近くに紫尾神社があったが、紫尾とはその昔、空覚という上人がこの地を訪れた時に吉兆のしるしと言われる紫色の雲が山々にたなびいていた様から紫尾と名付けられたとのこと。

紫尾温泉を出発して国道328号、504号を経て県道50号を走行中、左手に永野金山跡があった。

江戸時代に発見されたようで坑道の入り口には島津の十字の紋があった。明治以降に大がかりな開発があったようだが、ここの鉱夫たちは紫尾温泉や紫尾神社のお祭りに出掛けていたようだ。

霧島温泉郷を通りえびの高原に到着。一昨日は不調だった高所に弱いI氏のレンタルバイクも今日は順調だ。


5月末に来た時はみやまきりしまが綺麗だったが今はススキが穂を出し始めたところだった。間もなくすると一面のススキが波打つ景色が見られるのだろう。

えびの高原から霧島神宮方面に下って行く途中に千里の滝に立ち寄った。県道にあった案内板に従って数百m脇道に入ると駐車場があり、滝まではそこから4百mとある。階段や落石よけのコンクリートのトンネルをどんどん下って行ったが、正直なところバイクブーツではくたびれてしまうし、戻りは登りになると思うと心が砕けかけた。


しかしながら目の前に現れた滝はかなりの落差もあり、エメラルドグリーンの滝壺も綺麗だ。一見の価値はあり、自分を励ましてここまで降りて来た甲斐はあった。

寄り道が多かったので今夕に志布志を出港するフェリーに間に合うか心配になってきたので、この後は霧島神宮は道路から鳥居だけ眺めて鹿児島桜島方面に急いだ。

天草を縦断してフェリーで長島へ

2017-09-10 10:09:59 | 日記
朝の7時から朝食を食べ、8時前には宿を出発すると言うのが昨晩の決め事であった。6時前に起きたので宿の近くを散歩でもと思って軽装で出掛けたら景色が良かったのでカメラをとりに宿に戻った。するといつも早起きのJ氏が既に出発準備を終えバイクにバッグをくくり付けている。

仕方ないので写真を数枚撮っただけで散歩もせずに宿に戻ったが、何のことはない結局セルフサービスの朝食を皆で食べて宿をスタートしたのは7時前。4人は長い付き合いだが朝のペースは今もって合わない。

今日のルートは阿蘇から熊本に抜けて三角半島経由で天草に渡り天草を縦走。牛深からフェリーで長島に渡り今晩の宿のあるさつま町の紫尾温泉へ。

当初は高千穂峡に寄ってから九州山地を横断、八代から海岸線を南下するルートを考えていたが同じ海岸線なら天草が良いと、高千穂峡を断念することになった。

このルートは良かった。三角半島に入ると有明海を挟んで雲仙普賢岳を見ながらの走行だ。大矢野島への橋を渡り天草五橋を渡って上島へ入り、千厳山展望台に登った。




ここからも天草の大小の島々の向こうにそびえる雲仙普賢岳がよく見える。普賢岳のある島原には50年近く前に仕事で何度か行ったことがあるが天草は初めてだ。ふもとの島原で見上げる普賢岳も雄大だが有明海や天草諸島を挟んで見る普賢岳も素晴らしい。

昼食は下島の鬼池の近くにある海鮮料理屋に入って、ここのオススメ料理のてんこ盛り海鮮丼を食べた。メニューには「迷ったらこれ!」と書いてあった。雲丹にこだわっていたT氏のみが少し高価な雲丹丼を注文、旨いけど写真メニューで見たボリウム感が無いと言っていた。



空腹を満たしたところで下島の西側海岸線をそのまま南下して牛深港まで行き、フェリーに乗船した。対岸の長島にある蔵の元港まで約30分の船旅だ。バイクで走りっぱなしだけでなく、ルートの途中に短時間のフェリーなどが入るとツーリングに厚みが生まれ、気分や身体もリラックスできて大変満足だ。

