賭博師ボーモントは友人の実業家であり市政の黒幕・マドヴィッグに、次の選挙で地元の上院議員を後押しすると打ち明けられる。その矢先、上院議員の息子が殺され、マドヴィッグの犯行を匂わせる手紙が関係者に届けられる。友人を窮地から救うためボーモントは事件の解明に乗り出す。
池田真紀子 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)
訳者もあとがきで書いているが、『ガラスの鍵』は「無愛想でとっつきにくい小説」である。
まず海外小説なので、人物名がすんなり頭に入ってこないし、ミステリなので登場人物の数も多く、ときに混乱してしまう。
加えて本書はハードボイルド。主人公の内面を語らず行動のみを描くため、行動理由がすぐつかめないことが多い。
そのほかにも、説明描写はとことんそぎ落とされているため背景が見えづらいときもある。
だがそれも最初だけのことだ。
リズムに乗ってくると、それらの雰囲気が心地よくなるからふしぎである。
読み終えた後は、素直におもしろい、と思えた。
主人公は賭博師のネッド・ボーモント。
彼は自分の金を回収するため、そして友人の窮地を救うために行動する。
ネッドはとにかく動きまくる。その行動のおかげで、物語は起伏に富み、楽しめるのだ。
それに加え、黒幕然としたシャドや彼らの暴力にはノワールの雰囲気があるし、真相も二転三転して飽きさせない。
純粋にミステリとして優れている。
そしてキャラクターにも、特に主人公のネッドに、個人的には魅力を感じた。
彼は内面が語られないせいか、クールな雰囲気がある。まずそれが何よりも良い。
中盤で、彼は徹底的な暴力にさらされるが、そのとき見つけた剃刀で首を切ろうとする。
理由はまったく説明されないのだけど、そういった場面を見ると、虚無的な彼の人間性がうかがえるようで、心に響いた。
そして彼のクールさは最後の方で際立ってくる。
真犯人に向かって最後に言ったセリフもいいが、何と言ってもラストシーンがすてきだ。
ネッドはそこで相手を徹底的に突き放すような言葉を口にする。
見ようによっては、それは手ひどい裏切りとも言えるセリフだ。
もちろんその理由は語られない。
それだけに、読んでいると苦みすら感じてつらく、ずんと胸に突き刺さる。
そしてそれがつらく、苦いからこそ、本作は独特の深い余韻にあふれているのである。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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