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の~んびり タイランド 2

タイの風景、行事や趣味の陶磁器を写真を中心に気ままに紹介しています。

イサーンのシム(布薩堂)・ワット バン ラン

2014年06月20日 | コーン・ケン

■国道207号線を東に向かい、国道2301号線を北上します。
「ワット・サ・ブア・ケーオ」から35kmの道路沿いに「ワット・マッチム・ウィッターヤラーム」、通称「ワット・バン・ラン」があります。
周辺にはクメール寺院が何カ所かあり、古くから栄えた土地のようです。

国道2301号線に面したお寺の門です。







境内の木陰でたくさんの子供たちが遊んでいます。
昔は日本でもお寺や神社が子供の遊び場所で、よく見かけた風景です。
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正面です。
壁画は「パー・ウェットサンドン・サドック」(パー・ウェット)です。
【「パー・ウェットサンドン・サドック」の概要は2014年05月28日投稿の「イサーンのシム「布薩堂・ワット パ レライ」を参照してください。】



扉の上には下界に転生する「プッサティー」が「サッカ」(インドラ)に10の願いを求める場面です。

扉の右壁の下です。パー・ウェットがバラモンに白象を与える場面です。どの寺院のシムも同様に壁の下の方は風雨にさらされて、絵が不鮮明になったり、消滅しています。
手遅れにならないうちに補修が必要です。
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右側面の壁画です。


与えられた白象を連れ帰るバラモンです。







窓の横には乙女の実る木「ナリーポーン」または「マカリポーン」があります。




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背面の壁画です。



上段には森の生活が描かれています。

左下に描かれている、水汲み場でいじめられる、バラモン、チューチョックの若く、美しい妻です。



マディーの帰庵を妨害する神が変身した獣たちです。

子供たちを連れ去るチューチョックです。勃起した股間が削り取られています。
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左側面の壁画です。






家族の帰国です。

左下の3名の老婆、右の額を付き合わせて血を流す2名の男性、これらは物語と関係なくどこの寺院壁画にも登場しますが、意味するところは分かりません。

このおおらかな絵も意図するところは不明です。あまり道徳的な描写でもなさそうですが。教育的見地からでしょうか、股間部が削られています。
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■堂内です。
堂内は画風ががらりと変わります。


イサーンのシム(布薩堂)ワット サ ブア ケーオ

2014年06月19日 | コーン・ケン

■ソンクラーンに行けなかったコーン・ケンのシムを訪ねてきました。今回の旅行目的は「プー・ウィアン」の磨崖仏参拝ですが、磨崖仏の所在地「チュム・ペー」までの行路途中にあるシムに寄りましたので紹介します。
午前6時54分、バンコクをスタート、サラブリー、コラートと国道2号線を走行、381kmでポーンの交差点です。国道207号線に入り17km走ると「ワット・サ・ブア・ケーオ」に到着です。午後1時10分になっています。
【初日の走行:朱色・566km、第3日目:山吹色・364km、帰路:黄緑色・570km、全走行距離:1520kmでした。】

店先に吊るしてあるのは、コーン・ケン名物の「サイクロー」(ソーセージ)です。

「ワット・サ・ブア・ケーオ」のシムです。1916年の建築と言われています。
2001年に王室後援の下でサイアムソサエティによって修復作業が実施されています。




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■正面の壁画です。

階段左右のシンハーの前に腰掛ける親子人物がある珍しい意匠です。
左には子供の像がありませんが、逸失したものと思われます。





扉の左壁面には地元の風俗が描かれています。







扉の右側の壁になります。
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■左側面の壁画です。



壁画はインドの叙事詩「ラーマーヤナ」のラオ版「プラ・ラック・プラ・ラム」(プラ・ラム・サドック)です。
「プラ・ラム」が魔王「タオ・ラパーナスアン」にさらわれた妻「ナーン・シーダ」を弟「プラ・ラック」、息子で猿に変えられた「フラマン」(タイではハヌーマン)の協力で取り戻すお話です。

