◆ コロナ禍の軍縮に逆行する「敵基地攻撃能力」保有論 (レイバーネット日本)
6月24日の国家安全保障会議4大臣会合で、「イージス・アショア」の配備断念が決定された。
配備候補地とされた秋田と山口の住民による粘り強い闘いの大きな成果であり、安倍政権が進めてきた米国製高額武器の爆買い政策の初めての挫折である。
ずさんな調査手法を暴露した「秋田魁新報」の果たした役割も特筆すべきだろう。
配備断念の理由として挙げられた「コストと期間」を考慮するなら、辺野古の新基地建設こそ断念すべきであることは言うまでもない。
さらには、「落下するブースターが住民の命を脅かす恐れ」を考慮するなら、南西諸島におけるミサイル基地や弾薬庫の建設もまた断念されて当然だろう。
見逃せないのは、イージス・アショアの配備というずさんな政策を真摯に総括するのではなく、安全保障戦略の見直しの名のもとに、今まで踏み込めなかった「敵基地攻撃能力」の保有へと議論を誘導しようとしていることだ。
年末に「国家安全保障戦略」の初の改定や防衛大綱・中期防衛力整備計画の見直しまでが行われようとしている。
この動きの背後には、アメリカのゴーサインがある。米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は2019年11月の読売新聞などで、日本が巡航ミサイルなどに加えてサイバー・電子戦も含めた攻撃能力を持つべきだと強調していた。
ここで注意すべきなのは、敵基地攻撃能力の整備が既に始まっていることだ。安倍政権は表向きは「専守防衛」を掲げてはいる。
しかし、今から2年半も前の2017年末に、ノルウェーと米国製の長距離巡航ミサイルの導入を決定した。
計147機の導入が予定されているF35戦闘機と約100機の改修型F15戦闘機などに搭載される。
さらに、「高速滑空弾」や「極超音速ミサイル」の開発や現有ミサイルの射程の延長も図っており、8種類もの長距離ミサイル保有国になろうとしている。
また、相手のレーダーを無力化することで攻撃しやすくする電子戦機の導入も決められ、2020年度予算に150億円が計上されている。
◆ 歯止めなき違憲の大軍拡へ
では、なし崩しにコソコソと進めてきたことにお墨付きを与えることによって、何が起きるのか。一つは、ミサイルなどのレベルに留まらず、様々な領域の武器が導入され、敵基地攻撃能力の総合的な整備が図られることだ。
例えば、
「低高度の偵察衛星を数百機配備して、ブーストフェイズ(上昇段階)のミサイルを探知すべきだ」
「日米共同開発が有力となっているF2戦闘機の後継の次期戦闘機に、長距離巡航ミサイルを大量に搭載できる"軽爆撃機"の機能を持たせてはどうか」
「潜水艦からも発射できるトマホーク巡航ミサイルを購入すればいい」
などの提案が自民党国防族議員や御用学者などから挙がっている。
先制攻撃能力の保有は、陸海空に加えて、宇宙・サイバー・電磁波の領域にもわたる恐れが高い。
狙われているのは「武器体系にはめてきた専守防衛の枠」を最終的に取り払うことだ。
それによって、理論的には核兵器以外のあらゆる武器の保有が可能となる。際限なき軍拡の扉がいよいよ開き、自衛隊が憲法9条による制約から解き放たれることになるのだ。これがまかり通れば、憲法9条の文言が維持されていることの意味は、ほぼなくなるだろう。
安倍首相は、任期中の明文改憲が事実上不可能となる中で、今までタブーだった敵基地攻撃兵器の保有に踏み込み、「攻撃的兵器の不保持」という平和原則を葬ることを"レガシー"の一つとすることに舵を切ったようにも思える。
武器体系の制約を外すことは、周辺国に格好の軍拡の口実を与えることになる。東アジアの軍拡競争はさらに加速し、緊張が高まることは必至だ。
さらに、自衛隊が「矛」を持つことによって、日米共同の軍事作戦計画における自衛隊の役割がより攻撃的なものとなり、集団的自衛権の行使は当然の前提となってしまうだろう。大げさではなく、私たちは崖っぷちに立っている。
◆ コロナ禍で安全保障観の転換を
ちょっと待ってほしい。新型コロナの襲来は安全保障観の大転換を迫っているはずだ。世界の市民から、軍事費を医療などのコロナ対策に回せという声が上がっている。
河野太郎防衛大臣ですら、コロナの感染拡大を受けて、防衛予算が削減される可能性もあると安倍首相に指摘したと報じられている。
韓国の代表的な政策提言NGO「参与連帯」は4月8日の論評で「増え続ける国防費を大幅に削減し、新型コロナウイルスの被害克服のために投入すること」を要求し、「重要なことは、既に溢れかえる最先端の武器よりも、良い雇用、しっかりとした社会安全網、持続可能な環境といったものだ」と強調した。
