私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『蓼喰う虫』 谷崎潤一郎

2008-09-29 21:40:27 | 小説(国内男性作家)

性的不調和が原因で夫婦了解のもとに妻は新しい恋人と交際し、夫は売笑婦のもとに行きながら”蓼喰う虫も好きずき”の諦念に達して、互いにいたわりあいつつ別れる時期を待つ――。耽美的、悪魔的とまでいわれた従来の作品傾向から一転し、日本的女性美や趣味生活に目を向けはじめた時期の特異作。発表当時「海草が妖しく交錯する海底の世界を覗く思い」と評された。
出版社:新潮社(新潮文庫)


結論から先に書くと、この小説は僕にとっては難解であった。

とは言え真ん中くらいまでは非常におもしろいのである。
妻との関係がぎくしゃくしてしまった夫の心理が丹念に描いており、地味な展開ながら細部描写で読ませていく力はさすがは谷崎と言ったところ。
恋人と会いに行く妻との微妙な距離と心理は丁寧にあぶりだされており、子どもに対して、自分たち夫婦の状況をどう説明するかといった部分は興味を引かれるし、高夏のおせっかいな論説もいくらかもっともな面があり、楽しんで読むことができる。

そこには、いくらかの滑稽さと悲しさが入り混じっている点がいい。
中盤に夫と妻の過去が語られる場面があるのだが、そこにある箇条書きの条件などにはいくらか苦笑してしまうものがあった。そのような中途半端な条件を出すことしかできず、ちゃんとした形を明示できない、二人の心理は奇妙である。だがそれがシリアスなだけに、微妙な滑稽さがあるように見えてならない。
そしてそうなってしまったのは、夫婦であるにもかかわらず、腹を割った会話ができないという点にあるところが、同時に何とも悲しい限りではないか。

と個人的に良いと思った面はあったが、後半になるとその印象は変わってしまう。
そう感じた理由は、この作品が一体どこに向かいたいのか、読んでもわからなくなってしまったからだ。

後半になり、主人公は義父と義父の妾と淡路島に行くのだが、そのシーンがなぜこうも長々と描かれているのかよくわからない。
前半の義太夫のシーンは、義太夫の印象から主人公が妻に対して心が離れるに至った理由が書いてあるのだけど、この島での浄瑠璃のシーンは何を意味しているのだろう。

あるいはそれは義父と妾の関係と、主人公と妻との関係とを対比させる意味があったのかもしれない。実際妻をほぼ放任状態の主人公と、自分の趣味に妾を染め上げようとしている義父とは対照的だ。結果的に、妾はその義父の行為に馴染みきれていない面もあるが、いい関係ができている。そこが主人公と興味深い対比になっていることは確かだ。だけどそれがどうしたというのだ、という気もしなくはない。
もちろんそれらの淡路島のシーンから谷崎の趣味志向が読み取れて興味深くはあるのだけど、どうも僕には小説としての有機的なつながりがわからず、もどかしい気分になってしまった。

高夏からの手紙を見つけ読むシーンなど、後半にもおもしろい部分はあるのだが、淡路島を始めとするシーンの印象を引きずって難解だという印象だけが強くなってしまった。
『細雪』『春琴抄』『吉野葛』など、谷崎には好きな作品も多いが、この作品は僕にとっては敷居が高かったかもしれない。

評価:★★★(満点は★★★★★)

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