画像は牛深港に入港するフェリー。長島には風力発電の風車がたくさんあった。


グーグルマップだけでは難しい南阿蘇村ゲストハウス

2017-09-08 15:32:04 | 日記
竹田城跡と原尻の滝を見た後で国道57号線を逆戻りして国道265号線、325号線を経て南阿蘇村のゲストハウスに向かった。

自動車ならカーナビに行き先を入力して後は画面を見ながら運転でよいのだがバイクの場合はそうは行かない。武器はタブレットとスマホのグーグルマップになるがカーナビのようにはならない。

出発地と目的地を経路で表示していても走行中は見れないので頭に記憶してからスタートするがランドマークや標識の少ない田舎道では曲がり角なんかは間違いやすい。おまけに歳のせいで記憶がいい加減だ。

265号線を高森に出てから325号線を西進するつもりだったが高森の手前で右折してショートカットで325号線に向かう道があった。そこでそちらに行くと森林の中の1本道ではあるが前後左右には森林しか見えないのでどこをどの方向に進んでいるのかだんだんわからなくなる。

何とか森林地帯を抜けて325号線と思われるローソンのある交差点に出たので位置確認のためストップ。ここでタブレットに保存していたグーグルマップの経路を開いて次に進むべき方向を確認するためパネルをピンチアウトするがうまく地図が拡大してくれない。拡大しようとするがどういう訳か逆に縮小してしまう。その瞬間、タブレットにエラー表示でグーグルマップが終了になった。時々あるんだな、これが。

タブレットはwife専用なのでここでは目的地の再設定ができない。スマホとテザリングで繋ぐ手もあるがうまくできるか自信がない。とりあえずスマホのグーグルマップで確認しつつ右折して325号線をゲストハウス方面を目指すがスマホは画面が小さくて見づらい。

今晩のゲストハウスでは食事が出ないので途中のスーパーで食料と酒を買いこまないといけないがそのスーパーが見当たらない。ようやくゲストハウス近くになってヤマザキのコンビニを見つけたがビールと酒はあっても夕食になるような物がない。仕方ないので店の人にスーパーの場所を教えてもらって私とT氏がスーパーに向かい、J氏とI氏には宿に先行してもらった。

結局スーパーにはたどり着いたが先ほどのローソン前を右折せずに直進していたらもっと早く見つけられたかもしれない。グーグルマップも地図画面だけでなく時には航空写真画面も確認してその地点の周囲がどんな環境なのかも予め知っておくことも必要だ。ストリートビューの画面もあるが、日常的に通行している場所でもストリートビューで見ると、あれっ?こんなだっけ!と思うことが多くあまり役に立ちそうにない。

グーグルマップを見てルートの途中で南阿蘇鉄道の線路を横切ることになっていたがどこまで行っても踏切がない。おかしいなあと思って後で確認すると高架道路になっていて、しかも鉄道は昨年の阿蘇地震で運行休止になっているので線路には夏草が茂り気が付かなかった。

それよりも踏切と警報機があるものと思い込んでいたのが間違いだ。こんなこともある。


画像はゲストハウスと翌朝阿蘇山からの日の出の風景。




竹田城跡と原尻の滝を寄り道

2017-09-06 09:49:07 | 日記
草千里から阿蘇駅前にある道の駅まで戻ったのが13時半頃。今晩は南阿蘇村にあるゲストハウスが宿泊先だが、その前に行きたい場所として竹田城跡(岡城)と高千穂峡があった。2か所共回るのは時間的にキツイのと、I氏の乗るレンタルバイクの調子がイマイチのため近い方の竹田城跡に決めた。

I氏のバイクは草千里に向かう途中の上り坂でエンジンがふけなくなり、最後の数キロはバイクを道路脇に放置してT氏のバイクにニケツで往復だった。やまなみハイウェイの最高標高地点は1300メートルあり、高低差のある坂道の連続でプラグがかぶったかキャブレターのセッティングが合っていなかったと思われるが幸いにもその後は回復した。





竹田は「荒城の月」を作曲した滝廉太郎が少年期を過ごした地で作曲の際は当然竹田城のイメージがあったはず。よく調べてみると作詞は土井晩翠で仙台青葉城か会津の鶴ヶ城をイメージしたものらしい。