川に流される「ナーン・シーダ」です。
壁面にぎっしりと描かれた絵を理解するのは、非常に難しいです。よく見ていくと「プラ・ラック・プラ・ラム」以外のジャータカも描かれているようです。








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■右側面の壁画です。





魔軍と戦う「プラ・ラック」「プラ・ラム」兄弟と「フラマン」です。






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■背面の壁画です。














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■堂内は仏伝図が描かれています。堂外の画風とは多少異なります。



正面は涅槃図です。

左右に悲しむ弟子が描かれています。

出城前夜と出家踰城の図です。

愛馬と御者との別れです。



入口の上の壁には瞑想する太子、降魔浄土の図です。

攻撃してくる魔衆です。
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シムの隣に建っている礼拝堂です。

プー・ウィアンの磨崖仏に再挑戦

2014年06月16日 | コーン・ケン

■ソンクラーンから2週間が過ぎました。
メー・デーの連休を利用してコーン・ケンへまたやって来ました。昨日の午前7時前にバンコクをスタートしてコーン・ケーンのシム「ワット・サ・ブア・ケーオ」、「ワット・バン・ラン」の壁画を見て、午後6時半にチュム・ペーの「メジャー・グランド・ホテル」に投宿しました。
今回の宿泊料は休日前ということで1泊1100バーツになっていました。2日間の宿泊をします。

「メジャー・グランド・ホテル」から磨崖仏の麓の寺院「ワット・パー・パーノン・パッタララーム」まで8.6kmです。
泊まった部屋の窓からプー・ウィアンの山が見えます。
午前6時14分の空です。山麓には霧がかかり、雲が多いようです。昨日の夕方に降った雨で山肌の状態が心配です。
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午前7時55分、「ワット・パー・パーノン・パッタララーム」へ到着です。

まず、メー・チーを訪ねて登山道を聞きます。

地面に地図を描いて説明してもらいましたが、これだけです。結局、「下を良く見て、人の歩いた後を辿れ、上を見て目印を探せ。」でした。地図も説明と実際の地形ではかなり違っていました。

「朝食を食べてから行きなさい。」「水を持っているか。」と色々心配してくれます。ペットボトルのまま氷らせた水を1本貰い出発です。

池の間の道を山へと向かいます。



少し登ると祠があります。祠の右を登れば緩やかな斜面、左は難コースとのことで、右を選びます。

まずは登山の無事を祈ってお参りをします。
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飲んだペットボトルが道標になっています。









お寺に住み付いていた2匹の犬が、付かず離れず登ってきます。
僕が休めば犬も休みます。
山の中腹で急に2匹揃って、全力で山影に走り去りました。何か見つけたようです。虎か熊かと心配する間もなく、遠くで「キャイーン」という悲鳴が響きます。
タイでは、まだ野生の虎が生息していると聞きます。「虎に注意」の看板も見かけます。少し不安を抱きながら上を目指します。



雨水が流れた跡が道になっているようです。



暫く見かけなかった2匹の犬も戻ってきました。何事もなかったようです。





登るにつれて、道標のペットボトルの数が増えてきます。皆さん似たようなペースで水を飲んでいます。
僕もお寺で貰った1本を含め3本のペットボトルをも持参してきましたが、すでに1本は道標にしています。

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竹を杖にし、必死になって登ります。



山頂でしょうか、岩の壁が立ちはだかります。

左の岩の割れ目に梯子があります。

梯子の安全を確認して登ります。

二段目の梯子です。
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岩の割れ目に渡された板を歩いて越えます。

自然の歩道になっています。







やっと登ってきました。午前10時35分です。2時間25分かかりました。足ががくがくです。狭い岩の上を細心の注意で歩きます。

仏陀像の前には亀裂で生じた幅2m、長さ5m程の平坦部が出来ています。もうこれ以上歩けません、しばらく横になって休息です。



「プラ・プッターサイヤート・プー・ウィアン」です。全長3.75m、高さ73cm、で20cmの浮彫になっています。
頭部の左にサンスクリット文字が彫られていて、字体から9世紀のドヴァーラヴァティーに比定されています。

