鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

連載中の「ぷらっとウオーク」などをまとめました。

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・土佐の高知にありがとう(Ⅸ)、白い犬

2017-06-08 | 「ぷらっとウオーク」 2017年~

土佐の高知にありがとう(Ⅸ)、白い犬    

                               No.179、高知ファンクラブ、4(2017)

  病床でちえ子は「貴方は一人では暮らして行けない人です。私に気兼ねなく、後添いを貰って下さいね」と言っていた。子供達にはすぐに納得できないことであろう。東工大で私の研究室に居た小林郁夫さんから「先生のテイストではないかも知れませんが。『白い犬とワルツを』を家内の理恵が薦めるので」とメールを頂いた。早速、本屋で買い求めて読み、子供達にも回したのである。

携帯電話の大活躍    (記:2002/8/17)

  息子と娘が高知に来ている間、電話は出来るだけ控えましょうとの心遣いと「理詰めでは片付かない問題を急いでは駄目ですよ」との注意を一枝さんから頂いています。午前中、勤め先の産振センターに携帯電話で遠慮がちに連絡がありました。この電話で息子達に会って頂くチャンスが作れるのではないかと思いました。子供達が高知に来る前の心積もりは別々に会う機会を作ることでした。息子と娘と一緒に会って貰うことは、面接試験のようであり、大変に失礼であると考えていました。しかし、携帯の向こう側では「よっしや、まかしとき。大丈夫」と一枝さんの心強い返事です。

 息子と、娘と携帯電話で打ち合わせを繰り返しました。結局、最寄りのスーパーの駐車場で待ち合わせと決まりました。そしてその向かいにある一枝さんの喫茶店で、落ち合うことになりました。夕方、閉店した後です。樹ちゃんと崚斗ちゃんの2人の孫の面倒は、嫁の敦子さんが車の中で見てくれています。

 4人でテーブルを囲んでの話の中で、終始、黙っているのは辛いことでした。でも、高知、に来た子供達が、一枝さんに会ってくれたことは、私にとって、私達にとって大きな前進です。夏休みが終わり、皆が帰ってしまった後も元気になれそうに感じています。皆さん、ありがとう。

「白い犬とワルツを」    (記:2002/9/8)

突然、妻を失った主人公サムの身の回りに、白い犬が現れるようになります。初めの頃は、庭から、戸口から眺めています。最初は野良犬と思って相手にしません。近所の犬が吠えることもありません。次第にサムの与える餌を食べるようになります。そしてタイトルのようにワルツを踊るようになります。普段はベッドの下で静かにしています。誰かが来るといつの間にか居なくなります。子供達や他の人達には姿の見え難い犬です。初めのうちは、誰もが、気が狂ったのではないかと心配します。

近くに住む娘たちやその家族と、そしてこの犬に支えられて、歩行補助具を必要としながらも自立の生活が始まります。癌と戦いながらの話が展開しつつ、いろいろなことが起こります。やがて死を迎えます。死の前日に「白い犬さ。あれはお前たちのママが戻って来てくれたんだ、俺を見守るために」と子供たちに話します。

解説には「愛の姿を美しく爽やかに描いて、痛いほどの感動を与える大人の童話。貴方は白い犬が見えますか?」とあります。それは間違いないのですが、私の感じとは異なります。居てくれたらどれだけ心強いだろうと思いますが、残念ながら私には白い犬は見えないのです。「今日、妻が死んだ。結婚生活57年。幸せだった」と日記に付けたこの時、サムは81歳、妻のコウラは75歳でした。彼の歳になっていれば、そのような心境になれるのかなとも考えます。

・・・・・

そうではなく、ちえ子は「もう十分です。一人でせいせいしています」と言っているかもしれないと思う。娘の葉子は「パパ、そんなことないよ。ママの言っていることが聞こえるでしょう。遠くから見ているよ。パパには絶対聞こえているよ」と携帯電話の向こうから聞こえてきた。  註:「白い犬とワルツを」、デリー・ケイ著、兼武進訳、新潮文庫(1990)

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」高知ファンクラブに掲載 2017年~

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2012年~2015年

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2008年~2011年)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次(2002~2007年 )



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