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湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

※旧ブログの一部コラム・記事、全画像は移植していません。こちらのコンテンツとして残します。

チャイコフスキー:序曲「1812年」

2018年05月14日 | Weblog
ソコロフ指揮クリーヴランド管弦楽団(PASC)1924

pristineのSP(アコースティック録音)復刻。速いパッセージはまとまってスピーディーで技術的に問題ないが冒頭含めテンポの落ちる場面で編成の薄さが弦のバラけとして現れ、縦が揃わないのはもう、大正時代の録音レベルだから仕方ない。クライマックスから末尾のブラスなど、アメリカのブラスの力量を既によく示していて、上手い。格好が良い。軽く聴き流すにはまあまあ。
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コープランド:歌劇「入札地」組曲

2018年05月14日 | Weblog
作曲家指揮ロス・フィル他(naxos)1976ドロシーチャンドラーパビリオンlive・BD

同映像の最後に演奏された三曲だが、こちらは戦後作でも平易な、コープランドというと想起する美麗で突き抜けた聞きやすい曲で、映画音楽的ゆえそういうものに慣れているオケものっている。「導入部と愛の音楽」ではヴァイオリンの高音、トランペットなど高音管楽器の響きにぬくもりがある。ジョン・ウィリアムズのようなチェロのフレージングも美しい。やりやすそうだ。硬質で四角四面の芸風を持つコープランドもなぜか感情的に見える。繊細な響きの綾はバンスタや新ロマン主義のハンソンやバーバーに似た領域の音楽でありながらも違う、やはりフランス的な垢抜けたものを感じさせる。このBDの白眉だろう。翳りある終結部からダンサブルな「パーティの情景」に入り、現代的な響きが入るも半世紀前のハルサイやミヨーの作品から少し前に出たくらい。特殊な技巧的なリズム、フレーズが超高音で入ったりするのでここでは停滞しがちなテンポもやむまい。合唱が導入されるので前に向かわないのもやむないか。合唱が意志的な表現であおるので、そこまでくると聞きやすい。巧みなリズム構成でオケと合唱が絡むところではコープランドの嬉しそうな顔が印象的。アタッカで終曲「生活の約束」に入り、大平原を思わせるヴァイオリンの全音符をバックにしめやかな合唱が入る。トーンは三曲ほとんど変わらないというか、そこも聞きやすさとなっている。RVWの天路歴程のように穏やかに戻っていく。RVWは宗教的な作曲家ではないが宗教的な崇高さを示してしまう。これもまったく目的は違うのに宗教的な上り詰める感じが効果的だ。演奏はすばらしくよい。合唱すばらしい。コープランドも満足げであり、即ブラヴォこそないがそれなりに盛大におわる。
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コープランド:「ロデオ」よりホウダウン

2018年05月13日 | Weblog
作曲家指揮ロス・フィル(naxos)1976ドロシーチャンドラーパビリオンlive・BD

ホウダウンは庶民のためのファンファーレとともにコープランドを代表する小品であり一般にも広く受容され編曲もなされてきた。ゆえに大編成オケによる原曲は小回りがきかず遅くてしゃっちょこばった印象を与えるのも仕方なく、これもコープランドの他の自作自演とまったく印象の同じ、前に向かわない演奏となっている。ただ音は明晰である。お定まりのようなブラヴォもこの曲終わりでは出なかったが、次の曲にすぐ入るせいかもしれない。
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コープランド:クラリネット協奏曲

2018年05月13日 | Weblog
ベニー・グッドマン(Cl)作曲家指揮ロス・フィル(naxos)1976ドロシーチャンドラーパビリオンlive・BD

ロマンティックな始まり方こそすれ、基本的に委嘱・初演者ベニー・グッドマンの技巧を見せつけるためにオケを付けたような硬質の音楽に帰結する。戦後作でありけしてコープランドの代表作とも言えないと思うのだがジャケには傑作と書いてあるので傑作。四角四面の構築性にこのささくれだった透明感ではオケもなかなか乗りづらそうで、ベニー・グッドマンも上手いのだがそつなく吹きこなす(万全ではない)、そこにジャズ風の面白みはない。でも、この曲の自作自演は他にもあったと思うが映像があるぶん耐えられるから、価値はあると思う。コープランドはまだまだ元気である。
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コープランド:エル・サロン・メヒコ

