プレートル指揮シュツットガルト南西ドイツ放送交響楽団(hanssler)1991/6live・CD
荒々しく覇気に満ちている分、ベートーヴェン中期以降交響曲、とくに5~7番の影響を強く感じさせる聴感となっている。この人はドイツものも得意としていただけありビゼーの習作から個性的な(フランス的な)部分を取り出して強調あるいは繊細に描くよりも骨太の曲構造そのものをしっかりとらえ、前時代的な交響曲であることを明確に意識づける。それが個性の薄さを覆し聞きやすさに通じている面はあり、通俗的というか、庶民的な演奏というか、わかりやすい。ビゼーらしいとも思える新鮮な旋律、適度な工夫、それらがいわゆる後期ロマン派の「国民楽派」(といっても19世紀末のドヴォルザークなど先進的な交響曲よりまったく古風だが)と歩調を合わせたぐらいの感じにおさまっている。聴き映えがするのはあくまで押しの強いプレートルだからで、ビーチャムくらいだとぴんとこないかもしれない。「アルルの女」の片りんすら見当たらないが、旋律の中、明るい響きのなかに欠片くらいは聴く人もいるだろう。
荒々しく覇気に満ちている分、ベートーヴェン中期以降交響曲、とくに5~7番の影響を強く感じさせる聴感となっている。この人はドイツものも得意としていただけありビゼーの習作から個性的な(フランス的な)部分を取り出して強調あるいは繊細に描くよりも骨太の曲構造そのものをしっかりとらえ、前時代的な交響曲であることを明確に意識づける。それが個性の薄さを覆し聞きやすさに通じている面はあり、通俗的というか、庶民的な演奏というか、わかりやすい。ビゼーらしいとも思える新鮮な旋律、適度な工夫、それらがいわゆる後期ロマン派の「国民楽派」(といっても19世紀末のドヴォルザークなど先進的な交響曲よりまったく古風だが)と歩調を合わせたぐらいの感じにおさまっている。聴き映えがするのはあくまで押しの強いプレートルだからで、ビーチャムくらいだとぴんとこないかもしれない。「アルルの女」の片りんすら見当たらないが、旋律の中、明るい響きのなかに欠片くらいは聴く人もいるだろう。