竹田城は石垣が台地の上に並び山城の形に見えるが台地が細長く広がって本丸や二の丸、城主の居所が並び、昇ってみると平城的な構成になっている。

石垣もキレイに残っていて城郭全体のスケールも大きく、想像を超えていた。滝廉太郎の銅像の背景には遠く九重山系の素晴らしい眺めが臨める。来てよかった。


入場料は300円だが登城手形になった入場券、巻物になった案内パンフレットもおもしろい。

その後、竹田市から更に東の豊後大野市にある原尻の滝に向かった。竹田市に入る前にガソリンスタンドで給油をしたが、そこの店員さんにこれから竹田城に行くと言うとそれならついでに原尻の滝まで行けば、と勧めてくれたのだ。



増水時にはナイアガラの滝みたいになるとのこと。スケールは比べるべくもないがなるほどと思わせるだけの雰囲気はある。

この後、再び来た道を折り返して南阿蘇村に向かった。




51年ぶりのやまなみハイウェイはバイクでツーリング

2017-09-04 12:13:13 | 日記
中学3年生の修学旅行で九州のやまなみハイウェイを通過したのは51年前のこと。熊本の宿を出発して阿蘇の草千里に立ち寄って九重山を見ながら貸切バスで次の宿泊地の別府に向かったことはよく覚えている。半世紀以上も昔だ。

今回はバイク仲間と4人で大阪南港からフェリーサンフラワーで別府に向かった。

コスモフェリーターミナルに17時集合予定だったが全員集合できたのは出港90分前の17時半頃。J氏は間違って名門大洋フェリーが出港する大阪南港フェリーターミナルに行ったのだ。既に16時半には到着していた他の3人は心配したのだが済まなそうに現れたJ氏の顔を見てホッとした。同じ南港に5kmくらい離れて似たような名前の2ヶ所フェリーターミナルは誠にややこしい。

乗船してからすぐに風呂に入り、さっぱりしたら船内のレストランで早速の飲み会。料理はバイキングで大人1,540円だが私だけはシニア割引適用で1,230円。自動販売機の第3ビールのロング缶は210円。この値段では大した料理はないが(失礼)スィーツまでバリエーションがあり我々のバイク仲間ならこれで充分。

船室はツーリストクラスで、つまり大部屋だ。


翌朝、豊後水道を横切り別府湾に入ると後方に朝日が見えて来た。今日の天気は良さそうだ。

別府港に上陸して近くのマクドで朝食をとると早速県道11号線から湯布院方面に向かった。



城島高原を抜けてずっと続く登り道が終わったころに由布岳が見えて来た。真っ白い雲の浮かんだ秋のような青空にそびえ立つ姿は大変きれいだ。



その後は湯布院の街中に立ち寄ってからやまなみハイウェイの起点とされる水分峠を通過した。今日は8月31日で夏休み最後の日だがバイクも自動車も多く無く、バイクも走りやすい。


飯田高原は前方に九重山系を眺めながら左右に畑や牧草地が広がり、やまなみハイウェイは起伏の少ない区間になる。前方には硫黄山から昇る噴煙を見ることができ、九州の屋根は火山の活動によってできた高原であろうことがわかる。既に秋の気配か、ススキの穂が出始めている。


九重山系を下り、阿蘇の外輪山にある大観峰まで上ると阿蘇のカルデラが見えた。阿蘇山がいかに巨大な火山であるかがよくわかる。後方には今下って来たばかりの九重山系もよく見える。360度障害物なしだ。




外輪山を下って次は内輪山にある草千里に向かったが、従来3ルートあるアクセスの内2ルートは昨年の熊本地震のため現在も通行止めだったのでJR阿蘇駅前からの東登山道を利用した。

昨年秋に噴火した中岳からは噴煙が立ち上り、中岳駐車場までは行けるがそこから火口周辺へのアプローチは規制されているようだ。我々は次の予定のため草千里と中岳を眺めただけで折り返した。