私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』

2015-08-27 21:46:13 | 小説(国内男性作家)

「早う死にたか」毎日のようにぼやく祖父の願いをかなえてあげようと、ともに暮らす孫の健斗は、ある計画を思いつく。日々の筋トレ、転職活動。肉体も生活も再構築中の青年の心は、衰えゆく生の隣で次第に変化して……。閉塞感の中に可笑しみ漂う、新しい家族小説の誕生!
出版社:文藝春秋




又吉直樹の受賞で、陰に隠れがちな羽田圭介。
若干かわいそうだな、とも思うのだが、正直な話、『火花』と比べると、幾分入りこむことができなかった。

それは主人公の健斗の造形(鈍さ)が馴染めなかったからである。



主人公の健斗は求職中の若者で、実家で母と祖父と暮らしている。祖父は体の不調を聞えよがしに訴えては、「早う迎えにきてほしか」と言うような老人だ。
愚痴っぽいと言えばそうだけど、世間的にはよくある光景だ。

しかし、そうやって死を願う言葉を吐くけれど、本気で死を願っているかは疑わしい。
もう十分長生きしたと思う反面、こういう老人たちは簡単に生を手放せないのも事実である。
そういう意味、この小説の祖父は平凡な老人なのだろう。


しかし主人公の健斗は、その言葉を真に受けて、祖父に安楽な死をもたらそうと考えるようになる。
正直この設定には、何でだよ、と思ってしまった。祖父の話なんて、話半分に聞いておけば(聞いてほしい、かまってほしいだけだから)いいのに、なぜそんな方向に考えるのかわからず、どうも入りこむことができなかった。
正直なところ、つくりものめいて見える。その点は残念と言うほかない。


しかしながら、介護を巡る描写は丁寧にリアルに描かれていて、好感は持てる。

硬いものは食べないと言って、ほうれん草を食べないくせに、それより硬いお菓子を食べるところ。
甘えられる息子には、徹底的に弱い立場を利用して、甘えるところ。
など、いかにもありそうで、情景が迫って来るよう。
その描写はさすがだ。

性欲や食欲をあらわにするところといい、ずるく、しかし生に自分の欲求にしがみつき、生きている祖父。
そこに見えるのは、老人の業というほかにない。


そんな彼の姿は、若者の健斗と対象になっていておもしろい。
やたらオナニーする場面が目立つが、それも生のはちきれんばかりの威力と言えるのかもしれない。

必ずしも彼の状況は明るいものではなく、職もなく、彼女との関係だって見るからに危い。
彼らの世代が、未来に明るいものを描くのは難しかろう。
それは先の短い老人とはどこか対をなしているようだ。

しかしそんな中でもあがく姿を老人の中に見たことから、彼は一歩を踏み始めることができるのかもしれない。
そんなことを漠然と感じた次第である。

評価:★★★(満点は★★★★★)

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