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仕事を辞め、夫の田舎に移り住んだ夏。見たことのない黒い獣の後を追ううちに、私は得体の知れない穴に落ちる。夫の家族や隣人たちも、何かがおかしい―。ごく平凡な日常の中に、ときおり顔を覗かせる異界。『工場』で話題を集めた著者による待望の第二作品集。芥川賞受賞作のほか「いたちなく」「ゆきの宿」を収録。
出版社:新潮社
技術的に優れた作品が、必ずしもおもしろいと思えるとは限らない。
また逆に、退屈だと思えるような作品が、必ずしもヘタクソであるとも限らない。
『穴』は、それを如実に示す作品だと個人的に感じた。
専業主婦になった女の周辺を描いた作品である。
そのため男の僕からすると、だから? としか思えない内容であまり入り込めない。
しかしそこで描かれる、家族や日常に対する違和感の描き方は非常に丁寧で感服する。
主人公の女は派遣社員で、夫の実家に移り住むため退職する。
そこでの派遣社員の境遇は生々しく読み応えがある。
また退職後の専業主婦の生活も、成すところもなく、時間が流れていく様が丁寧に描かれていて興味深い。
パワフルな姑を前にしての微妙な違和を感じさせる描写や、希薄さを感じさせる舅、ぼけているとしか見えない義祖父、メールにかまけている夫、存在していないと思われる謎めいた義兄、鬱陶しい謎の子供たちなどは心に残る。
特に姑や夫が良い。
彼らの行動は不平をもらすほどではない。
けれど、目の前でそんな行動をされたら、もやっとするのだろうな、という描写が目立つのだ。姑の振込みなんかは典型だ。
また現実と非現実が不明瞭のため、よけいにもやっとした味わいに拍車がかかる。
それがよい意味で心に爪あとを残してくれる。
そんな描写の積み重ねから見えてくるのは、家族の形だ。
義兄が言うように、家族ってのは妙な制度である。
家族のメンバーに悪い人はいない。だけど、他人と暮らす以上、何かを犠牲にしなければいけない。
義兄のように(たぶん彼は「私」の本音のメタファーと思うが)、そんな関係性からドロップアウトしたくなる人もいよう。
だが「私」は「流れみたいなものに加担」して、家族の生活を受け入れていく。
最後に姑に自分が似ていると思ったのは、彼女が家族として生きていく以上、感じる違和を逃げずに受け入れた証なのかもしれない。
内容的に、個人の好みに合わないことは残念ではある。
しかし観察力とある種のもやっとした味わいは卓越しており、目を見張る。
波長が合う人もいるのだろう、と思える作品だった。
併録作品は連作である。個人的には、『いたちなく』が好きだ。
いたちを溺死させるところのグロテスクなところと、仏教の因果話を思わせる味わいがおもしろかった。
評価:★★(満点は★★★★★)
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