2018年05月13日 | Weblog
作曲家指揮ロス・フィル(naxos)1976ドロシーチャンドラーパビリオンlive・BD

ロス・フィルらしさを発揮できるごきげんな曲。ただやはりコープランドの棒は固い。達者なのだが抽象音楽志向が強く楽想の奔放さと格差を感じる。執拗な変則リズムがメインのダンスミュージックだが、ここでは踊るのではなく聴くように演奏されている。オケの技術的弱みが出ているところがあるが、ライヴだからこんなものか。映像があるからといってさほど、必要とも思えず、音だけを楽しんだ。特殊楽器くらいか。
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コープランド:庶民のためのファンファーレ

2018年05月13日 | Weblog
作曲家指揮ロス・フィル(naxos)1976ドロシーチャンドラーパビリオンlive・BD

「コープランド・コンダクツ・コープランド」の冒頭。ステレオ。ベニー・グッドマンによるクラリネット協奏曲がメインとなる自作自演映像だが、ロス・フィルがじつにコープランドの作風に合っていて、明るく軽くやや緩いところが猥雑な雰囲気を持ち込み、四角四面の棒を鞣して聴きやすくしてくれる。そう、映像だといっそうわかりやすいがコープランドの棒は余りに教科書的で明晰であり、力感の強弱はつけるが全く揺れない。ここでは序盤ということもあり押しが弱い感もある。ファンファーレらしくないが、聞きやすさはある。
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ストラヴィンスキー:詩篇交響曲

2018年05月12日 | Weblog
チェリビダッケ指揮ORTF他(ina配信)1973/12/23live放送

ストラヴィンスキー新古典主義時代の、しかも比較的聴衆受けを考えない抽象的な作品である。新古典主義の作品というと一般に割と情緒的というか、気分を煽るような作品が多く、それはしばしばオスティナートリズムに導かれた原初的な高揚感を伴う。むかしクラシック聴きの人にダンスミュージック(もうEDMに近いもの)を聴かせたところ同じ音形の繰り返しでちっとも面白くないと言われたものだが、同じ音形を執拗に繰り返すからこそ陶酔的な呪術的な影響を与えられるのだ。響きの抑制的なミニマルになると逆ベクトルの影響を与えるが、これは交響曲なので素直に前者。ただ、三楽章の交響曲などのあざとさは無い。音形の繰り返しもオルフのような単純な繰り返しではなく、手法としてしっかり考えて使われている。ただ、チェリのこの演奏はつまらない。一楽章など同じような響きが続き変化がなく、それが単調さに拍車をかけ、歌詞をもってのみ曲が成立しているようだ。楽曲のせいだろうが、それを聴かせるように仕立てるうえで、ただ明晰に骨ばった音を響かせるのではなく、柔らかなアナログ的な部分を残さないと、聴いていていたたまれなくなる。チェリに特徴的な男らしいフレージング、強靭で「正しい」響きは二楽章で威力を発揮する。これはチェリ好きには楽しめるかもしれない。三楽章は演奏的には一楽章のようなものに戻って余り印象がない。拍手は多い方。
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シベリウス:交響曲第7番

2018年05月11日 | Weblog
ビーチャム指揮ロイヤル・フィル(BBC)1954/9/16プロムスlive・CD

モノラル録音で音場も狭いのが困ったものだが積極的に聴こうとするとロイヤル・フィルのむせ返るような音とスマートだが適度に意志的なビーチャムの「中庸の美学」に貫かれた、晩年であることを感じさせない演奏で、シベリウス受容国としてのイギリスで、後期シベリウスのあるべき姿を見本的に描いた演奏として受け止められる。迫力とか演出とかいったものとは無縁の職人的な解釈で、それだから活きてくるシベ7の特殊性、構成の特殊な、交響詩的なまとまりを感じさせ、無理して交響曲のように盛り上がりを作り上げていくことはしない。好悪はあるとは思う。小粒は小粒、だが録音のせいかもしれない。
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ハチャトゥリアン:劇音楽「仮面舞踏会」組曲

2018年05月08日 | Weblog
ストコフスキ指揮NYP(artone他)1947・CD

圧倒的迫力とキレキレのリズム、オケがニューヨーク・フィルでセッション録音だとここまでやれるのか、というストコフスキー全盛期を聴ける録音。むろんゆっくりめの曲よりイケイケの曲のほうがストコフスキの芸を味わうによろしいわけで、フィギュアスケートに使われたことで圧倒的人気を得たワルツなどシニカルな響きを伴うメロディを、オケをドライヴしまくって分厚く聴かせてくる。ハチャトゥリアンでもガイーヌよりも使えるメロディが多く、カバレフスキー的というかプロコフィエフとは違った親近感を感じさせる、ライトクラシックスレスレのところを狙ってきて、しかしそれはスレスレなんであって、ライトクラシックまんまではない。モノラルの古い音だがストコフスキーの力量を確かめられる集中力高い演奏。この曲はコンサートピースとして五曲からの組曲でしか演奏されない。
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エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番