日本でもまったく同様だ。
私たちNAJATも、フィリピンに防空レーダーを輸出する三菱電機に提出した要請書の中で、「気候危機や災害、感染症や貧困こそが脅威である」と強調した。こうした目の前の危機に、武器は何の役にも立たない。
ピースボート共同代表の川崎哲さんによれば、日本の新規の武器購入費1.1兆円があれば、集中治療室のベッドを15,000床整備し、人工呼吸器を2万台そろえ、さらに、看護師7万人と医師1万人の給与をまかなうことができるという。
コロナの第二波、第三波に備えて、今こそ予算の使い道の大胆な転換が必要であり、莫大な軍事費を人々の命を守るために振り向ける時ではないか。
東アジアにおける軍拡の連鎖を断ち切り、共通の感染症対策や共同の災害救助隊の創設、気候危機に対処するための技術提携などにおいて、国境を超えた協力を強めること。
そして、軍備管理や軍縮のための枠組みを構築すること。
憲法9条を持つ日本の政府、自治体、市民が果たすべき役割は明確になっているのではないだろうか。
「敵基地反撃能力」保有の企てを葬り、対抗的な平和保障構想を練り上げていくために、市民運動の真価が問われることになる。
また、9月末に提案される2021年度予算案の概算要求において、軍拡ではなく、医療や社会保障、教育や貧困対策へのしっかりとした手当てがなされるかを、厳しく監視する必要がある。
予算のあり方を根本的に見直し、人々の生存権を重視する「新しい政治様式」こそを編み出さなければならないと思う。
6月21日の朝日歌壇にこんな短歌が載っていた。
「今、生きる為にお金が要るんです 戦闘機なんか要らないんです」。
今問われているのは、飛んでくるかどうかもわからないミサイルに備えるふりをするよりも、目の前で苦しむ人を助けることを優先するという、当たり前の倫理を回復させることではないか。(6月26日記)
※ 初出:公益財団法人日本キリスト教婦人矯風会発行「k-peace」No.21
『レイバーネット日本』(2020-08-15)
http://www.labornetjp.org/news/2020/1597462873445staff01
杉原浩司(武器取引反対ネットワーク[NAJAT]代表)
6月24日の国家安全保障会議4大臣会合で、「イージス・アショア」の配備断念が決定された。
配備候補地とされた秋田と山口の住民による粘り強い闘いの大きな成果であり、安倍政権が進めてきた米国製高額武器の爆買い政策の初めての挫折である。
ずさんな調査手法を暴露した「秋田魁新報」の果たした役割も特筆すべきだろう。
配備断念の理由として挙げられた「コストと期間」を考慮するなら、辺野古の新基地建設こそ断念すべきであることは言うまでもない。
さらには、「落下するブースターが住民の命を脅かす恐れ」を考慮するなら、南西諸島におけるミサイル基地や弾薬庫の建設もまた断念されて当然だろう。
見逃せないのは、イージス・アショアの配備というずさんな政策を真摯に総括するのではなく、安全保障戦略の見直しの名のもとに、今まで踏み込めなかった「敵基地攻撃能力」の保有へと議論を誘導しようとしていることだ。
年末に「国家安全保障戦略」の初の改定や防衛大綱・中期防衛力整備計画の見直しまでが行われようとしている。
この動きの背後には、アメリカのゴーサインがある。米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は2019年11月の読売新聞などで、日本が巡航ミサイルなどに加えてサイバー・電子戦も含めた攻撃能力を持つべきだと強調していた。
ここで注意すべきなのは、敵基地攻撃能力の整備が既に始まっていることだ。安倍政権は表向きは「専守防衛」を掲げてはいる。
しかし、今から2年半も前の2017年末に、ノルウェーと米国製の長距離巡航ミサイルの導入を決定した。
計147機の導入が予定されているF35戦闘機と約100機の改修型F15戦闘機などに搭載される。
さらに、「高速滑空弾」や「極超音速ミサイル」の開発や現有ミサイルの射程の延長も図っており、8種類もの長距離ミサイル保有国になろうとしている。
また、相手のレーダーを無力化することで攻撃しやすくする電子戦機の導入も決められ、2020年度予算に150億円が計上されている。
◆ 歯止めなき違憲の大軍拡へ
では、なし崩しにコソコソと進めてきたことにお墨付きを与えることによって、何が起きるのか。一つは、ミサイルなどのレベルに留まらず、様々な領域の武器が導入され、敵基地攻撃能力の総合的な整備が図られることだ。