呼吸が整ったのでお参りです。
枯れていない花と、まだ新しいヤシの実、バナナが供えてあります。







ドヴァーラヴァティーのお釈迦様です。

垂直に岩が割れて絶壁になっています。

途中で引き返すだろうと思っていた2匹の犬はお参りを済ますまで待っています。
渇いて、たくさんの水を飲みながら山頂まで来たのですが、彼らは何も飲んでいません。
昼食にパンを買ってきたのですが、彼らの分は何もありません。

こんな仏像も彫られています。
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切り石の上を歩いて山頂へ行ってみます。



誰もいないと思っていたのに僧侶が座っています。かなりの年月を山頂で暮らしているそうです。

山頂は平坦になっています。近場を案内してくれます。

この鐘をたたいておけ、というので、力を込めて撞木を叩き付けます。麓へ戻った時にメー・チーが鐘を叩いてきたか、と聞いてきました。



僧侶が暮らしている庵です。



麓から見えた旗です。







麓のお寺が見えます。池の間の道を歩いてきました。


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2時間山頂にいました。午後0時42分、下山です。





午後1時22分、登って来る僧侶とすれ違います。この時間だと山頂で泊まるのでしょうか。





2匹の犬は下山するまで一緒でした。

樹木が麓の近いことを教えてくれます。最後の力を振り絞り下山です。

「ハーン・ノックユン」の花です。5月の末から6月にかけて朱赤の花が樹冠で満開になる様は火炎樹と呼ぶのにふさわしいのですが、実は鳳凰木というのが正式名です。火炎樹は異なる木です。

午後2時8分出発点に戻ってきました。下りはもっと楽だろうと思っていましたが、1時間26分もかかっています。
メー・チーに無事下山してきたことを報告しておきます。

僧侶は10kmと言っていましたが、メー・チーは山頂を6km歩くと岩壁に10体の仏像が彫られているといっています。やはり月に1回は参拝に行くそうです。その時は夕方に山を登り、山頂の僧侶の小屋で泊まって、朝から山頂を歩くそうです。
ただ、仏像の頭部は、仏像の好きな西洋人が剥がして持ち去ったそうです。日本人と言われなくて良かったです。
ちなみに、山頂の涅槃仏には毎週登るそうです。実に達者なものです。

40分ほど麓のお寺で休んで、ホテルの向かいにあるスーパーの食堂で食事、隣のガソリンスタンドの喫茶店でコーヒーを買いホテルに戻ります。
とにかくシャワーを浴び休息です。

午後5時過ぎから降り出した雨も上がり、午後6時20分、山頂一帯に雲がかかります。

プー・ウィアン国立公園(化石の山)

2014年06月11日 | コーン・ケン


国道12号線に戻り、西へ向かいます。

国道12号線を約32km走ると「プー・ウィアン国立公園」へ通じる国道2038号線への進入路があって、そこを右折します。
国道12号線の直進路と国道2038号線への進入路の間に出現した恐竜です。
国道2038号線は4桁国道ですが、「ノーン・ブア・ランプー」を結ぶ幹線道路で4車線道路となっています。通行車両が非常に少ない快適な道路です。

「プー・ウィアン恐竜博物館」が「プー・ウィアン国立公園」入口の3km程手前に建っています。博物館向かいの売店に立っていた恐竜です。
男性は「ケーン」という「笙」に似た笛を吹いています。「ケーン」はコーン・ケンが本場です。
「プー・ウィアン恐竜博物館」は寄らずに直進します。

B.Bホテルから104kmの走行で「プー・ウィアン国立公園」に到着、公園入口で40バーツの入園料を払います。



公園内の案内所でまずパンフレットを入手します。

案内所の中は小さな展示場になっていて、プー・ウィアンで発掘された恐竜の化石や一帯の解説が展示されています。





受付の女性に磨崖仏への行き方を尋ねるのですが、「ここからは行けません」としか答えてくれません。行けないのであれば場所を聞き出したいのですが、どうも要領を得ません。彼女は場所を知らない、しかし知らないと答えたくないのでしょう。

