私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

フェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』

2013-07-11 05:41:20 | 小説(海外ミステリ等)

2001年5月、ベルリン。67歳のイタリア人、コリーニが殺人容疑で逮捕された。被害者は大金持ちの実業家で、新米弁護士のライネンは気軽に国選弁護人を買ってでてしまう。だが、コリーニはどうしても殺害動機を話そうとしない。さらにライネンは被害者が少年時代の親友の祖父であることを知り…。公職と私情の狭間で苦悩するライネンと、被害者遺族の依頼で公訴参加代理人になり裁判に臨む辣腕弁護士マッティンガーが、法廷で繰り広げる緊迫の攻防戦。コリーニを凶行に駆りたてた秘めた想い。そして、ドイツで本当にあった驚くべき“法律の落とし穴”とは。刑事事件専門の著名な弁護士が研ぎ澄まされた筆で描く、圧巻の法廷劇。
出版社:東京創元社




いきなりネタばれでなんだが、この本を読んでいる最中、ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』を思い出した。
物語の出発点はもちろんちがうし、根っこにある本当に描きたいこともちがう。
それでもそう感じたのは、親しい人がナチスの戦争犯罪に加担していた事実を知ってしまうという点にある。

そういう意味、本作も『朗読者』も、ドイツという国と彼らのナチスに対する考えが浮き出た一品と言えるかもしれない。
そしてナチスの台頭が、ドイツにとっていかにトラウマであるかということを知らしめる作品でもある。


まずは物語を整理しよう。

駈けだしの弁護士ライネンは、ある犯罪人コリーニの国選弁護人を買って出る。しかしコリーニは若くして死んだ友人の祖父だった、というのが出だしだ。
なかなかいい出だしである。
主人公は被害者とも当然親しかったわけだし、同じく被害者の孫で死んだ友人の姉とは男女の関係にある。
そんな人間関係の中で被告の弁護を引き受けるのは厳しいことだろう。尻込みする気持ちも充分にわかる。

しかしライネンは最終的には被告の弁護を引き受けることになる。
結局それが弁護士というものなのだろう。
それらを含めた法廷劇の内容は物語として純粋におもしろかった。


だが被告であるコリーニはなかなか動機を語ろうとしない。
読んでいる途中まで、その理由はわからないのだが、すべての真実を知った後でふり返ると、コリーニが真実を語らなかった理由がわかるような気がした。
日本語で言うなら、それは武士の情けということになるのだろう。

なぜならコリーニの殺した男は、ナチスの戦争犯罪に加担していたからだ。
被告のコリーニは被害者のマイヤーのことを憎んでいた。
だがそれでも、コリーニが自らの憎悪の理由に対して口を閉ざしたのは、マイヤーがナチスに関わっていたことを被害者の家族に知らせたくなかったからだと思う。

彼が憎むのは、マイヤーであって、その親類まで、殺人という理由以外で苦しめたくはなかったのかもしれない。
マイヤーがライネンに謝罪した言葉を読み返すと、そう思う。


しかし真実と言うものは、それが裁判である以上、明らかにされざるをえない。
ライネンはマイヤーの過去を知り、マイヤーの戦争犯罪を告発することとなる。

正直なところ、その場面を読んだときは、『朗読者』を思い出して、既視感を覚えたことは否定しない。
けれどそのようにナチス犯罪を表に出すということは、それだけドイツ人がナチスの戦争犯罪に対してトラウマを持っているということの証なのだろう。

一般人でもナチスの台頭を許し、結果的に彼らに協力した。そして非人道的なこともした。
その事実をいかに清算するか、ドイツ人が強く意識していることがよく伝わる。
ある意味、物語の流れとしては必然だったのかもしれない。

そしてそれは著者の祖父がナチスの将校だったことも関係していよう。
子であり、孫の世代は、ごく普通の人としか見えない上の世代の罪に悩み、戸惑い、苦しんでもいる。
だからこそ、ドイツおよびドイツ人は時代と向き合う必要があるのだろう。

そのために、法を信じるか、社会を信じるかの別はあれ、法の不備を告発せざるをえない。


だがそれでも、上の世代の罪を、下の世代がすべてを背負って生きていく必要があるかといったらそういうわけではないのだ。
上の世代の罪は罪として清算しなくてはいけない。
しかし上の世代の罪は罪として、孫の世代は、自分の生き方をしていくほかないのだ。

社会は連続しており、それに対する向き合いも必要だが、個人は別個の人格なのだ。
そしてそれがドイツという国のありかたでもあるのだろう。

ともあれ、リーガルサスペンスかと思っていた内容が、どんどんと流れが変わっていく場面がおもしろい。
そしてそこからドイツの法律の不備と、ドイツの精神性すらあぶりだしている点に驚く。

『犯罪』ほどではないが、これもまた忘れがたい作品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかのフェルディナント・フォン・シーラッハ作品感想
 『罪悪』
 『犯罪』

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 太宰治『人間失格、グッド・... | トップ | ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説(海外ミステリ等)」カテゴリの最新記事