例えば、
「低高度の偵察衛星を数百機配備して、ブーストフェイズ(上昇段階)のミサイルを探知すべきだ」
「日米共同開発が有力となっているF2戦闘機の後継の次期戦闘機に、長距離巡航ミサイルを大量に搭載できる"軽爆撃機"の機能を持たせてはどうか」
「潜水艦からも発射できるトマホーク巡航ミサイルを購入すればいい」
などの提案が自民党国防族議員や御用学者などから挙がっている。
先制攻撃能力の保有は、陸海空に加えて、宇宙・サイバー・電磁波の領域にもわたる恐れが高い。
狙われているのは「武器体系にはめてきた専守防衛の枠」を最終的に取り払うことだ。
それによって、理論的には核兵器以外のあらゆる武器の保有が可能となる。際限なき軍拡の扉がいよいよ開き、自衛隊が憲法9条による制約から解き放たれることになるのだ。これがまかり通れば、憲法9条の文言が維持されていることの意味は、ほぼなくなるだろう。
安倍首相は、任期中の明文改憲が事実上不可能となる中で、今までタブーだった敵基地攻撃兵器の保有に踏み込み、「攻撃的兵器の不保持」という平和原則を葬ることを"レガシー"の一つとすることに舵を切ったようにも思える。
武器体系の制約を外すことは、周辺国に格好の軍拡の口実を与えることになる。東アジアの軍拡競争はさらに加速し、緊張が高まることは必至だ。
さらに、自衛隊が「矛」を持つことによって、日米共同の軍事作戦計画における自衛隊の役割がより攻撃的なものとなり、集団的自衛権の行使は当然の前提となってしまうだろう。大げさではなく、私たちは崖っぷちに立っている。
◆ コロナ禍で安全保障観の転換を
ちょっと待ってほしい。新型コロナの襲来は安全保障観の大転換を迫っているはずだ。世界の市民から、軍事費を医療などのコロナ対策に回せという声が上がっている。
河野太郎防衛大臣ですら、コロナの感染拡大を受けて、防衛予算が削減される可能性もあると安倍首相に指摘したと報じられている。
韓国の代表的な政策提言NGO「参与連帯」は4月8日の論評で「増え続ける国防費を大幅に削減し、新型コロナウイルスの被害克服のために投入すること」を要求し、「重要なことは、既に溢れかえる最先端の武器よりも、良い雇用、しっかりとした社会安全網、持続可能な環境といったものだ」と強調した。
日本でもまったく同様だ。
私たちNAJATも、フィリピンに防空レーダーを輸出する三菱電機に提出した要請書の中で、「気候危機や災害、感染症や貧困こそが脅威である」と強調した。こうした目の前の危機に、武器は何の役にも立たない。
ピースボート共同代表の川崎哲さんによれば、日本の新規の武器購入費1.1兆円があれば、集中治療室のベッドを15,000床整備し、人工呼吸器を2万台そろえ、さらに、看護師7万人と医師1万人の給与をまかなうことができるという。
コロナの第二波、第三波に備えて、今こそ予算の使い道の大胆な転換が必要であり、莫大な軍事費を人々の命を守るために振り向ける時ではないか。
東アジアにおける軍拡の連鎖を断ち切り、共通の感染症対策や共同の災害救助隊の創設、気候危機に対処するための技術提携などにおいて、国境を超えた協力を強めること。
そして、軍備管理や軍縮のための枠組みを構築すること。
憲法9条を持つ日本の政府、自治体、市民が果たすべき役割は明確になっているのではないだろうか。
「敵基地反撃能力」保有の企てを葬り、対抗的な平和保障構想を練り上げていくために、市民運動の真価が問われることになる。
また、9月末に提案される2021年度予算案の概算要求において、軍拡ではなく、医療や社会保障、教育や貧困対策へのしっかりとした手当てがなされるかを、厳しく監視する必要がある。
予算のあり方を根本的に見直し、人々の生存権を重視する「新しい政治様式」こそを編み出さなければならないと思う。
6月21日の朝日歌壇にこんな短歌が載っていた。
「今、生きる為にお金が要るんです 戦闘機なんか要らないんです」。
今問われているのは、飛んでくるかどうかもわからないミサイルに備えるふりをするよりも、目の前で苦しむ人を助けることを優先するという、当たり前の倫理を回復させることではないか。(6月26日記)
※ 初出:公益財団法人日本キリスト教婦人矯風会発行「k-peace」No.21
『レイバーネット日本』(2020-08-15)
http://www.labornetjp.org/news/2020/1597462873445staff01
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