結局判明したのは、ここには恐竜の化石しかないということです。せっかくここまで来たのだから恐竜の化石を見に行くことにします。
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■1976年、ウラン鉱の調査に訪れたフランスの地質調査チームが偶然化石を発見しました。
専門家の調査で恐竜のひざの骨と判明しました。
その後の本格調査で体長15m首長草食恐竜の化石が発掘され、シリントーン王女にちなみ「プーウィアンゴザウルス・シリントーネ」と命名されました。
同じ場所から、10個以上の歯の化石が見つかり、うち一つは肉食恐竜のものと判明、他に類例がないことから発見者の名前が付けられています。
いずれも、1.2億年から1.3億年前のものです。肉食恐竜の化石発見で「テラノザウルス」のアジア起源が示されています。
これらの化石は、「プー・ウィアン恐竜博物館」に展示されています。
一帯には1.4億年前の大型肉食恐竜の足跡や1.5億年前の小型のワニの足跡化石も発見されています。
午前11時50分、取敢えず案内板に従って出発です。





登り口にあったガイド板でウラン鉱の試掘ポイントが表示されています。(数字の単位はメートルです。)

駐車場から350mの発掘場所です。
露呈した化石を覆って展示館が建っています。





続いて山頂の展望台へ向かいます。

恐竜の子孫が出迎えです。




駐車場から1.4kmの展望台に午後0時30分到着です。
先を歩いていた家族が疲れ切った様子で休憩中です。

ずいぶん高くまで登ってきました。

フタバガキがたくさんの実をつけています。

風が吹くと、四枚羽根で回転しながら飛んでいきます。

この先150mで第1展示館になるのですが、誰も行きません。後から登ってきた西洋人も暫く休んで引き返しました。
私も引き返します。

小坊主さんの課外授業です。



午後1時27分、出発点に戻ってきました。
売店で炭酸飲料水を購入、一気に飲み干します。
後で見ると売店で写した写真がありません。疲れ切って写真どころではなかったようです。

売店の女性が磨崖仏を知っていました。「15km戻ったプー・ウィアンの市場を右折すれば行ける。その先の行き方は曲がってから聞け」ということで、15kmなら大した距離ではないと答えた時に「その先は、どれだけ行くか知らないよ」と意味ありげに語ったのを気にせず出発しました。
念のため市場に着くまで何カ所かで確認、プー・ウィアンの市場を右折すれば間違いなく行けそうです。

市場を曲がるとプー・ウィアンの山近くを走ります。しかし、曲がってからどこで聞いても誰も磨崖仏を知りません。
とうとう山から遠く離れた国道12号線に出てしまいました。プー・ウィアン国立公園から35.8kmも走行してきました。
磨崖仏へ行くのを半分あきらめて、最後に国道沿いの家具店で店番をしている老人に尋ねました。
市場を曲がってから初めて知っている人に出会いました。国道12号線を20kmほど行けば陸橋があるので、そこを右折すれば良いとの、具体的な答えを聞きました。
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磨崖仏の山へ向かう小道です。近所の人に確認して進入して行きます。

午後2時56分、磨崖仏のある麓の寺院「ワット・パー・プラノーン・パッタナラーム」へ到着しました。
「プー・ウィアン国立公園」から実に58.6kmも離れています。売店の女性が「市場を曲がってから、どれだけ走るか知らないよ」と言っていたのを思い出しました。
よくぞ辿り着けたもんだ、と感心する次第です。

取敢えず、お寺で仕事中の「メー・チー」(女性の修行者)に確認です。山頂の旗が立ったところの岩壁に9世紀に彫られた「プラ・プッタサイヤート・プー・ウィアン」があるそうです。
「プー・ウィアン国立公園」の売店の女性が教えてくれた山頂までの車道は無く、徒歩で登るしか方法はないそうです。
登るには2時間以上かかるので、「今からでは無理、朝出直して来い」との答えです。
そこで、磨崖仏の写真や模して造られた寝仏を案内していただきました。