2018年05月08日 | Weblog
ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(testament)1963/1/19ガラコンサートlive放送・CD

直前収録のリヒャルト・シュトラウスにくらべると鋭さが落ちる。派手さや圧力はすごいが民族的な迫力とは違う気がする。悪くはないが、そそられない。だが、大ブラヴォ。
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リヒャルト・シュトラウス:「サロメ」より7つのヴェールの踊り

2018年05月08日 | Weblog
ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(testament)1963/1/19ガラコンサートlive放送・CD

直前収録のラフマニノフより格段にキレており、オケの力量をひけらかす演目という以上にストコフスキーの適性や好みが反映されていると思えてならない。もっとも録音も悪くないので、ラフマニノフの録音状態起因の印象かもしれない。
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ラフマニノフ:パガニーニの主題による変奏曲

2018年05月08日 | Weblog
スター(P)ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(testament)1963/1/19ガラコンサートlive放送・CD

オペラ絡みの演目が珍しいとして話題になるも発売が遅れやきもきさせた発掘音源。私はオペラに興味が無いのでこういう曲のみ聴きます。発掘音源ゆえ音質は覚悟すべし、ステレオだがDAよりはまし、という非正規感の強い音。まあ拡がりはあるしレストアはそれなりに効いているのだろう。それでもストコフスキには案外珍しいラフマニノフということで聴くわけで、作曲家と交流があり協奏曲録音も複数残しているわけで、だが、冒頭より(悪録音のせいかもしれないが)ゴチャッと潰れブヨブヨな感がある。鋭さに欠け、響きは後年のストコフスキらしく明るく拡散的だが明快さに欠ける。スターのピアノも綺麗だが迫力はやや劣る。録音撚れが拍車をかけて残念感を与える。後期ラフマニノフのカッコイイリズムはストコフスキー向きではない、と言ったほうがいいのか。うーん。
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ストラヴィンスキー:サーカス・ポルカ(ピアノ独奏版)

2018年05月07日 | Weblog
フォルデス(P)(sony他)

「若い象のためのサーカス・ポルカ」つまり諧謔的な小品ということだ。これをピアノ独奏で聴くとちょっと軋み音が強く、管弦楽によるものがそのままの重々しく不格好な娯楽音楽という側面が弱まり、不協和音とはっきりしないリズムという印象に、ここではフォルデスが重い打音こそ素晴らしいが恣意的に、強弱や伸縮を加えていてかえってわかりにくくなっている。ピアノ曲としての問題点もあるのかもしれない。
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ストラヴィンスキー:小管弦楽のための組曲第2番

2018年05月07日 | Weblog
マルコ指揮デンマーク王立放送交響楽団(danacord他)

web配信音源に含まれており容易に聴くことができる。古い音だがステレオ処理がなされている。曲は兵士の物語までの簡潔で諧謔的なストラヴィンスキーがあらわれた、しかし最も聴きやすい時期の作品として、ピアノ曲からの編曲ではあるが第一番よりも頻繁に演奏される。難しいことを考えず聴くだけならすこぶる平易なのでストラヴィンスキー入門にもオススメ、行進曲やワルツ、ポルカ、ギャロップと、素直に同時期影響されたり、もしくは意図的に取り入れた要素を投影している。鋭敏な感性と娯楽的な素材の融合は、これがディアギレフとの共同作業の時期の作品であることを明確にしめしている。ニコライ・マルコは同世代のロシアの音楽家として、数は少ないが優れたストラヴィンスキーの演奏を残しているが、これもスマートなオケの力もあって過不足ない印象を与える。変な揺れも技術的瑕疵もなく、録音さえ良ければもっと聞かれても良いのにと思う。ピエルネのようなフランスの流儀からぎくしゃくしたものを仕立てるのではなく、やはりメロディとリズムのロシア的強靭さのもとに推進力を与えている。しかしロシアだけではなくストラヴィンスキーにサティ志向があることも明確にする。なかなか。
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ヴォーン・ウィリアムズ:5つのテューダー朝の肖像〜Ⅴ.スケルツォ

2018年05月04日 | Weblog
ロジェストヴェンスキー指揮ロシア交響楽団、リュドミラ・クズミナ(S)エフゲニー・リーバーマン(Br)エフゲニー・アヴルシュキン(Vc)(dirigent)2012/5/23live

Ⅳに続いて演奏されたバスを中心とする歌曲で、終曲としてRVWに求められるものを壮麗に、覇気溢れる表現で仕立ててブラヴォを呼んでいる。短いが大編成オケをバックとした20世紀の歌曲だからカタルシスを得やすいのもある。
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