☆ フランス国民議会選挙結果と選挙制度 (『ひのきみ通信』)から
みつはし ひさお(千葉高退教)
去る7月7日、フランスで国民議会選挙決選投票が実施され、第1回投票で最多の得票を獲得した極右国民連合による政権成立は阻止された。
これについて、極右の失速とか、左翼新人民戦線の躍進とか報道されているが、選挙制度に言及したものはほとんど見られない。それどころか、フランスの選挙制度をどれだけ理解しているか、はなはだ疑問を感じるような議論も少なくない。
今回の選挙結果に関して、極右政権を望まない有権者の意思の表れだとか、左派と保守派との選挙協力の結果だとか、左派を支持する人々の運動の成果だとかが指摘されている。それは、そのとおりである。民主主義を守ろうとするフランス人民の闘いを軽視するつもりもない。
しかし、この結果は小選挙区決選投票制という選挙制度だからこそ実現できたものだという点は、けっして忘れてはならないことである。
得票数に基づく正確なシミュレーションは、ここでは省略する。しかし、大まかには、次のようなことを指摘することができる。
今回のフランス有権者の投票行動がそのまま同じであるとして、選挙制度のみを違うものに置き換えて選挙を実施したと仮定してみよう。
イギリスなどの単純小選挙区制や、日本のような単純小選挙区制に重点を置く選挙制度で実施した場合、間違いなく極右政権が成立していたはずである。
また、ドイツなどの比例代表制の選挙制度で実施した場合は、ただちに極右政権成立とはならないまでも、極右政権を阻止できたかどうかは微妙である。
じつは、この状況は、1932~33年のドイツの政治状況と、とてもよく似ている。
当時、国会議員選挙で第1党になったナチスは、それでも過半数を獲得することはできなかった。しかし、反ナチス勢力は結集して政権を樹立することができず、最終的にナチス独裁政権が「合法的に」成立することになった。このときの選挙は、比例代表制である。
これがもし単純小選挙区制であったとしたら、ナチスはたやすく過半数を獲得し、もっと早い時期にナチス政権が成立していたはずである。逆に小選挙区決選投票制であったとしたら、今回のフランスの場合と同じように、ナチス政権を阻止できた可能性は十分にあるのである。
ところで、自民党の裏金問題に対する批判の中で、自民党の一部には選挙制度を変更することによってあたかも政治改革が実現できるかのような印象を作り出し、批判の目をそらそうとする動きがある。そこで取り沙汰されているのが、「中選挙区連記制」だという。
しかし、単記制に比べて連記制は死票が多くなり、相対多数政党に有利に働くことは、よく知られている。これは単純小選挙区制の焼き直しであり、自民党支配を制度的に永続化しようとする企みにほかならない。
わたしたちは、選挙制度に関する国民理解の不十分さにつけ込んだこのような策謀に、警戒を怠ってはならない。同時に、民主的政治体制を実現するための選挙制度について、十分に研究しておくことの重要性を、忘れてはならないだろう。
さて、フランスで極右政権阻止に重要な役割を果たした小選挙区決選投票制であるが、これが民主的政治体制を実現するための理想的な選挙制度であるというわけでは、まったくない。
また、決選投票に進むための要件をどう設定するかによって、制度的特性も一様ではない。
しかし、民主的政治体制を実現するための選挙制度として、比例代表制と並んで、小選挙区決選投票制も重要な選択肢になり得るということは、言えるのではないだろうか。
比例代表制は、有権者の意思を正確に選挙結果に反映することを特徴とする。
小選挙区決選投票制は、有権者の過半数の意思を(単純小選挙区制のような相対多数の意思ではなく)選挙結果に反映することを特徴とする。
二院制の下では、双方の院にそれぞれ異なった選挙制度を(たとえば衆議院に小選挙区決選投票制を、参議院に比例代表制を)採用するという方法も、考えられるのではないだろうか。
選挙制度のみで民主的政治体制が実現できると主張するつもりは、まったくない。つねに民主主義を守り発展させようとする民衆の運動のほうが重要だというのも、そのとおりである。
しかし、選挙制度が民主主義を実現するための基礎条件であることは、けっして軽視してはならないだろう。
『ひのきみ通信 第244号』(2024年8月24日)
http://hinokimitcb.web.fc2.com/html/24/244.htm#%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9
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