山頂までの地図です。実に簡略して書かれていますが、8合目あたりに長く横たわる岩壁を迂回して山頂へ行くようです。

堂内に飾られていた磨崖仏の写真です。全長は3.75mあります。

池淵のお堂に祀られていた磨崖仏の分身です。



ここまで辿り着けたお礼を兼ねてお参りです。

お堂の外に祀られている寝仏です。

色々と親切に説明してくれたメー・チーです。

ドヴァーラヴァティーの磨崖仏「プラ・プッタサイヤート・プー・ウィアン」の所在地が分かりました。次の機会に改めて参拝します。
国道12号線に出てから山全体を写しました。手前の農地が丘になっていて、山全体の大きさが分かりにくいのですが、この山の西南に7世紀から11世紀の環濠都市「ノン・ムアン」があり、彼らにとっての聖なる山「須弥山」だったのでしょう。

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チュム・ペーで宿泊します。午後4時30分に「ワット・パー・プラノーン・パッタナラーム」から7km離れている「メジャー・グランド・ホテル」に到着です。
一泊880バーツ、朝食付きです。



地方の町には非常に珍しい立派なホテルです。従業員教育が良く出来ていて、皆、気持ちの良い挨拶をしてくれます。




イサーンのシム(布薩堂)・ワット チャイシー

2014年06月10日 | コーン・ケン


今日は「プー・ウィアン」山頂のドヴァーラヴァティー時代の磨崖仏を見に行きます。途中で「シム」のある寺院「ワット・チャイシー」に寄ります。
宿泊は「チュム・ペー」まで行き173kmの走行です。

「ブン・ケン・ナコーン」の畔にある「B.Bホテル」です。周りにはコンビニやスーパー、食堂がたくさんあって便利がいいホテルです。

サービスの朝食です。インスタントコーヒーですが、朝の一息にはちょうど良いです。

ホテル前の道路を隔てた池淵で朝の「プラ・マハタート・ケン・ナコーン」を撮影です。午前7時30分です。
今日の目的地は2カ所だけです。ゆっくりと出発します。


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■国道12号線バイパスへ出るのは、「ワット・ノーン・ウェーン」の境内を通り抜けるのが一番に近道になります。まず参拝してから通り抜けます。









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ガソリンスタンドの喫茶店で休憩です。


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■国道12号線と国道2062号線の交差点を右折して8.7km北上すると「ワット・チャイシー」があります。1917年に、やはりベトナム職人が煉瓦と漆喰で建築した布薩堂です。
壁画は内、外壁面にマハー・サーラカーンの画家によって、藍色、黄色、緑色、茶色、白、黒色でイサーンの生活様式や「シンサイ物語」が描かれています。
創建時のイサーン様式の伝統的な屋根は、1993年にタイ芸術局が中央タイ様式に改修しました。








布薩堂は東向きに建っています。


■布薩堂の正面です。





扉には仏陀の線彫が施されています。

■扉の左側壁面、地獄絵図です。

 








■扉の右側壁面です。「シン・サイ物語」の終わりの部分が描かれています。壁画は左(南)壁面から巡るように物語が展開しています。


ヤック「クムパーン」に花を捧げる、誘拐されてきた「ナーン・チャンタ」です。
何年も一緒に暮らしてきた二人が仲睦まじくしている場面です。









■左側壁面(南)です。













シンサイ、サン・トーン、シホの3兄弟と森の中で巡り合った6人の普通の王子たちです。
体半分が象、半分が獅子の「シホ」ですが、どうもイノシシに見えてしまいます。



■後壁面(西)です。



猛毒蛇、象、ヤックと次々に襲われますが、ことごとく退治をして進みます。









■右側壁面(北)です。










半身巻貝のサン・トーンが舟に変身、シンサイを乗せてクムパーンを追いかけます。





乙女が実る、ナリーポーンの木です。シンサイは既にナリーポーンと交わっています。
中央タイでは表現できないおおらかさがイサーンにはあります。
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ヤシの葉で出来たサラに壁画の解説がありました。

堂内は鍵がかかっていて入れませんでした。写真が堂内です。



庫裡ではネンが昼寝中です。

落っこちないように・・・。