湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

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バッハ:管弦楽組曲第3番

2008年06月03日 | その他古典等

○ジョリヴェ指揮ウーブラドゥ・コンサート管弦楽団(LYRINX/INA)1971/7/15live・LP


冒頭からの異常なやかましさもさることながら「アリア」を聴いてみてください。細かいテンポの緩急(あくまで小ルバートの範疇であり基本はインテンポだが)、音量変化の恣意性が著しく現代の演奏家ならのけぞるような音楽になっている。ソロだってこんな演奏はしない(ゴルゴ以外)。分厚い弦楽器のうねりにはしかし指揮者への共感が篭る。この波乱に満ちた人生を送った「若きフランス」の闘士の、同僚であったメシアンとは違う、人間の生活する大地に戻って来た境地を思うと感慨深いものがある。ヴァイオリン初心者にはおなじみの曲が並ぶこの組曲、つまんないや、という向きはこういう今はめったに聞かれない演奏スタイル、戦後くらいまでは普通だったライヴ的な感情の篭った誇大妄想的バッハを聞くといい。そして妄想のオーケストラの中にいることを想像しながら、レッスンの準備をするといい。ヒステリックなペットとかロシアみたいだな。。


(参考)カラヤンの管組
バッハ:管弦楽組曲第2&3番
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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G線上のアリアなら有名なこちら>
アダージョ・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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ジョリヴェの盤紹介についてはこちら

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10 Comments

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♪真っ赤だな~ (けん)
2008-06-05 00:01:04
Airで感動した後に来るからねぇ。
このギャップを理解しないとあちらの文化ってのは理解できないのかもしれない。

モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲の3楽章もそうだけどね。
2楽章のあの絶望の音楽からどうやったら3楽章のあの陽気な音楽に行けるのかさっぱりだ。
開き直りの明るさかな。

フルベンのAirもええけど、いつのがって言われると困るな。
いつのだろう(^◇^)
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あちきのお薦め (けん)
2008-06-05 00:07:26
珍しく音盤の事を書く。
バウムガルトナーとルツェルンの
「ヨーロッパのバロック音楽」と言うのがお薦め。
アリアと特にパーセルの「シャコンヌ」は絶品だな。
ちょっとテンポが遅めだけど、だれはしないと思うよ。
しかし「ヨーロッパのバロック音楽」と言うのがどうも引っかかるが原語もそのようなタイトルなんだよね。
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職人・技術者の時代 (管理人)
2008-06-05 00:25:32
ロマン派が確立する前のこの分野は宗教曲とイタリア歌曲にベースを置いた形式音楽、作曲家は職人、演奏もこなす技術者というイメージがあります。ロマン派的な滑らかな文学的発想にもとづく展開はしない、あくまでパズルのような形式、というと躁鬱的な構成になりがちで、深い意味はなく、むしろ純粋に音の起伏をつけたり効果を狙ったりというところではなかったのかなあ、と想像します。こういう理知的な感覚を再現しようとしたのがロシア国民楽派の後期、、、ジョリヴェはジョリヴェらしいやかましい演奏でアリアも派手ですが、分厚さと力感はカラヤンなんかを想起させます。今や古いスタイルです。
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珍しく (けん)
2008-06-06 18:38:33
絡むw
バウムガルトナー聴いてみた?
いや、こう言う小曲集ってなかなかええもんだよ。
特にパーセルのシャコンヌはなかなかやらないからね。
この盤のパッヘルベルのカノンは編曲してある。
編曲と言うか短くしてあるけど、これもまぁ良いのではないかと言う感じだね。
弦奏者なら聴いても損じゃないよ。
なかなか良い味だし。
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そこまでおっしゃるなら(;^_^A (管理人)
2008-06-06 18:44:33
聴きます、ここあくまで20世紀音楽演奏のブログですけど(;^_^A図書館とか、あるかなあ。。じつはしょうじき古典指向にはなってきてます。疲れてるのかも。
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そうだった(^_^;) (けん)
2008-06-07 18:31:34
ここは20世紀のうらクラシックだった。
でもここにバッハがあるぞ。
でもまぁ何だ、いろいろとほざいている20世紀の作曲家だけど、結局21世紀で生き残れているのかなぁと思うのだけどね。
大体20世紀の作曲家って過去を否定してやがる。
その結果はあっという間に飽きられたって所か。
技巧とかに拘ってもしょうがないのさ。
聴いてなんぼ。
何回も聴きたいって思える曲を作れなかったのが20世紀作曲家の敗因だね。
俺もその手のものを散々弾いたけど、空しさしか残らない。
一回弾いたら次はないってのがはっきりしていたから。
弦が高音で伸ばし、なんか訳の分からない音を出すってのがやたらと多かったけどさ、つまらんのだよ。
映画の効果音ぐらいにしか使えない。
やっぱりね、このクラシックってのは過去のものなんだよ。
今の世で新たに生み出すものじゃないと思う。
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おっと補足 (けん)
2008-06-07 18:36:36
19世紀を引きずっている作曲家は除くよ。
純粋に20世紀の作曲家の事の意見だ。
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ジョリヴェは20世紀の作曲家です (管理人)
2008-06-07 20:42:09
転向ぶりや脇の甘さぶりはまさにおっしゃるような内面的理由によるのかもしれないなあ、とも思っています。ブーレーズはすぐれた作曲家だと思いますが、作品を歌えません。ジョリヴェのクリスマス牧歌は歌える。。
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結局 (けん)
2008-06-07 21:53:58
情報発達前の作曲家と違って今の作曲家は多くを聞きすぎた。
聴くものも同じだ。
何をやっても猿真似だと言われる。
だから即興的なものになってしまうのか。
色紙がいろんな大きさに切ってある「楽譜」から感じた事を即興的に演奏するような再現性のない音楽とか、過去にはなかったような不協和音だらけの音楽とか、旋律を回避するような作風になったのかな。
素直に自分の感情を表せば良いのにそれを許さないのは誰だろう。
作曲家自身なのかな。
聴衆者かな。
ま、いろいろな要素があるのだろうな。
やりにくい時代ではあると思う。
でもそう言うときは妙に突っ張らないで過去を見たらと俺は思うのだけどね。
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何も新しいことはしなくていい (管理人)
2008-06-07 22:40:06
絵画も一緒でしょうね。今はまるきり新しいものは必要とされていないし、無理なところまできている。ジャズやポップスが新しい、あるいは即興と称して出してくるものは彼らの観点からは何ら新しいものはない。でも新しいものとして消費生産が繰り返され途絶えることはない。何のことはない、新しさの認定基準なんて人それぞれ、そこに尋常じゃない厳しさを求めるのは一般的ではなくオタクです。そちらのほうがもはやサブカルチャーに堕ちてしまった。クラシックはイディオム自体は自由であるけれども条件がやたらと厳しい。演奏は作曲家の余技では無理な時代にとうの昔になってしまった。作曲家と演奏の乖離あたりに、このへんの問題の源を感じるところもあります。特に原始的なアナログ性を有する弦楽器や木管楽器演奏への理解など。作曲家の演奏をこのページで挙げるのは少しこのへんも意識しています。
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