=東京新聞【こちら特報部】=
◆ 君が代強制「ノー」国際機関再勧告
東京や大阪の教育現場で続く「君が代」強制問題。国際労働機関(ILO)と国連教育科学文化機関(ユネスコ)でつくる合同委員会「セアート」が強制を回避するよう求めた2回目の勧告が承認されてから4ヶ月たつ。英語の勧告文を和訳して周知させることも日本政府に要請されたが、文部科学省は「検討中」を繰り返し、進んでいない。長引く理由は何なのか。(石井紀代美)
◆ 英文和訳「検討中」既に4ヵ月
今月七日、参院議員会館。教育関係者でつくる市民団体が六月の再勧告について文科省の見解をただす集会があった。
出席した課長補佐級の男性職員は「総論として尊重はしています」とは言うものの「和訳するともしないとも言っていない」とも述べた。
翻訳する気があるのかどうか判然とせず、三十人あまりの参加者からため息が漏れた。
都立学校の卒業式などで教職員に起立斉唱が強制される「君が代」。アジア諸国を侵略した戦前戦中の日本の象徴だとし、不起立で抵抗する教員が今もいる。「思想・良心の自由」を身をもって生徒に伝えるための行為だが、東京では石原慎太郎都政以降、懲戒処分にされてきた。
一方、起立を拒否する権利を認め、懲罰を避ける目的で教員団体と対話するよう促す最初のセアート勧告の承認は二〇一九年。
だがその後も強制は続き、今年六月には再勧告となった。
今回のポイントは、英語の勧告文を教員団体と協力し、日本語に翻訳するよう政府に求めたことだ。
言葉の意味を確認する共同作業を対話の一歩にし、見解の相違を埋めてほしいとの願いが込められた。
◆ 重い腰の文科省動かぬワケは
ところが四カ月たった今も、文科省は「検討中」のままだ。
担当の初等中等教育企画課の堀野晶三課長は包み隠すわけでもなく「単純に言われたから日本語訳をして周知するのもちょっとどうか」と語る。
堀野課長によれば、セアートはそもそも各国の教育事情を把握する力が乏しい。「いろんな国から代表の委員が来て、日本の事情なんて分からない。何が正しいかよく分かりづらい」
そのため、セアートが出す判断は偏りがちになると指摘する。
「日本から出張して行って『何とかしてください』と訴えるロビー活動団体の言うことを大体そのまま勧告し、政府の意見は尊重されない。基本的に全部そういう構造がある」
さらに、セアートが課題解決の手法として対話を求める点は「中身の判断ができないから、両者で話し合いをしなさいという勧告になっている」と解釈する。
◆ 歪む認識「ロビー団体寄りの主張」
ただ、元セアート委員の勝野正章・東京大教授(教育学)によれば、セアートの実態はそれとは異なる。
まずは事情把握力について。「日本の事情を委員が理解できるよう、セアートは政府側の説明機会を設けている。丁寧なやりとりを何回もやる。委員に分かるような説明になっていないのではないか」
また委員の判断は、一九六六年に日本も賛同して採択された「教員の地位に関する勧告」に基づく。
教員の責任や地位などの原則を規定する国際基準で、この基準に適合するか確認するのがセアートになる。
「ロビー団体の主張をそのまま勧告しているのではない。政府の意見が基準にかなっていれば勧告もそうなる」
対話を促す理由については文科省の認識と全く異なるという。
「力で解決するのではなく対話で課題を解決するのが大事だということ。国際的なある種の常識になっていると思っていたのですが…」
堀野課長は取材に「和訳をどうするか、そろそろ決めようと思っている」と答えたが、そもそもセアートについて歪(ゆが)んだ認識を改めることが先決ではないか。
『東京新聞』(2022年10月18日【こちら特報部】)
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