私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『にごりえ・たけくらべ』 樋口一葉

2008-02-05 20:20:04 | 小説(国内女性作家)

銘酒屋菊の井の酌婦として生きるお力の一生をつづった「にごりえ」、遊郭の養女美登利を中心に、彼女が思いを寄せる竜華寺の信如、田中屋の正太など、少年少女の争いと生活を描いた「たけくらべ」の二編を収録。
明治女流文学の第一人者、樋口一葉の代表作。
出版社:岩波書店(岩波文庫)


川上未映子の「乳と卵」が「たけくらべ」を元ネタにしているとどこかで聞いて久々に再読してみた。
学生時代に読んだときはそれなりに楽しめたという以上の印象を持っていなかったのだが、久々に読み返して、それなりどころかあまりにおもしろかったので、非常に驚いてしまった。
そのときの僕は文語体の文章がわずらわしいと思ったのだろうか、それとも単純に、登場人物の繊細な心情を理解できなかっただけなのだろうか。何はともあれ、歳を取ると感性は変わるという事実をこの本は改めて思い出させてくれた。

「たけくらべ」は少年たちの争いと少年少女の淡い恋を描いた作品だが、その文章がやはりいい。
三五郎を打ちのめすときのリズムは非常に心地よいし、鼻緒の切れた信如の元に行こうかと悩んでいるときの、やきもきしているときの文章のあわただしさと現実のギャップとがいいリズムになっていておもしろい。

そのようにして語られる物語の中でもっとも光っているのがまぎれもなく美登利だ。彼女はいわゆるツンデレなのだが、彼女を巡る風景には甘酸っぱさがあり、切ないものがある。
特に美登利と正太と信如をめぐる恋が切ない。「顔を赤らめざりき」という風に切って捨てられる正太も切ないが、気の強いくせに信如に友仙を渡せなかった美登利と、恐らく美登利に惚れていながら、坊主としての立場から(だと思う)美登利と親しくできなかった信如のすれ違いが胸に迫る。見事なものだ。

ところで「たけくらべ」ラストの美登利の行動について、恩田陸はどこかの小説(いま調べたら『木曜組曲』っぽい)で、あれは初潮のため、と解説する者がいるが、実は初めて客を取ったことを意味する、そういう解釈がまかり通っていたこと自体、文壇が男性中心だったことを示唆している、っていうことを書いていたような気がする(むちゃくちゃうろ覚え)。
確かによくよく読んでみると、生理よりも客を相手したととらえた方が、物事の流れは実にスムーズだ。
しかしだとしたら、この話は非常に残酷なものになってくる。恐らく贔屓の客が、美登利の初めての客になったと思われるが、想像するだけで嫌な気分になる。個人的にはキム・ギドク「悪い男」で、女が初めて客を取るシーンを思い出してしまった。

初潮だと文壇が判断したのは確かに男性中心ということもあるだろう。
しかしそれまでの牧歌的な世界が、客を取るという残酷な展開で破壊されてほしくはない、という美登利のキャラに対する愛情に満ちた視点もあったのではないだろうか、と思う。
ともかく、このラストはあまりに残酷で、遊女という存在の悲しさを静かに伝える。
「たけくらべ」は実を言うと、少年少女小説の皮をかぶった社会派小説なのかもしれない。


併録の「にごりえ」もすばらしい一品だ。特に「行かれるものならこのままに唐天竺の果てまでも行ってしまいたい、ああ嫌だ嫌だ嫌だ」というお力の独白は非常に切なく胸に残った。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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